1章7話「なんっっっまらポンコツ!」
7月になった。うみちゃんはまだ来ない。
ということは、まだ彼氏と続いてるんだ。早く別れないかな。最低な考えが日に日に強くなっていく。だってもうすぐお祭りの時期だから。
うみちゃんは今まで女子とお祭りに行っていて、帰りにここで浴衣姿を見せてくれていたのに。今年は束縛系彼氏のせいでうみちゃんの浴衣を拝めなさそうだ。なんとかして河口と一緒に行ってくれないかな……
「いや、無理だべ。宇美は彼氏と行くだろうし」
左隣から河口のツッコミが聞こえる。どうやら願いが声に出ていたようだ。
「……で、今日来た理由は何?」
河口は僕や過去のうみちゃんと違って、いつもここへ来ているわけではない。今日現れたということは、きっと何かしら僕に報告があるということだ。
「そうだ。宇美、あんたがここに来てるの知ってたわ」
「え?」
河口の話に動揺して、ずり落ちたメガネを直す仕草が出てしまう。あれからコンタクトにしたから、もうここにフレームはないのだけど。
「宇美に話したんだ。吉野がここで落ち込んでること」
話すなって言っただろ。僕はうみちゃんに自分からここへ来て欲しかったんだ。しかも落ち込んでるとか余計な情報まで与えやがって。
河口は、睨む僕をなだめるように続ける。
「そしたら、宇美が言ったんだよ。知ってるって」
「知ってるって、なんで……」
「彼氏できてから会った?」
「いや、一度も会ってないよ。姿すら見てない」
「じゃあ、なんで知ってたんだべね」
僕は記憶を辿って考えた。うみちゃんがこっそり僕を見てた、というのは彼氏と遅くまで遊んでいるから有り得ない。他に僕がここにいることを知ってるとしたら、母さんか?
いや、もしかして……。
「前に赤い車の話をしただろ? 何か関係してるかも」
「でも、うちらの周りで赤い車なんていないしょや」
「そっちの高校は隣の学区の奴が多かったはずだ」
「うちの高校で赤い車……」
河口が真剣に考え込む。派手な車に乗ってる人はほとんどいないから、見たことがあればわかるはずだ。これが田舎の良いところでもあり、悪いところでもある。
「そういえば、校門で赤のスポーツカー見たことある」
「それだ。家族が高校まで迎えに行ったって感じかな」
「うん。誰の迎えだったのか調べてみるわ」
「ありがとう」
素直にお礼を言うと、河口に笑われた。
「本当、宇美のことになると人が変わるよね」
「……そう?」
「コンタクトの吉野、早く宇美に見てほしいなぁ」
河口が立ち上がって大きく伸びをする。ギリギリまで折ったスカートの裾を見ながら、うみちゃんもこんなに短いのを履いているのかなと不安になった。
「……中学生の時は、反応よくなかったけど」
「ふうん? どんな感じ?」
「目を合わせてくれなくて、すぐ帰っちゃった」
「それ、照れてたんだべさ!」
瞬きを繰り返す僕に、河口の制裁が下される。僕はお腹を押さえてうずくまることしかできなかった。船で力仕事に慣れている女子の力は侮れない。
「吉野は、なんっっっまらポンコツ!」
パンチの効いた方言が僕に追撃を加えた。河口は僕のことをとてもポンコツだと言いたいらしい。
そんなの僕が一番わかってる。河口の話が本当なら、うみちゃんも僕のことを意識してくれていたらしい。中学の時点で思いを告げていたら、他の男にうみちゃんをとられることもなかったはずだ。
「河口の言う通りだね。なまらポンコツだよ」
「東京もんがいっちょまえに真似すんな!」
金色の髪がぱさりと僕の横へ落ちる。河口は勢いよく首を垂れて膝を抱え込み、そのまま動かなくなってしまった。
「……彼氏、そんなにヤバい奴なの?」
「どうだろね。けど、吉野の方がいい」
くぐもった声が膝の間をすり抜けて僕に届く。らしくない声だ。
「河口、」
「宇美には吉野しかいないよ」
僕は何も言えなかった。どうして河口がここまで言うのかわからなかったし、それがわかったところで僕に言えることはないと思ってしまった。
沈黙の時間が過ぎていく。
僕がどうしようかと考えていると、河口が突然すっくと立ち上がった。そのまま勇ましい足取りで階段を降りる。オレンジのサンダルが水の中へ入っていき、波に巻き上げられた砂が河口の脚を汚した。
「急に何してるんだよ」
「吉野はそこにいて」
慌てて追いかけようとする僕を、河口が止める。何をするつもりなのか、まったくわからない。
「そこにいてって……」
「いいから」
河口の声はなんだか震えていた。緊張しているのだろうか。だとしたら、こいつは一体なにをしようとしている?
潮の轟に混じって、大きく息を吸う音が聞こえた。
「吉野! ずっと……」
もう一度、深く深く息を吸う河口。
「ずっと、好きだったよーー!!」
人生で一番の大声は、船の汽笛のように空へ伸びていった。波は時間が止まったように静かだ。
太陽だけが、僕を嘲笑うかのようにジリジリと熱を発していた。何も言えない僕を。うみちゃんにも、河口にも、何も言えない僕のことを。
河口はやりきった顔でこちらを向いた。水面に反射する光を浴びて、爽やかな表情をしている。
「これぐらい、宇美に言ってやんな!」
「びっ……くりした。いきなり告白されたかと」
「実演してやったんだから、吉野も絶対やりなよ!」
「太平洋に向かって叫びたくはないかな」
「いいからやれって!」
足元の水をすくって、僕の方にかける河口。砂の混じったそれは放物線を描くように落ちていき、僕まで届くことはなかった。
「でもさ、同じようにしろとは言わないけど……」
河口が続ける。
「好きって、本人には伝わらないもんだよ」




