351 前は無理でも今なら可能、というケースは多い
「任せろって、次郎くん、何か方法があるの?」
じっと立ち、スエラに向けて助けると断言した俺は、不安気な声で聞いてくるケイリィさんに向けて、素直に答える。
「ない。今から考える」
なんの根拠もない。
ただ約束したからという理由なだけで、道理も根拠もない宣言は、彼女からしたら無責任な言葉に聞こえただろう。
だが、覚悟を決めた俺には迷いはない。
「ないって、わかってるの!? 今もスエラが危ない状況に変わりはないの! 一歩間違えればあの子は命が危ないのよ!? もう二度と起きてこないのよ! スエラが言ったからはいそうですかって、助けられたら私たちはこんなに悩んでない!!」
当然、俺の言葉はケイリィさんにとっては受け入れ難いものとなる。
親友の命を、たとえ、親友からの言葉であっても、あるかどうかわからない可能性に賭けるなんて馬鹿らしいと彼女は叫ぶ。
それは、ケイリィさんが心の底からスエラを心配しているからだろう。
足音を荒々しく鳴らし、苛立ちをぶつけるように俺の肩を掴み、俺を振り向かせた先にいた彼女の顔は、普段の飄々とした笑顔は微塵も存在せず、怒りをあらわにした顔をしていた。
「………そう、あなたができないって言うなら、私がやるわ! 私が、スエラのお腹から子供を取り出して」
その怒りは、たとえ親友に恨まれても、親友の命が危険になるような無謀な策に縋るよりは、そっちの方がいいと断言している。
「私が、わたし、が」
だが。
「ケイリィさん」
その怒りが、続くことはなかった。
突発的な怒りは、あっという間に燃焼し、後に残るのは、やると決めた覚悟とその後に来る事実への恐怖だった。
やらねばならない、だが、やってしまったらという結末が見えていたケイリィさんは、肩を震わせ、感情をどこに向けたらいいかわからないと、迷っている。
そんな彼女の名前をそっと呼ぶ。
「わたしだって、助けられるなら助けたいわよ、でも、助けられないの、あなたが、ここで、立ち止まったら、だれが、スエラを助けるのよ」
わかるでしょとケイリィさんは何を言えば良いかわからないが、わかってくれと嘆くように顔を俯かせ俺へ訴えかけた。
「俺が助ける」
「だから!」
そんな彼女に、覚悟を示すように再び言えば、彼女はできないんだと否定するように、再度怒りに点火し訴えかけようとしたが、その怒りのこもった視線と俺の視線が交じりあったとき、ケイリィさんは何も言えなくなっていた。
「………なんて、顔してるのよ」
「自覚はある」
やるかやらないかの分岐路はとうに過ぎた。
無理無茶無謀、そんな言葉で止まる程度の覚悟で、スエラは助けられない。
それがわかっている現在、ここでの問答は無意味だ。
「本当に、助けられるのね?」
「できるできない、ではなく、助ける。それだけです」
「………はは、スエラが相手じゃなかったら、惚れてたかもね」
迷いは無駄。
助けると断言する。
それを理解し、実行しようとしている俺を前にして、ケイリィさんが折れた。
詰め寄っていた、距離を離すようにそっと腕を押し離れ。
そして、代わりに右手が軽く振るわれ、ポンと心臓辺りの胸に当たる。
「だったら、助けてみせなさい。もしできなかったら、わかってるでしょうね?」
「言われずとも」
恐らく、前言を撤回できたのはここまでだ。
やるつもりはなくても、俺はもう後戻りはできない。
泣き言も後悔も口にする資格は、ここで放棄した。
「………次郎、貴様の覚悟はわかった。だが、どうするつもりだ? ケイリィの言う通り、ただ闇雲にどうにかしようとしても、どうにかできるものではない」
方針も何もない。
それを理解したうえで、意見的にはケイリィさんよりのエヴィアは俺に問うてきた。
俺の行動は確実に助けられる一つの命を危険にさらす行動だ。
無策で、何も考えず我武者羅に行動するのなら、止めに入ると言わんばかりに眼光が鋭くなったエヴィアの目をはっきりと見て答える。
「賢者の知恵とヴァルスさんの力を使います」
「! そうか、私たちになくても、もしかしたら」
「失伝した技術は数多い。その中にスエラを助ける方法があるかもしれないな!」
アメリアの中にある賢者の知識は膨大だ。
その中にある知識の中で、魔力欠乏症に関する知識を見つける他ない。
魔王軍にないのなら、勇者側という発想の転換。
そして、時空の精霊ヴァルスによって、その知識の閲覧速度を跳ね上げる。
僅かにできた可能性にメモリアとヒミクは喜ぶが。
「………可能性があるのはわかった。だが、こちらもタイムリミットを設ける」
