1章16話「星、綺麗だね」
昨日は、うみちゃんを家に送り届けて終わった。
うみちゃんが僕を河口から引き剥がした、あのお祭りの日。帰りに泣きじゃくるうみちゃんが、家の玄関に消えていくのを見たのが最後だ。
色々と心配だけど、あと30分後にはうみちゃんと会う約束をしている。提案してくれたのは、うみちゃんからだった。家の電話に、今日は流星群だから一緒に見ようと伝言を託してくれたのだ。
星のピークは夜の10時頃だそうで、うみちゃんはお店の手伝いが終わったら少しだけ外に出る許可が貰えたと言っていた。
最初に何を話そうか。いっそのこと、僕の話から始めてしまおうかな。なんて考えていると、ついにうみちゃんがやって来た。
「ケンちゃん……」
つらそうに僕の名前を呼ぶうみちゃん。僕はひとまず、いつもの場所に座らせて落ち着かせる。
「うみちゃん、寒くない?」
「うん、平気」
穏やかなうみちゃんの呼吸を確認してから、僕はゆっくりと話し出した。
「河口とは仲直りできた?」
「半分は……今日で完全に仲直りする予定、かな」
「良かった。お祭りの日は、なんで喧嘩したの?」
「それは内緒。女同士の秘密だもん」
それもそうだ。あまり詮索してはいけないところだったな。
僕が気を取り直そうとしている間に、うみちゃんは話を続ける。
「でも、なっちゃんに見せつけられて気づいたの」
平らな水面に、今日一つ目の流れ星が映った。
「ケンちゃんを、誰にも渡したくないって」
うみちゃんが僕を見ている。待っているような目だ。今日で仲直りする予定、とはそういうことか。
「うみちゃん。僕も言いたいことがあるんだ」
「うん」
うみちゃんを置いて、僕は右側の階段を降りる。防波堤から聞いてもらおうとしたんだけど、頑固なうみちゃんは一緒に砂浜へ降りてきた。
「叫ぼうと思ったのに」
「いいよ。隣で聞いてるから」
うみちゃんは僕と少し距離をとって、水の中へ入っていった。細い足の近くに星が映る。手で掬って飲み込んでしまえそうだ。
僕は大きく息を吸って、遠い遠いどこかの船まで聞こえるように叫んだ。
「僕の辞書に、うみって言葉は君だけだよーー!!」
「え?」
うみちゃんが、予想外という顔でこちらを向く。おかしいな、何度もイメトレしたのに。外したか?
「どういうこと?」
「えっと……僕はうみが好きって知ってるよね?」
「うん、海が好きって何回も言ってたね」
「その……うみっていうのは」
僕は恥ずかしさでヤケクソになりながら叫ぶ。
「だから! うみっていうのはうみちゃんのこと!」
徐々にピンと来ている様子のうみちゃんに、ストレートな追い撃ちをかけてみた。
「今まで全部、君が好きだって言ってたんだよ!」
「…………」
あまりの沈黙に、星の流れる効果音が聞こえそうだ。ベッドの中で必死に考えた言葉だったけど、なんだか失敗のような気がしてくる。
2回目の告白すらうまくいかないなんて、河口が知ったらどんな怒号が飛んでくるだろう。
「うみちゃん、ごめん。今のは忘れ……っ」
しゃべっている途中の僕に、うみちゃんが水をかけた。小さな手から離れた液体は、結構な距離を旅して僕の胸の真ん中に命中する。
「えへへ」
うみちゃんは、照れくさそうな笑い声を響かせた。
「仲直り、確定した!」
火照った体を冷たい水が冷まそうとする。それでも、僕たちの体は熱を逃がすことなどできなかった。
恥ずかしさを振り払おうと、ふたりで水をかけ合う。水滴が流れ星の光を受け、小さく輝いていた。まるで空から祝福されているみたいだ。
一頻り水遊びをした後、僕たちは砂浜に座った。
ふたりともサンダルがじゃりじゃりだったけど、今日だけはお互い見ないふり。
「星、綺麗だね」
「ほんとだね」
どちらともない言葉を交わして、僕たちは立ち上がる。いくら許可をもらっているとはいえ、長居するとうみちゃんの家族が心配するだろう。
「そろそろ行こう。河口と早く仲直りしてきて」
「うん、わかった。……あ、ケンちゃん」
思い出したように、うみちゃんがお尻を指さす。
「今日は砂浜だから、さすがに確認しないと」
「ああ、確かに」
後ろを向いてから僕は気づいた。この暗さでは、汚れなんて見えないことに。
「うみちゃん――」
振り向こうとする背中に、柔らかな熱が注がれる。うみちゃんが、僕にそっと抱きついたのだった。
静寂の中、鳴り響くのは僕の心音と、同じリズムの波の音。そして、星に願う海の音がひとつ。
どうかこの時間が、もう少しだけ続きますように。
これで第1章終わりです。
4章構成で、3章の途中まで執筆しています。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
よろしければ最後までお付き合いください。




