1章10話「……あのね」
8月になって、うみちゃんが防波堤にやって来た。
バッシュの入った袋を自転車に引っ掛けて、うみちゃんはいつも通り僕の左側に座る。
「……久しぶり、ケンちゃん」
「久しぶりだね、うみちゃん」
こうやって横顔を眺めることができるのは、何ヶ月ぶりだろう。僕はうみちゃんを独り占めする幸せを噛みしめる。
「部活、バスケ部にしたの?」
「ううん、今日はただの助っ人」
「そっか。小学校の時ミニバスやってたもんね」
「うん。休みの日しか練習してなかったけど」
「部活は何にしたの?」
「茶道部にしたよ」
「茶道部? ……どうして?」
「笑わない?」
「もちろん」
「……お菓子が食べたかったから」
恥ずかしそうにモニョモニョと答えるうみちゃん。なんて可愛いんだろう。この世のものとは思えない可愛さだ。
うみちゃんはいつでも可愛かったけど、久しぶりだと破壊力がすごい。
「あっ、ケンちゃん笑ってる!」
「笑ってないよ。うみちゃんらしい理由だと思って」
僕たちは真剣な顔で目を合わせる。本当に笑っていないか確認するうみちゃんと、笑ってないことを証明する僕。確かめてから、結局ふたりで笑い合った。
「……良かった」
「ん?」
「ケンちゃんが変わってなくて」
「それは僕も。うみちゃんがそのままで良かった」
そこからしばらく、沈黙が流れた。
僕はとにかく嬉しさでいっぱいだけど、波の様子はどこか悲しげだった。うみちゃんにかける言葉を探しても、何も見つからない。
僕はいつまでも、何もできないままだ。
「ケンちゃん、あのさ……」
彼氏とどうなったのかを聞くことすらできない僕に、うみちゃんはゆっくりと話しかけてくれた。いつもそうだ。僕から切り出せたことがない。
「うん、何?」
「……あのね」
歯切れが悪いうみちゃんを、沈む夕日が焦らせる。
「えっと……」
うみちゃんはそれでも、言えないみたいだった。痺れを切らした太陽が姿を隠す。今日はもうおしまい、とでも言っているようだ。
「ごめん、お手伝いがあるから……行くね」
「わかった。頑張ってね」
うみちゃんは申し訳なさそうに自転車に跨った。何ヶ月も待った僕からすれば、こんなの取るに足りないことなのに。
「明日こそは……ちゃんと言うから」
「うん。それじゃあ、また明日ね」
僕は彼氏のことを何も聞けないまま、うみちゃんは言いたいことを言えないまま、僕たちは家に帰った。