そこに水を差すように、エヴィアはぴしゃりと言い放つ。
そしてタイムリミットと聞き、俺たちの中で緊張した空気が走る。
「私の権限でできうる限りの処置を施し、名医を招集する。それだけでだいぶ時間は稼げるはずだ」
そして、ちらりと置物になっていた女医に視線を向ければ彼女は慌てて、指折りでどれくらい安全に処置できるかを計算し。
「た、体調にもよりますが、おそらく四日、いえ、エヴィア様の権限なら、五日までなら安全に処置できるかと」
「わかったな、次郎、五日だ。それまでになんとしても助ける方法を見つけ出してこい。私のほうでも動かせる人員は動かす」
「ああ!」
エヴィアなりの激励。
女医から俺へと視線を戻したエヴィアは仕方ない奴だと苦笑に似た笑みを浮かべていた。
スエラを助けられる可能性を引き延ばしてくれただけで、だいぶ助かる。
なら、あとは行動するほかない。
「主! 私にできることは」
「私も、手伝えることは」
ヒミクとメモリア、二人も手伝ってくれるのは心強い。
「ヒミクには、私生活のほうでサポートを頼む、たぶん、家には帰れない。着替えや食事の準備、あとはスエラのほうの様子見も頼む」
「うむ! 任せろ」
「メモリア、ありったけの魔力ポーションを頼む。代金は、俺の貯金から出す。ヴァルスさんをどれだけ顕現し続けられるかが勝負のカギになるはずだ」
「わかりました。できうる限り用意します」
アメリアの書庫に入れる人数は限られている。なら過剰な人員を作らず、最適配置で行動を起こす他ない。
やるための準備はこれでいい。
あとは。
「はいはい、仕事のほうはどうにかしておくわよ。あと、あなたと宮川さんの有給出しておくわね」
「助かります」
本業をないがしろにせず、俺の心配要素を削る。
「ほんと、今が大事な時期だってわかってるのかしら、あなた」
これから数日は、俺は一切仕事ができない。
それによって出る遅れは仕方ないと割り切りつつ、あとでスエラに後悔させないように打てる手は打つ。
スエラと子供を助ける方向で動き出す俺たち。
その最後の助太刀を頼むと、ケイリィさんを見れば、さっきの感情をあらわにした姿の名残を残しつつ、呆れたと言わんばかりに笑い。
そしてからかうように。
「感謝しなさい。他の課と差がつくどころか差をつけておいてあげる。だけど、これが終わった後は、残業確定よ。主に書類仕事の」
「覚悟はしておく」
仕事がたまると冗談を口にし。
「決まったな? なら、迅速に行動を開始しろ。ここから先は一秒が明暗を分けると思い行動せよ!」
「「「「「はい!」」」」」
エヴィアの掛け声を聞き、俺たちは行動を始める。
その場でヒミクとメモリア、そしてエヴィアとは一旦別れ、アメリアと合流するために俺とケイリィさんは自分の職場へと駆けた。
「………さっきは怒鳴ってしまってごめんなさい」
「いえ、俺もあなたの立場ならそう言ってた」
その道中、気まずそうにケイリィさんは俺に謝罪してきた。
感情的になり、そして、怒鳴り散らした行為は確かに問題かもしれないが、言った言葉の内容自体間違ってはいない。
そして、彼女の言った言葉の意味も共感できる。
もし仮にと、立場を変えて同じ状況になり得たのなら、あんな言葉を吐き出していたかもしれない。
本心で、同意すると、彼女は恥ずかし気に笑い。
「そう、でも、ああは言ったけど、正直ホッとしてるわ。あなたが、スエラとの子供を諦めなくて」
「………」
そして、ケイリィさんはもう一つの本音をこぼしてきた。
「あの子、子供の話になるたびに本当にうれしそうに話すの、どんな名前がいいか、男の子か女の子か、生まれてきたらどんなことをしようかなんて、あんなスエラ見たの初めてだった」
行きよりも若干遅いが、それでも高速で移動しているので、社員たちは何事かと振り向くが、気にせず俺たちは駆けつつ会話は進む。
「だから、あなたが子供と一緒に助けてくれる選択をしてくれて安心してるわ」
前を見なくてはいけないとわかりつつ、そっと背後を振り向いてみれば、照れたように笑うケイリィさんがいた。
「助けましょう」
「ああ」
そして、真剣な表情になった彼女に頷き、オフィスに滑り込むように入り込む。
「アメリアはいるか!?」
第一声は、まず目的の人物を探すこと。
俺の大声と急いで入ってきたことにギョッとする事務員たちだが、そんなことお構いなしに、ズンズンと歩き、パーティールームに進む。
ケイリィさんが、自身もやるべきことをやると、仕事に戻っていき、ここから先は一秒でも時間が惜しい。
走ることはないが、歩む速度は速く、そしてパーティールームにつき、勢いよく扉を開く。
