1章4話「どういうことか、わかる?」
あれから、まるで梅雨でも来たみたいに雨の日が続いていた。
この地域では梅雨なんかないはずだけど、今年はおかしい。うみちゃんがいつもの場所へ来なくなった日から、ほとんど毎日のように雨が降っている。
それでも僕は、一日も欠かすことなく防波堤でうみちゃんを待った。当然、彼女の姿はちらりとも現れない。
「余計に気が滅入るっての……」
こんなに長い間うみちゃんと会わないのは初めてだ。これまでの最長期間は、たったの9日間。僕がじいちゃんの家に泊まりに行ったのと、うみちゃんが家族で旅行に行ったのが被った時だった。
あの時はただ、うみちゃんと次に会える日が楽しみで。寂しさや不安は一切なく、何を話すかだけ考えていた。久々に会えた時は、外が真っ暗になって叱られるまで喋ったっけ。
「今回も、同じ気持ちでいられれば良かったのにね」
雨に打たれるさざ波に同意を求めるも、言葉は返ってこない。
むなしくなって思わず立ち上がった。制服が濡れないようしゃがんでいたから、足にジワっと痛みが走る。
もうだいぶ良い時間だし、足の痺れがとれたら帰ろう。そう思ってふと後ろを向いた時だった。
近くに停まっていた赤い車から、視線を感じた。
いつもはあそこに車なんてない。そもそもこの辺りで車が停まることなんて有り得なかった。見られている気もするし、これはさっさと帰らないと。
まだ引かない足の痛みを振り切るように、僕は思い切り走った。
自宅で晩ご飯の焼き魚を食べていると、母さんが箸を置いて僕の目をじっと見てきた。
「……何? 食べづらいんだけど……」
「憲一」
僕の名前を呼ぶ母さんの声が、嫌な話をする時のトーンだった。思わず僕も箸を置いて身構える。
「どうしたの?」
「スーパーで羽多野さんと会ったのよ」
「うみちゃんのお母さんか。いつものことじゃん」
「そしたら、なんて言われたと思う?」
「知らない。なんだって?」
「『最近、憲一くんの帰りも遅くてすみません』って」
母さんからの予想外の話に、思わず動揺が透ける。僕の帰りが遅い? いや、いつも通りだ。むしろ話が長引いた日よりは早く帰っているのに。
「どういうことか、わかる?」
わかりたくないけど、少し考えればわかってしまった。うみちゃんは、家族にはいつも通り僕と会ってることにして、彼氏と会ってるんだ。
「さあ。最近、天気が悪くて暗いから、帰りが遅く感じるんじゃない」
裏切られた気持ちとか、怒りとか、色んなものが爆発しそうなのに。口は自然とうみちゃんを庇ってしまう。
「……そう。まだ宇美ちゃんと防波堤で会ってるのね」
「別に、今まで通りだけど」
できるだけ普段の口調で、気怠げに話そうと試みた。本当は心臓が飛び出しそうだった。
うみちゃん、どうして。そんな言葉が喉元まで迫る。つらい。今すぐうみちゃんに聞きたい。
「憲一の気持ちはわかったわ」
「話はそれだけ? じゃあ僕、宿題あるから」
「宇美ちゃんと会ってないでしょう」
早くこの場を離れようと席を立った僕を、逃れようのない真実が引き留めた。
「……今まで通りだって」
「宇美ちゃんの帰り、憲一よりもずっと遅いのよ」
「じゃあ、僕と会った後に寄り道してるんじゃないの」
母さんはどこか悲しそうに眉をひそめる。そんな顔で見ないでくれよ。僕が一番、惨めなんだから。
「嘘は良くないわ。羽多野さん家にとっても」
「どうして嘘だって決めつけるの?」
「憲一の元気がないからよ。お父さんも心配してる」
「え……本当?」
父さんは仕事で忙しくてほとんど会わないから、僕のことを心配しているというのは意外だった。目を丸くする僕を見て、母さんの表情が緩む。
「……そうだったんだ」
「お母さんも憲一のこと、すごく心配だった」
僕の肩にあたたかい手がそっと置かれた。なんだか小学生の時に戻ったみたいで、くすぐったくなる。
母さんはそのまま続けた。
「それにね、憲一は大切な人を思いやれる子でしょう」
ああ、母さんには全部お見通しなんだな。
嘘をついていた自分が恥ずかしくなる。僕のことをずっと見ていてくれた母さんを騙そうなんて、最初から無理な話だったんだ。
僕はうみちゃんを庇うことに諦めがついて、代わりに自分がすべきことを考える。
そういうのも、きっと母さんには伝わっているのだろう。場の空気を穏やかにするためか、わざと茶化すような口調でからかわれた。
「波多野さんに誤解されるのは、お母さん悲しいな」
「そんな言い方やめてよ。もう子供じゃないって」
「あら。憲一もついに反抗期ね」
僕はニタニタと笑う母さんの手を軽く振り払って、もう一度食卓についた。今日はもう食欲がないから、本当は残そうと思っていたんだけど。
「……今度、うみちゃんと話してみるよ」
炊き立てだった白米も、すっかり冷め切っている。食べかけの焼き魚は、心と同じでグチャグチャだった。




