352 何かを成すためには何かを始めないといけない
タイムリミットは百二十時間。
それを過ぎれば、一分一秒経てば経つほど、スエラの命は危険に晒され続ける。
いや、今も晒され続けているのだ。
あくまで、その時間はスエラだけを助けられる時間だ。
医者が安全に処置できるタイムリミット、それは、俺とスエラの子供を助けられるタイムリミットでもあった。
「………」
その時間は過ぎに過ぎて、残り時間は四十八時間を切っていた。
三日という猶予を使い切り、その中で得た成果はゼロ。
何冊なんてとうに超え、何十、何百、何千。
俺が人生で読んできた文字の量など、あっという間に超して、おそらく過去最多になるであろう量の文字を読んでいる。
アメリアの中の賢者の知識という名称の書庫。
その本自体は、知識という概念が本という物体に具現化した代物。
並の本と比べれば、正しく、紙と鉄くらいの強度差はある。
だからこそ、時空の精霊、ヴァルスの加速の恩恵を受けた状態でページをめくっても破れる心配はない。
時空の名を冠することは伊達ではなく、俺の体感での時間は加速し、体が軋む勢いで知識を収集する。
「………」
ペラペラと俺の視覚では、速読レベルで文字を追っているが、はたから見れば残像すら残す勢いで本を分類しているようにしか見えないとアメリアは言っていた。
その勢いが減速する。
「時間よ、契約者さん」
「………そうか」
「次郎さん」
目に見えて感覚が遅くなり、その反動で俺の体は異常と言えるほど重くなる。
最初は戸惑い、不安に思ったが、何度もこなしているうちにサイクルが出来上がり、戸惑うこともなかった。
「アメリア、頼む」
「うん」
だから、焦る気持ちを抑え込み、ただ淡々とアメリアに次の動作を頼んだ。
「次郎さん」
「すまんメモリア」
アメリアの元気のない声に導かれ、賢者の書庫から出てきた俺を出迎えたのは、本を読んでいたメモリアだった。
彼女は、俺たちが戻ってきたことに気づき、すぐに本を置き、俺の傍に寄ってきた。
「こちらを」
「ああ、それと、二時間後に起こしてくれ」
「はい」
俺たちの会話はそれだけだ。
初日はダメだったとか、今度はどういう方向にチャレンジするなどと報告があったが、時間が経つにつれて焦りも相まってか、互いに時間を削減しようと会話が減っていった。
良くないことだ、それはわかっている。
だが、俺もメモリアも、それを承知でこのスタンスに落ち着いた。
パーティールームの一角に設けられた、休憩スペース。
「アメリアさんもどうぞ」
「Thank you!」
そして俺とアメリアはメモリアから差し出された魔力ポーションを飲み干す。
エナジードリンクにわずかに苦味を足したような味が口内に広がり、ジワリと腹の底にたまる感覚が来る。
僅かに顔をゆがめ、次に差し出される魔力ポーションを受け取る。
アメリアは一本で十分だが、俺は一度に十数本は飲まないといけない。
腹がかなりまずい状況になるが、ヴァルスさんを賢者の書庫で連続で召喚するにはこれぐらい必要だし、一気に回復するにはこの方法以外ない。
「っ」
いくら魔紋で強化された体と言っても、大食いには対応していない。
魔力的には満たされても、飲みすぎだという感覚には苛まれる。
吐き気を無理やり抑え込み、ゆっくりとメモリアが本を読んでいた場所の隣に横になる。
「お疲れ様です、今はゆっくり休んでください」
「ありがとう」
そっと手を握ってくれることに、焦りを無理やり抑え込み、時間が刻一刻と磨り減る恐怖を我慢していた俺はほっと一安心し瞼を閉じる。
二時間という時間で体を回復しなければ、これから続く二十二時間をフルで使い切ることは難しい。
ただでさえ、連続でヴァルスさんの時間加速で体には多大な疲労がたまっているのだ。
もし、休んでいなければとっくの昔に疲労困憊で倒れていた。
あの時、ヴァルスさんが用意してくれた空間があればと思ったが、そもそもあそこには何もない。
展開もできるらしいが、それをしたらアメリアの精神を塗りつぶしとんでもない被害を及ぼす。
そうなれば賢者の書庫も消滅してしまう。
二重の意味で、それはできない。
なら俺が頑張るしかない。
「………」
右手に感じるほんのりと冷たいが、確かに存在するメモリアの存在を感じつつ、眠ろうとするがすぐに眠りにつけるわけではない。
目を瞑り体の力を抜いて、横になっている簡易ベッドに身をゆだねる。
しかし、頭の中ではスエラを助ける方法を反射的に考えてしまっている。
