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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十四章 誰にも従わない

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第百十九話 三つ目を選ぶ

 白い階段を下りたのは、最初の六人だけだった。


 薫とノアは十四人の道へ残った。蓮も来ようとしたが、自分で引いた灰色の保留線を見て戻る。


「ここが消えそうなら呼ぶ」


 誰へ言ったのかは分からない。


 返事を待たず、折れたチョークで線をなぞり始めた。


 エルマーは階段の前まで来た。


「私は、こちらに残ります」


「中枢を壊したら、その身体は」


「すでに半分ありません」


「それ、答えになってない」


「残っている半分で、行き先を決めます」


 レオンが何か言いかける。


 エルマーは先に首を横へ振った。


「記録は頼みません」


「まだ何も言っていませんよ」


「もう樹脂板に手を入れています」


「これは……」


「三年前も同じでした」


 レオンは樹脂板へ手を入れたまま、取り出さなかった。


 俺たちは階段を下りる。


 統括竜の胸から続く道は短かった。


 十段目で、足元が白い部屋へ変わった。壁も天井も見えず、中央に黒い核が浮いている。


 人の頭ほどの多面体を十一本の黒線が囲み、その下を青い線と白い線が走っていた。青は通常迷宮、白は人と魔物の個人記録。三色は一つに見えるほど近い。


「三本が近いだけ」


 千紘が言う。


「まだ中では混ざってない」


 左手の受信器を黒い核へ向けている。


 振動はなかった。


 代わりに、各地の音が少しずつ減っていく。


 外で移し替えを終えた入口から、通信を切っている。


 最後まで残ったのは、三回、短く一回。


 直人の信号だった。


 救助終了。


「外の作業、終わった?」


 灯さんが聞く。


「外でできるところまでは」


「向こう側の人たちは」


 レオンが写真を出す。


 エルマーの椅子も、街区も映っていない。


 白い背景に、六万二千三百九十七という数字だけが残っていた。


 その下に、新しい文字が出る。


『通常迷宮固有核網への個人記録移行 完了』


『本人照合待ち記録は、移送を確定せず保留』


 全員が今すぐ行き先を選んだわけではない。眠っている者も、答えを出さなかった者もいる。その状態ごと、中枢の外へ出た。


「これなら、まだ選べる」


 俺が言うと、三つの表示が開いた。


――――――――――


最終処理を選択してください。


一、《世界統合》

 接続中の世界、都市、迷宮、個人記録を一つの世界へ統合します。


二、《全迷宮消去》

 特殊迷宮、通常迷宮、迷宮由来能力をすべて消去します。


三、《中枢破壊》

 世界杭系統と特殊迷宮を消去します。

 独立済み通常迷宮、個人記録、ステータス、レベル、種族、称号、固有スキル、一般スキル、種族特性は残留します。


付加処理:

《通常迷宮固有核網の分離》

《個人記録の相互照合・保留》

《全迷宮管理権限の廃止》


――――――――――


「三つ目でいい?」


 千紘が言う。


「うん」


 千紘は返事の代わりに、表示の三つ目を指した。触れるのは俺だ。


「俺も三つ目を選ぶ」


「なら、押して」


 右手を表示へ伸ばす。


 左肩は動かさない。


 指が《中枢破壊》へ触れた。


――――――――――


《中枢破壊》を最終選択として登録しました。


実行には世界接続核の物理破壊が必要です。


破壊後、特殊迷宮の施設、帰還路、保管機能は消失します。


――――――――――


 黒い多面体の周囲で十一本の線が膨らみ、細い杭へ変わる。


 一本目が胸へ飛んできた。


 神崎さんの防壁が受ける。


 板は一度で割れ、杭の先が神崎さんの左脇を擦った。


「神崎さん!」


「浅い傷だ。続けろ」


 本人は傷を見ず、残る杭へ身体を向ける。


 灯さんも駆け寄らなかった。


 医療袋から圧迫材だけを投げる。


「自分で押さえて」


「処置は後でいい」


「今押さえて」


 神崎さんは片手で受け取り、脇へ押し込んだ。そこへ二本目と三本目が続けて来る。


 ガルが一本へ飛びつくが、杭そのものには牙が立たない。表面を滑った牙で黒い線だけを噛み、頭を振って杭の軌道を壁のない横へ逸らした。


 もう一本を短棒で受ける。硬い音が右手へ返り、棒の表面が割れた。


 完全には止まらない。胸当てへ当たる前に《衝撃分散》を使い、足元へ逃がした力で白い床を砕く。


 HP三千百六十、MP三百七十。


「青と白、動いた!」


 千紘が打音器を床へ当て、《音界地図》を使う。


 黒い杭が暴れるたび、その下の二色まで核へ巻き込まれている。


「先に外す。青、右下。白は左奥」


 右下は見える。


 白は見えない側だった。


 レオンが左へ回り、樹脂板を白線の下へ差し込む。


「切る場所はここです」


「まだ持てる?」


「固定はしません。位置だけ残します」


 白い個人記録を、レオンの記録へ所有させない。


 板の縁で浮かせるだけだ。


 神崎さんが黄色い縄を青線へ通す。


「身体へは結ぶなよ」


「それは分かってる」


「一応、言っとかないと」


「今その確認をやるか」


 縄は輪にせず、青い束の下を往復する。


 灯さんが反対側を取った。


 二人で持ち上げる。


 通常迷宮の線が、黒い核からわずかに離れた。


「今!」


 《世界杭干渉》で、黒から青へ流れていた力の向きを反転させる。通常迷宮同士の横のつながりへ戻した。


 MP二百九十。


 青い線が核の周囲から外れ、白い部屋の壁のない外側へ広がった。次は白だ。


 個人記録へ触れた瞬間、声ではないものが入ってきた。腹が減った感覚。寒さ。誰かに肩を揺すられている眠気。帰りたい者と、戻りたくない者。決められないまま黙っている者。