「アメリア!」
「What!?」
そしてもう一度大きな声で、アメリアを呼べばびくりと驚き、何事かと振り向くアメリアがいた。
よかった、まだダンジョンに向かっていなくて。
装備を整え、これからダンジョンに向かうのだと言うのがわかる格好ではあったが、間に合った。
「せ、先輩、スエラさんは大丈夫だったんすか?」
「すまん海堂、質問に答えてる時間が惜しい。脇で状況を聞いててくれ」
驚く彼女に申し訳ないが、今は急ぐほかない。
「すまんアメリア、お前の力を貸してくれ」
「お、OK? どうしたノ? ジロウさん」
緊迫した表情のままだったせいで、少し気圧されたように後ずさるアメリアには申し訳ないが、このままで事情を聞いてもらう。
「実は――」
スエラが危険な状況であるというのをかいつまみつつ、順序だてて説明すると、面と向かって話しているアメリアだけではなく、周囲も慌ただしくなる。
「た、大変じゃないっすか!?」
「いやいやいやいや、そんなリアルピンチは、さすがに笑えないでござるよ!?」
「あんたたちは静かにしてなさい!! 次郎さんはそれをどうにかするために、アミーの力を借りに来たんだから!!」
思った以上に深刻な状況にどうしようどうしようと、慌てる海堂と南を黙らせるように怒鳴る北宮。
勝もどうすればいいのかとオロオロしていたが、北宮の一喝によってびくりと気を付けの姿勢になった。
「頼めるか?」
「OK! そういうことなら、私に任せテ!」
そして、頼みの綱のアメリアは、彼女の精神世界の中でヴァルスという特級精霊を召喚することにも同意してくれた。
ドンと胸を叩き、協力してくれるアメリアには感謝しかない。
「なら、すぐにやりたい。できるか?」
「OK!」
ならばあとは話が早い。
善は急げと彼女を伴いパーティールームの端により、向かい合うように座りあったら俺はアメリアの手を握り。
「海堂! 南! 北宮! 勝!」
その前に、頼りになる仲間たちに。
「しばらく、頼むぞ!」
「うっす!」
「了解でござる!」
「はい!」
「わかってるわよ」
現場を任せ。
「アメリア頼む」
「レッツゴー!」
俺の意識は、彼女の中に入り込む。
「っ、無事、来られたようだな」
「いらっしゃい! 賢者の知識を集めた、大書庫へ!」
そして、手を広げて出迎えてくれるアメリア。
何度か見たことのある巨大な図書館。
塔の形状をしている、筒状の空間。
この場にある蔵書の全てがまるで立ちはだかる壁のように存在し、俺がこれからやることに対して無謀だと告げているようだった。
そんなプレッシャーのような空気を振り払うように、頭を振り、追い払う。
今は一秒でも時間が惜しい。
迷っている暇はないとすぐに魔力を練り、繋がりを確保し、そして。
「契約者が願う。出でよ、時空の精霊」
目の前の景色に顕現させる。
「ヴァルス!」
高魔力を代価に、顕現する特級精霊、白蛇の上に乗る、巫女装束のおばちゃん。
「あら、契約者さん。お久しぶりね~こんなところに呼びだして、今回はどういったご用事?」
悠久の時を生きた精霊故か、のんびりとした口調で話しかけられる。
そこに苛立ちを感じてはいけない。
焦るなと、心に言い聞かせ。
「実は――」
アメリアたちに続いて、二度目の説明をする。
その話を聞くにつれ、ヴァルスさんの表情は段々と真剣になる。
「そう、そんなことになってたのね。そういうことなら、良いわよ。力を貸してあげる。あなたが望む物が見つかるまで時間を延ばしてあげる」
「助かる」
「だけど、約束して。時間を延ばすってことは、あなたの精神にとてつもない負担を強いることになる。危なくなったら私のほうで解除する。焦る気持ちはわかるけど、そこでいったん休憩しなさい」
「………わかった」
「約束よ。私は無限の時間は与えられないけど、膨大な時間は与えられる。けれど、その時間を使うあなたが倒れてしまえば意味がないの」
スエラを助けるために、無理も無茶もするつもりだ。
それを承知で、ヴァルスさんも力を貸してくれると言う。
過去に一度、彼女の試練で、とてつもない時間を過ごしたことがある。
だが、今回はそれとは話が違う。
「それを理解してね契約者さん」
「GoodLuck! ジロウさん!」
「ああ!」
なにがなんでも見つけなければという覚悟と共に、ヴァルスさんの力によって俺の時間は加速する。
今日の一言
タイムリミットまで、残り百二十時間。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