ベィビィドレイン。
その原理は子供がある程度成長し、体が安定し始めたころ、栄養以外に魔力を欲するようになる。
魔力適性が確定した瞬間発生する。
へその緒を介して母体からしか魔力を受け取ることができないと言われているため、母体の魔力量によっては母子ともに危険に晒されるケースがある。
スエラの現状は双子の高魔力適性をその身に宿しているために、その危険な状態だということだ。
「………」
理屈的に見れば、一つの水が収まっているタンクがあるとしよう。
そのタンクがスエラで、外から給水されるホースが魔紋。
魔法といった方法で水は消費されるが、給水されることによって回復する。
そして、俺たち地球人とは違い、異世界人であるスエラたちは魔力が無くなるイコール生命の危機に陥る。
これは、魔素や魔力が生命の源とだからと言われている。
俺たち、地球人は、その魔力無しで生きられるように進化した種族だと推測されている。
俺や海堂たちが魔力適性を持っているのは、その名残だと魔王軍の研究者は考えていた。
使わない魔力適性は劣化し、無くなったケースと、逆に使えない環境だからこそ厳しい環境に適応するために高適性が生まれると言う、二極化している。
話は戻るが、それゆえに魔力ゼロ環境でも生き残れる俺たちと違い、スエラたち魔王軍は魔力がなければ、種族によっては即死、ダークエルフといった人型の種族でも、長時間になると栄養失調状態になり、衰弱し始める。
「………」
考えれば考えるほど、眠気が遠ざかっていくような気がするが、あいにくと強化された体はこうやって休めばある程度は回復してくれる。
魔力ポーションの後に飲んだ、回復ポーションも肉体疲労の回復に一役かっている。
なのでこのまま思考を続ける。
スエラの状況は、水のタンクにもう一つのホースがつけられ、その先が枝分かれしている。
そのホースは供給されるホースよりも太く、かつ流量が多い。
そして、それ以外の供給方法がない。
当然、そんな環境では、水は底をつき、補充されても、そのホースにすべて吸い上げられてしまう。
この環境を改善するには、単純に考えられる方法ならはスエラへ供給できる魔力を増やす。
しかしこの方法は、魔力適性に依存しているため、簡単に改善できる方法でもない。
俺が上がったケースなどレア中のレアケースだ。
魔力の貯蓄量を増やせても、この供給量が増えねば意味がない。
もう一つの供給源を作る。
魔紋以外の方法を使い、魔力を供給することができれば供給源が二つになり、そして増やした方の供給源はこちらで魔力量を調整できる。
だが………
『スエラの体が持ちこたえられるか………』
普段以上に流量を増やすということは、タンクに貯められる水の量を超える可能性もある。
魔紋の経路を使えば、その経路が破綻し、もう一つの経路でも大量に流し込むことは、普段入ってくる流量よりも多い流れを体験することとなり、自然と体への負担が大きくなる。
身体強化や、あるいは別の方法でスエラの体に補助を入れるか、流量を絶妙な感覚でやるか。
もっとも理想は子供に直接魔力を供給できるラインを形成できることだ。
その方法かあるいは、別の方法はないかと賢者の書庫を漁ってはいるが、さすがに出産に関する知識は乏しい。
あるにはあるが、知恵袋にありそうな内容ばかり。
次第に、魔法関連の蔵書ばかり漁っているのが現状だ。
そんなことを考えているうちに、段々と疲労も相まって少しずつ眠気がやってくる。
そのまどろみに身を任せ、意識を落とす。
「………」
そしてメモリアに起こされ、疲れも取れた状態で再び賢者の書庫に来たが。
相も変わらず求めている知識はかすりもしない。
回復系統の知識の棚を見つけてそこを中心にやってはいるが、外科的知識、内科的知識がどんどんと溜まる。
骨折したら、あるいは出血したらといった場合の怪我の対処法、病や内臓系統に対する漢方みたいな薬。
何か役に立つ知識はないかと、目を通してみるが、求めている内容とは違う。
今も見た蔵書を棚に戻し、次の書物に手を取ったときにタイトルが目に入る。
『鉱樹の担い手』
それは異世界の言葉で書かれたその内容。
見るからにして、外れだ。
そう思い、そのまま棚に戻そうとしたが、ふと思いその手はぴたりと止まる。
鉱樹は俺と連結し、高純度の魔力を生み出すことができる。
それは魔力を循環させ、一度鉱樹自身に魔力を流し、純度を上げられる。
ならその応用で、新たな魔力のバイパスにすることはできないだろうか?
