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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十四章 誰にも従わない

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第百十八話 一人にしない

 統括竜の右目に、俺の顔が映っていた。


 正面にいるのに左半分しか見えず、映っているのは右目を失う前の顔だった。


 黒杭を握る右手へ、細い線が巻きつく。


 全迷宮管理権限。拒否しても、俺は最初の候補から外れていない。


「この候補線だけ切る」


「待って」


 千紘が言ったが、《断界》を使った。


 自分の手首へつながる線だけを切る。


 MPが五百六十へ減る。


 統括竜の右目から俺の顔が消えた。


 代わりに千紘が映る。


「だから待ってって言った」


 千紘の左手首へ、黒い線が巻きついた。


「次へ移るのか」


「私を切っても神崎さん。その次、灯さん」


 候補は一人ずつ選び直される。ここにいる全員が拒否しても、世界中の誰かへ移るだけだ。


「もう切らないで」


 千紘は自分の線を掴まなかった。


 受信器を黒杭へ押し当てると、世界中の振動が統括竜の胸へ流れ込んだ。


 右目の中で千紘の顔が乱れ、神崎さん、灯さん、レオン、見知らぬ人間、ゴブリン、コボルト、オーガへ変わっていく。


 何千もの姿が重なっては、一人分の輪郭へ押し込まれる。


 統括竜が前脚を上げた。


 星の道が沈む。


「千紘、離れろ!」


「まだ離れられない」


 黒杭から手を外さない。


 右目のない側から、竜の爪が落ちてくる。


 見えない。


 神崎さんの黄色い縄が胸当てへ当たり、身体を後ろへ引いた。


 同時にガルが千紘の腰へぶつかる。


 二人で爪の下から外れた。


 爪は黒杭を踏まない。


 寸前で軌道を変え、周囲の細い道だけを三本切った。


 統括竜自身も、胸の権限を失う攻撃だけは避けている。


「胸は守る!」


 薫の銃声が二度響く。


 弾は竜の翼の付け根へ当たり、巻きついた入口線を一本弾いた。


 ノアが落ちてきた線を焼けた右腕で受ける。


 火は線を燃やさず、表面に浮いた管理者候補の文字だけを消した。


「全部それで消せる?」


 蓮が聞く。


「私の腕が先になくなる」


「じゃあ少しずつ」


 蓮は暗闇へ落ちかけた線へチョークを擦りつけた。


 白い印が一つ残る。


「消したやつ、これ」


「同じに見えます」


 レオンが印の横へ、自分の樹脂板を差し込んだ。


「名称を書いてください」


「迷宮の?」


「そこにいる人でも、魔物でも」


「全員は知らない」


「分かる範囲でいい」


 蓮は線の先を覗き込み、見えたものを書き始める。


 入口名ではない。


 赤い帽子の人。


 片腕のゴブリン。


 寝ている二人。


 名前が分からないものを番号へ戻さず、見えたまま残していく。


 レオンも別の線へ移った。


 記録板一枚へ世界中を収めることはできない。一枚へまとめず、書ける入口から始めている。


 統括竜の翼が振り下ろされた。


 海面と氷が一緒に押し寄せる。


 息を吸うより先に灰色の水へ沈み、足が凍った。


 《衝撃分散》。


 水圧を道へ逃がす。


 氷の亀裂が星の入口へ走り、いくつかの線が大きく揺れた。


 HP三千三百八十。


 MP五百四十。


 左肩のガーゼが水を吸う。


 赤く滲む前に灯さんが剥がした。


「次」


 新しいガーゼを当てる。


「処置してる場合か」


「してないと次がない」


 灯さんの足元も水へ沈んでいる。


 自分の安全帯を俺の腰へ通し、両手だけを傷へ使っていた。


「千紘の方は?」


「自分で立ってる」


 見ると、千紘はガルの横で膝をついていた。


 黒い線はまだ左手首にある。


「聞こえる?」


 俺が声を上げる。


「音が多すぎる」


「いったん音を切るか」


「まだ切らない」


 千紘は耳当てを外した。


 鼻から血が一筋落ちる。


 《音界地図》を使う。


 黒杭ではなく、そこから伸びた一本一本の先へ音が走った。


