2章3話「また明日」
高校生活が始まってから、4回目の防波堤。
今日もなっちゃんに送り出されて、私はここへやってきた。ケンちゃんはまだ来てないみたい。
パパとママに買ってもらったお気に入りの自転車をコンクリートのそばに停めて、いつもの場所に座る。ケンちゃんがいなくても、お互いの座る場所が自然とわかるから。
ケンちゃんは、バスじゃないと行けないような遠くの高校に通ってる。だからなっちゃんとお話しながらゆっくり帰ると、だいたいちょうどいい。
「うみちゃん!」
やっぱり、そんなに待たないうちにケンちゃんが現れた。重そうな黒いリュックを上下に揺らしながら、まっすぐ私のところへ向かってくる。
家の近くのバス停からここまで、全力でダッシュして来たんだと思う。黒縁のメガネがちょっとずれてた。
「そんなに急がなくていいのに」
「うみちゃんを待たせるわけにはいかないよ」
息苦しそうなケンちゃんが、私の隣に座る。
「はあ……潮風が気持ち良い」
ケンちゃんがにこやかに海を見る。ほら、また。私には見えない世界を楽しんでいるみたい。
置いていかれたくなくて、私は今日のお話を始めた。
「私の高校でさ、部活見学が始まるんだ」
「そうなんだ、楽しみだね」
「帰りが遅くなるから、もう走らなくて大丈夫だよ」
「わかった、気遣ってくれてありがとう」
「ケンちゃんは? 部活とかどうするの?」
「僕は入らないよ。通うだけで時間かかるし」
「そっか。朝も早く出てるもんね」
「うみちゃんは、部活やるつもり?」
「まだ悩んでる。入るとしたら、何がいいと思う?」
「うーん。うみちゃんに合いそうな部活かぁ」
ケンちゃんは波の様子を眺めながら、じっくり考えてくれる。なんて言われるんだろう。私が小学生の時ミニバスをやってたのは知ってるし、バスケ部かな?
「うみちゃんに似合うのは……」
「私に似合うのは?」
「茶道部かな」
意外な回答に、私は首を傾げてケンちゃんの顔を覗き込む。どうしてそんなマイナーな部活なんだろう?
「うみちゃん、茶道部はお菓子が出るんだよ」
「えっ、お菓子?」
「うん。好きでしょ?」
「好きだけど、バスケ部って言われると思った」
「うみちゃん中学の時、バスケ部に入ってなかったし」
ケンちゃんの言う通り、私は中学のころ部活には入らなかった。私の家はケーキ屋さんで、平日の夜と休みの日はお手伝いがあるから。
「バスケ部だと、お店の手伝いも難しくなるかなって」
いつも、そう。ケンちゃんは私の周りにある全部のことを大事にしてくれる。私の好きなこと、嫌いなこと、やらなきゃいけないこと、やっちゃいけないこと。
そんなケンちゃんといると、私も少しだけ同じ世界が見えるかもって思った。海に星の映る世界が。
「ありがとう、ケンちゃん」
「なにが?」
ケンちゃんは私のお礼の意味がわかっていないみたいだった。だけど、それで良い。私だってこの気持ちに名前はつけられないんだから。
「全部が、だよ!」
この時間のケンちゃんは、夕日が背中から当たっていて眩しい。それでも私は、精一杯ケンちゃんの方を向いて笑った。
「ぜん、ぶ……」
「うん。いつもありがとうね」
「そんな、こちらこそ」
ケンちゃんは次の言葉を探してるみたいに、視線をキョロキョロと動かす。何か言いたいことがありそうだけど、もう夕日が落ちそうだ。
「もうこんな時間だ。帰らなきゃ」
「あっ、ほんとだ……」
「また明日ね、ケンちゃん」
「うん、うみちゃん。また明日」
バイバイした後、ケンちゃんと同じ景色が見たくて振り返ってみた。黒いリュックを背負った背中が、夕日に縁取られてほんのり赤くなってる。どこか照れてるみたいで、私もつられて照れてしまった。