そんな思考が出た瞬間、俺の手はその本を開き、目は文字列を追っていた。
冷静に考えれば、俺自身、鉱樹の生態というのは最初に購入するときにざっとしか聞かなかった。
鉱物と植物を兼ね備えた存在。
その生態は、時間をかければかけるほど純度のいい金属を生み出す。
そして、聖剣の素材ともなりうる。
俺が知っている内容はそこまでだったが、使えば使うほどこの樹木には不思議な効果が多い。
根が巻き付き、俺の体と接続したり、終いには龍の骨を取り込んだりと何でもありになりつつある我が相棒。
もしかしたら、そこに解決の糸口があるのではと、ページを読み進める。
そして、どんどんと残りのページが少なくなり、ダメかと諦めていた時だった。
「ん」
ピタリと、視線が一つの項目で止まった。
「鉱樹による、魔力循環に関して」
それは数多くある鉱樹の履歴。
その中でもレアケースだった鉱樹の進化の系譜だった。
この鉱樹は、杖型の形状をしており、その使い手の魔力をサポートしていたとのこと。
そして、担い手の倍以上の魔力を貯めこみ、その戦闘で補助を担っていたいわば、外付けの魔力タンクという物だ。
「………」
それだけなら問題の解決にもならない。
供給経路が魔紋越しなら結局はと、思ったが、読めば読むほど様子が異なるようだ。
「………魔法使いの絵?」
その使い手の絵を掲載した挿絵があり、その手に持った杖は、俺のように根が腕に巻きついた状態だった。
共通している個所は多い。
そして、その魔法使いのコメントらしき文面を見つける。
『長年連れ添った、鉱樹の杖、それは私にとっては第二の魔力の源、私の魔力が尽きた時、鉱樹は自らの魔力を私に与えてくれた。それは、私に合わせて染め上げられた高純度の魔力、空になっていた私の体は瞬く間に魔力で潤してくれた』
第二の魔力の源、それはすなわち、魔紋を経由していない別の魔力源ということか?
もっと詳しい内容はないかと読み進める。
『私は、戦いで右腕と左足を失った。これ以上は戦場に身を置くことはできないだろう。なればこそ、後進にこの術を託す。きっと、魔王との戦いに役立つだろう』
途中からは、鉱樹の持ち主の歴史みたいな内容であったが、我慢して読み続けると、ついに鉱樹に関する知識が書かれているかと、次のページをめくる。
「これは、魔法陣? いや、刻印か?」
出てきたのは、何やら数学的な図式が書かれた魔法陣らしきもの。
それを見ても、内容は理解できない。
理解するのに、どれだけ時間がかかるかわからない。
ならば一旦その図式は読み飛ばし、さらにページをめくる。
『私たち魔法使いの最大の弱点は魔力が底をつくこと、それはどんなに膨大な魔力をもつ者でも避けられない宿命。なればこそ、この鉱樹を使い疑似的な魔力貯蔵をできるようにすることでその宿命から逃れられる』
どういった用途で用いられ、使うにはどうすればいいかと図式の説明が入り。
『鉱樹自身に魔紋を刻み、鉱樹にも魔素を吸収させる。その吸収した魔力を自身の体内で循環させ、高純度の魔力を生み出し、自身の魔紋の吸収と合わせ通常の二倍の魔力、いやそれ以上の回復量を実現することができる』
そしてついに、俺が求めていた文言が出てきた。
これだ!
と確信をもって、背筋に走る興奮を抑え込む。
自身との魔紋と合わせということは、鉱樹の経路はまた別の魔力供給源ということだ。
これなら、鉱樹を用意すればと、思いつつさらに詳しい内容を読もうとする。
「?」
だが、すべての方法が説明し終わったころ、最後の文言にまるで別人が付け足したかのようにこう書かれていた。
『偉大なる賢者、アドサエル・ガルメルの杖が生み出されたことはない。鉱樹と接続するということは可能ではあるだろうが、その状態に持ち込む方法はいまだ解明できておらず、幾人の研究者が挑むも、至ったことはない。我々は、そこに至ったことに敬意を表し、この杖のことをアドサエルの杖と命名する』
それはすなわち、この杖を生み出すことは不可能だということだ。
だがしかし。
「俺の鉱樹はどうなるんだ?」
俺の手元にはそれがある。
剣と杖、形は違うも、能力は一緒だと思う。
あとはこの刻印、鉱樹に合わせた魔紋を刻み込むことができれば。
「助かる可能性は、ある」
神がいるのなら感謝しよう。
あの時、あの瞬間、俺を鉱樹とめぐり合わせてくれて。
「なら、あとは、それに賭けるだけだ」
時間に猶予はない俺は、迷わず、その魔法陣を描きメモを取るのであった。
今日の一言
無理難題も、最初の一歩を始めなければ終わりはない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




