1章11話「幸せになってほしかったの」
次の日、うみちゃんは昨日より早い時間に現れた。
表情からも、今日こそは話すぞという気合が感じられる。そんなに覚悟を決めて、何を話すつもりなんだろう。
「昨日はごめんね。今日はちゃんと話すから」
「気にしなくていいよ」
僕も昨日は聞きたいことが聞けなかったし、時間がかかるのはお互い様だ。ひとまずうみちゃんの話が先だと思って、僕は黙っておいた。
「あのさ、私……」
波音がサラサラと流れて、うみちゃんの涙を誘う。
僕はポケットに入れておいたハンカチとティッシュを渡した。ビー玉みたいに綺麗な瞳から落ちる雫を、自分で拭いてあげることはできなかった。
「はい。どうしたの? 大丈夫?」
「ごめん、どう話したらいいか、わかんなくて……」
僕の手からいつものアイテムを受け取りながら、うみちゃんが思いの丈を紡いだ。
「ゆっくりでいいよ」
「私に、彼氏ができたら……っ」
「うん」
「……なっちゃんが、前に進めると思って」
何がどうなったらそんな発想になるんだろう。疑問でいっぱいだけど、僕は静かに寄り添い続ける。
「うみちゃんに彼氏ができると、河口が進めるの?」
「……うん」
「どうして?」
「なっちゃんに、告白、されたしょ?」
「いや、あれは実演で――」
この前のは、ただの実演で。河口は僕を応援してくれていて。色々と協力してくれたり、喝を入れてくれたりしただけ。
なんだけど、どうしてうみちゃんが知ってるんだ?
「うみちゃん。河口から何を聞いたの?」
「聞かなくても、昔からわかってた」
「……どういうこと?」
「なっちゃん、中学の頃から、本気だったよ」
遠くに船が見えた。汽笛はもう聞こえなかった。
「河口が本気? まさか」
「ずっと、遠慮してたの」
うみちゃんはハンカチで涙を拭いて、乱れた呼吸を整える。その間に僕は、これまでの河口を思い出してみた。けど、僕のことが本気で好きだったなんて信じられない。
「でも、私が告白されて……」
ケンちゃんは止めなかったしょ。なんて、波の恨みがましい音が聞こえた気がした。
「これで、もう遠慮しなくて済むと思ったから」
「それで付き合ったのか……」
「でも、ケンちゃん、なっちゃんと付き合わなかった」
うみちゃんがティッシュを取り出し、控えめに鼻をかむ。少し落ち着いてきたみたいだ。
「うみちゃんは、僕に河口と付き合ってほしかった?」
「うん、なっちゃんに幸せになってほしかったの」
僕の幸せはどうなるの、と言いたい気持ちをグッと抑える。僕にはわからない、女同士の友情というものがあるのだろう。
うみちゃんと河口は昔から親友みたいな感じだし、二人とも友達思いだからな。僕の気持ちを知っていた河口は、応援することしかできなかったのかもしれない。
「河口とは、その後もちゃんと仲良くできてる?」
「……ううん。そのことで、悩んでるんだ」
うみちゃんは悲しそうに首を横に振る。
喧嘩してるのか。あの河口がうみちゃんに怒るところなんて、想像もつかないけど。
「仲直りするには、条件があって」
「条件って何?」
「……ケンちゃんと付き合うこと」
うみちゃんが僕の目の奥を見据えて言った。これは本気の顔だ。冗談を言ってるんじゃない。
僕に対する河口なりの激励だろうか。ここまでしてくれるなら、僕がモダモダしてるわけにはいかないな。今度こそ、勘違いされないように、本気で伝えなきゃ。
「わかったよ。うみちゃん、聞いて。僕は――」
「でも私、ケンちゃんのこと……好きかわからなくて」
「僕はうみちゃんが――え?」
告白する気マンマンだった僕に、うみちゃんのナイフが突き刺さる。昔から、意外と容赦ないんだよな。
「……とりあえず、彼氏とは別れたんだよね?」
「うん。ケンちゃんと向き合いたかったから」
僕と向き合いたかった? それ、もう僕のことが好きって思っていいんじゃないか? とにかく、これは神様と河口がくれたチャンスに違いない。
うみちゃんは確か、河口と毎年お祭りに行っていたはずだ。今年も本当は、河口と行きたいだろう。それなら、僕にできることはひとつしかない。
「お祭りの日までに、仲直りしよう」
「でも……どうやって?」
不安げに首をかしげるうみちゃん。
絶対になんとかしなきゃ。うみちゃんの不安を解消して、河口と仲直りできるようにして、そして、僕の気持ちも信じてもらうために。
「安心して、うみちゃん」
僕の口からは、自分でも信じられないほど強気な宣言が飛び出した。
「お祭りまでに、僕を好きにさせてみせるから」




