1章15話「やっぱ好きなんだべさ」
祭り囃子が微かに響く中、僕は告白の時を待った。
今日の波はどこかウキウキしているようだ。暗くてよく見えないけど、水音がいつもより高い気がした。
うみちゃんには、お祭りが終わり次第この防波堤に来てもらうよう手はずになっている。僕はここで待つだけだ。
イメージトレーニングは数え切れないほど繰り返した。きっと大丈夫、うみちゃんに信じてもらえる。
僕はスマホで時計を確認した。もう少しで花火が上がる時間だ。それが終わったら、うみちゃんがここに来て、それから……。
『吉野、今どこ?』
予行練習に取り掛かろうとした時、河口からのメッセージがぽこんと浮かび上がった。僕は慌ててアプリを開き、返信を打ち込む。
『防波堤。何かあった?』
『宇美と喧嘩してはぐれた』
まったく計画外のことで、僕は頭が真っ白になりかけた。でも、呆けてる場合じゃない。ここは僕がしっかりするところだ。吉野憲一、お前なら大丈夫だ。落ち着け。
『仲直りする前に無理やり行かせたからだ。ごめん』
『うちもごめん。とにかく、宇美を探しに来て』
『すぐ行く』
返事を打ちながら走り出す。告白のことも忘れて。
お祭りの会場に着くと、入り口で河口が待っていた。もうすぐ花火が始まるから、この辺りには人が少ない。
「吉野! 本当にごめん」
「良いって。うみちゃんと連絡はとれる?」
「ううん、既読つかなくて」
「うみちゃんとはぐれたのはどの辺?」
「この先の、通路が交差してるド真ん中だよ」
「じゃあ、僕はあっちを探すよ」
「わかった、うちは反対側を見てみるね」
河口は子供みたいに泣きそうな顔をしていた。罪悪感でいっぱいなのか、悲しみでいっぱいなのか。
「泣くことないって。大丈夫だから」
河口の涙が溢れる前に、僕たちは二手に分かれた。花火は奥にある川の方から上がるから、人だかりができているに違いない。
うみちゃんが落ち込んだり怒ったりした時、人混みに行くとは考えにくかった。ひとりで行くなら、きっと静かなところだ。
出店の切れ間、大きな木のそばにアタリをつけてみた。大好きな人の姿を見落とさないよう、急ぎながらも丁寧に走る。
視界には、色とりどりの浴衣や美味しそうなフルーツ飴、光る笛に揺れるヨーヨーがちらついた。情報過多で目眩がする。お祭りは好きだけど、今は嫌いだ。
「うみちゃーん!」
探し人の名前を大声で叫びながら進む。周りに変な目で見られたって気にならなかった。
アタリをつけた木の側には、知らない人しかいない。それなら河口が探している神社の方か、と思った時にちょうどメッセージが光る。やっぱりそうだ。
すぐに引き返して逆側へ向かう。同じような景色がぐるぐると視界で回った。
神社の近くまで行くと、河口が神妙な面持ちで立っている。何かあったような表情だ。さっきの不安げな顔とは違っていた。
「河口!」
「……吉野!」
僕に気づいた河口が、走りにくそうな下駄で駆け寄ってくる。
「宇美から連絡来たよ! 境内にいるって」
「僕もその辺にいると思ってた。行こう」
河口は意を決したように頷く。境内に続く階段を二人で上りながら、うみちゃんの名前を呼んだ。
騒がしくて申し訳ないけど、今は許してもらえるよう心の中で祈る。
階段を上りきり、息を切らして辺りを見渡した。うみちゃんらしき人影はなかった。連絡があったというのに、おかしい。
「河口、いないみたいだけど――」
「吉野」
河口が乱れた呼吸で僕に迫る。相変わらず、泣きそうな様子だった。でも、暗くて顔は見えない。何を考えているんだろう。
「吉野。どうしても、うちじゃダメかな?」
河口の様子が変だ。
「今はそんな場合じゃないだろ、しっかりしろ」
「今だから言ってる!」
怒ったような声だ。でも、僕に喝を入れる時のような感じじゃない。誰に怒っているのかわからない声。
「ねえ、うちは吉野が好きだよ。宇美とは違う」
「おい、どうしたんだよ河口」
「応えてくれない宇美より、うちの方が良くない?」
様子のおかしい河口が、僕に体を寄せてくる。浴衣越しでもわかるくらい、熱を帯びていた。
「うちを、選んでよ」
僕より背の低い河口が背伸びをした。上気した顔を近づけ、僕の唇まであと数センチ。
固まっていた僕を、何かがグッと後ろへ引っ張る。
「うわ……っ!?」
「ほらね」
瞬間、花火が上がった。
「やっぱ好きなんだべさ」
照らされた河口の顔には、一筋の涙が見えた。