「返事して!」


 誰に向けた声か分からない。


 受信器の向こうだけではなかった。


 星の入口へ向かって、千紘は同じ言葉を繰り返す。


「今いる場所、鳴らして! 人じゃなくてもいい!」


 最初に返ったのは、三回、短く一回の金属音だった。次は木を叩く音。水面を尾で打つ音。石同士をぶつける音。


 人間の設備がない迷宮からも返ってくる。


 どれも乱れ、同じ合図ではない。揃っていないから、一つの命令にはできない。


 統括竜の右目が激しく揺れた。


 千紘の顔を保てなくなり、今度はガルを映す。


 首の古傷へ黒い線が伸びる。


 ガルは避けなかった。


 線へ噛みつく。


 引きちぎるのではなく、口にくわえたまま黒杭へ歩く。


 自分へ向けられた候補線を、噛んだまま中央へ返している。


「ガルに命令権限を渡す気か」


 神崎さんが縄を巻き取る。


「そういうことじゃない」


 ノアはガルの前へ立たなかった。


「あいつ、返しに行ってる」


 統括竜が口を開き、喉の奥に十一個の黒い光が並んだ。収容核の形をした炎が吐き出される。


 道を焼く火ではない。触れた入口を、統括竜の胸へ強制的に引き戻していく。


 ガルの前へ出て、《世界杭干渉》を使った。十一の炎を止めず、統括竜へ戻る線だけを入口同士の横のつながりへ流す。


 右手の皮膚が裂け、血が暗闇へ丸く散った。MP四百六十。


 炎のうち九つが、別々の入口へ吸い込まれる。残る二つが右側から来た。


 空へ踏み出し、《空歩》で一つを越える。もう一つは避けられない。


 フロストジャイアントが腕を差し込み、炎を受けた。青白い腕へ黒い文字が這い、巨人の顔が統括竜の右目に映る。


 次の管理者候補。


 巨人は自分の腕を反対の手で掴み、胸から遠ざけた。命令線を受け入れず、肘から先を自分で折る。


 大きな腕が、炎ごと暗闇へ落ちた。


 後ろの三体が身体を支えた。誰も俺を見ず、どうするかも聞いてこない。


「もう一回、向きを変える!」


 言う前から、周りは動いていた。


 神崎さんが黄色い縄を黒杭へ巻き直し、薫が反対側を取る。


 ノアは焼けた帯を杭の管理印へ押しつける。


 レオンは樹脂板へ一行だけ書いた。


『各迷宮のことは、そこにいる者が決める』


「大きすぎる記録です」


 エルマーが言う。


「それは分かっています」


「このままでは固定できない」


「あなたなら固定できる?」


 レオンに聞かれ、エルマーは透けた左側を見た。


「三年前なら、できないと言った」


「今ならできます」


「書く場所を分けます」


 エルマーは樹脂板を受け取らず、最も近い入口へ右手を入れた。


 向こう側の壁へ、指先で同じ一行を書く。


 薫、ノア、蓮。


 十四人。


 入口の向こうにいる人間や魔物まで、見える場所へそれぞれの言葉で残し始める。


 黒杭へ集まった振動が統括竜の身体へ逆流し、鱗の一枚ずつに別の入口名が浮かぶ。


 一つへまとめようとする右目だけが、形を保てない。


「千紘!」


「聞こえてる!」


 二度の打音で、右目の位置が分かる。


 空中でもう一歩踏み、統括竜の顔へ近づいた。左腕は下げたまま、右手を眼球の表面へ押しつける。


 硬くない。何千もの名前と入口が、皮膚の下で入れ替わっていた。


 《係留》で、一人を選ぼうとする瞬間だけを止める。


 三秒の間に、揃わないままの振動が各入口から流れ込んだ。右目へ映る人間も魔物も消え、最後に俺の顔が一度戻る。右眼のある姿から、今の欠けた顔へ変わった。


 眼球へ亀裂が走る。


 統括竜の身体は崩れなかった。翼がゆっくり閉じ、入口線を一本ずつ放していく。


――――――――――


単一管理者の指定に失敗しました。


全迷宮管理権限を廃止します。


通常迷宮固有核:

各接続先の判断記録へ管理を返還します。


――――――――――


 胸の黒杭が床へ落ち、十一の空窪みが開いた。その奥に白い階段が現れる。


 統括竜は道を塞がなかった。


 右目を失った顔を伏せ、星の入口群の間へ身体を横たえる。


 階段の先で、三つの選択が待っていた。

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