 一つへまとめられないし、まとめなくていい。


 《係留》で、白線を現在の位置へ留める。


 MP二百六十。


 三秒だけあればいい。


「千紘」


「左。あと少し奥」


 声が震えている。


 鼻血が顎まで落ちた。


 千紘は拭わず、白線と黒線が触れる音だけを追っている。


「そこ!」


 見えない側へ短棒を差し込む。


 割れた先が何かへ当たった。


 白線が跳ね、レオンの板から離れる。


 ガルが落ちてきた端を前脚で押さえた。


 白い束も核から外れた。残ったのは、十一本の世界杭と、その中心にある世界接続核だけだ。


 白い階段の上から、大きな音が来た。


 統括竜が頭を下げている。


 胸から落ちた最後の黒杭を、鼻先で階段へ押していた。


 誰のものでもない杭が一段ずつ落ちてきて、神崎さんが受け止めた。


「最後の杭、使うか」


「ここで使う」


 五人で黒杭を運ぶ。


 神崎さんと灯さんが後ろ。レオンが中央。千紘は左前。


 俺は右前だけを持った。


 誰かの号令では揃わない。杭が飛んでくるたび持ち方が崩れ、その場にいる者が先に直す。


 ガルは十一本目へ噛みついたまま戻ってこない。


「ガル!」


 呼ぶ。


 耳だけがこちらへ向く。


 離せとは言わなかった。


 ガルが選んだ一本を任せる。


 残る十本を黒杭の先で押し分け、核へ近づく。


 右から弾かれた細い杭が千紘の左脛を打ち、身体が回る。足首を捻ったまま膝をついた。


 千紘のHPが二千九百七十へ落ちた。


 それでも杭から手は離れない。


 左側から肩を入れる。


 傷へ体重がかかり、息が詰まる。


「そっち、逆」


「そっちは右で見えない」


「私が右に行く」


 千紘が杭の下をくぐり、俺の右側へ移った。


 見えない場所から、千紘の手が重なる。


「そこにいる?」


「いる。手を伸ばして」


 短い返事だけで杭を押すが、黒い核の表面へ当たった先端は弾かれた。筋力だけでは入らない。


 《空歩》で、床ではなく黒杭の後端へ一歩を作る。そこを蹴ると全員の手が前へ動き、杭の先が多面体の一面を割った。


 中から黒い液体が噴き出し、腕へ触れた部分から世界統合の映像が流れ込んだ。


 祖父の家の向こうに崩れた都市が重なり、知らない人たちが庭にいる。千紘の指には、救急車で見た銀の輪。ガルの首へは新しい金属帯が巻かれ、俺の右目も戻っていた。


 そこにいる俺は、庭の中央から誰もかもを配置するように見渡していた。


「在真!」


 千紘の声で、今の右側へ顔を向ける。


 何も見えない。


 何も見えない。そのままでいい。


 黒い液体へ右手を入れる。世界接続核と十一本の黒線が触れる一点へ、《断界》を通した。


 一度では切れず、亀裂が半分で止まる。MP百九十。


 黒杭が押し戻され、全員の足が滑った。


「もう一回できる?」


 千紘が聞く。


「MPはある。左は使えない」


「それで『できる』って言わないで」


 千紘の息が、すぐ近くで一度詰まった。


 右手だけは離さない。神崎さんの脇から血が落ち、灯さんの靴も滑っている。


 レオンの樹脂板は白線の下に残したまま、手元にはない。ガルは十一本目を噛み、ノアたちは階段の上で入口線を保っている。


 今なら、もう一度できる。


 黒い亀裂へ指を入れ、二度目の《断界》を通す。MPは百六十。


 音は小さかった。ガラスの縁を爪で弾いたような、一度きりの音だ。


 世界接続核が二つに割れる。


 十一本の黒線が、根元から灰になった。


――――――――――


世界接続核の破壊を確認しました。


《中枢破壊》を実行します。


消去対象:

 世界杭系統

 世界退避中枢

 第零迷宮

 終端迷宮

 世界杭により成立した特殊迷宮


残留対象:

 独立済み通常迷宮

 通常迷宮固有核網

 個人ステータス

 レベル

 種族

 称号

 固有スキル

 一般スキル

 種族特性

 個人記録


――――――――――


 足元の白い部屋が消える。


 レベルアップの表示が、その途中へ重なった。


――――――――――


大月在真

レベル:64 → 68

最大HP:4,960 → 5,200

最大MP:1,600 → 1,680

現在HP:3,160

現在MP:160

未配分能力値:160

スキルポイント:60 → 64

称号《終端迷宮踏破者》を取得しました。


三枝千紘

レベル:48 → 50

最大HP:3,780 → 3,900

最大MP:1,340 → 1,380

現在HP:2,970

現在MP:1,000

未配分能力値:80

スキルポイント:46 → 48


――――――――――


 千紘のHPも減っていた。


 脛や足首を確かめる前に、白い階段が崩れる。


 統括竜の身体は入口線を放したまま透け、フロストジャイアントたちはそれぞれの入口へ腕を戻している。


 星の道がばらばらになる。


「帰路!」


 神崎さんが叫ぶ。


 《退路標示》の矢印が開いた。


 後ろではない。


 星の中にある、小さな水路の入口を指している。


《久世西用水路迷宮》


 第零迷宮ではなかった。


「出口は通常迷宮だ」


「残る方ならいい!」


 灯さんが千紘の腕を取る。


 千紘は一歩目で顔をしかめた。


「左足、どうした」


「左。捻っただけ」


「自分で歩ける?」


「今なら歩ける」


 俺が右側へ入る。


 肩を貸そうとして、左しか空いていないことに気づく。


 千紘が先に俺の腰帯を掴んだ。


「今は二人とも支えられる側」


「じゃあ、どうやって歩く」


「二人で一緒に歩く」


 ガルが黒線を離して俺たちの前へ来た。神崎さん、灯さん、レオンが続く。


 階段の上では薫とノアが十四人を入口ごとに分け、蓮が保留線の印を最後までなぞっていた。


 エルマーの姿は見えなかった。


 探す時間もない。


 水路の入口へ飛び込む。冷たい水が膝へ当たり、泥の匂いがした。


 本物の水だった。


 背後で、黒い星だけが消えていった。

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