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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十四章 誰にも従わない

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第百十七話 命令する側

 俺の足元だけ、道が太くなっていた。靴幅ほどしかなかった線が黒い床へ変わり、世界杭統括竜の前まで真っ直ぐ続いている。


 ほかの道は細いままだ。千紘の足元も、神崎さんたちの足元も。


 十四人へ続く線は、少しずつ暗闇へ沈み始めていた。


「その権限は承認しない」


 表示へ触れずに言った。


 変化はない。


 統括竜は頭を下げたまま、用意された答えだけを待っている。


「表示が聞こえてないのか」


「聞こえているでしょう」


 エルマーが後ろから言う。


「拒否を選択として認めていません」


「こういう権限、前にもあったな」


 帰還か処分しかなかった回収記録。


 統合か消去か破壊しかない最終選択。


 並んでいるのは、用意した側が選ばせたい答えばかりだった。


「触れば元へ戻せる?」


 千紘が聞いた。


「触れば、たぶん戻せる」


「たぶんで全迷宮はやめて」


「分かってる。触らない」


「その手を下ろしてから言って」


「さっき灯さんにも止められてた」


 灯さんが十四人の後ろで頷いた。


「してた」


 触れる前に止められ、少し腹が立った。その程度の感情が残っていることに、息が抜ける。


「管理権限があれば、全部切り分けられるかもしれない」


 俺が言うと、千紘は否定しなかった。


「そうかもね」


「通常迷宮も、向こうの人も」


「うん」


「命令を消したあと、権限を捨てればいい」


「捨てられなかったら?」


 黒い床の下で、無数の入口が動く。


 俺が右足を前へ出すと、それだけで近くの道がこちらへ寄った。


 命令していない。それでも適合しただけで、迷宮側が俺の動きを待っている。


「在真」


 千紘は俺の腕を掴まない。


「私は、在真に決めてもらうためにここまで来たんじゃない」


「今度こそ分かってる」


「結婚しても、たぶん同じ」


「それは――」


「本当に分かってる?」


 一度、口を閉じる。


「今度のことは分かってる」


「なら、今はいい」


 千紘は太い床へ乗らなかった。


 自分の細い線へ残り、受信器を握る。


「外の人たちも待ってない」


 掌から振動が続いている。


 一回だけの場所。


 十回以上重なる場所。


 救助終了の三回と短い一回を返さず、別の打ち方を始めた入口もある。


 各地が、自分たちの核に合う方法を試していた。


「俺が持つ必要はない」


 統括竜の頭へ向かって言う。


「ここへ返さず、それぞれの迷宮へ戻す」


――――――――――


全迷宮管理権限は分割できません。


単一管理者を指定してください。


――――――――――


「俺は承認しない」


 表示が消えた。


 統括竜の首が上がる。


 左右で形の違う角が、星の道を引っかけた。


 翼に巻きついていた入口線が一斉に張る。


 年配の女の前にあった石の入口が、暗闇へ引かれた。


 向こうで手を上げていた子供の姿も遠ざかる。


「待って!」


 女が線へしがみつく。


 五人分まで太くなった道が、細い糸へ戻っていく。


 ほかの入口も同じだった。


 統括竜は俺たちを攻撃していない。


 拒否された権限を、自分へ戻している。


「残ってる杭をくれ」


 神崎さんが残った黒杭を持ってくる。


「刺すなよ」


「誰に言ってる」


「自分に言った」


「なら声に出すな」


 神崎さんは杭を投げず、黄色い縄の端を解いて、黒い棒だけを俺の足元へ滑らせた。


 統括竜から回収した物ではない。搬送管理個体の背に刺さり、通常核を終端へ運んでいた杭だ。まだ管理権限の流れが残っている。


 右手で触れる。


 竜の翼へ集まる無数の線と、黒杭がつながった。


「何する?」


 神崎さんが聞く。


「集まる向きを変える」


「どこへ返す」


「元の入口、全部へ」


「相変わらず雑だな」


「細かく分ける時間がない」


「なら急げ」


 《世界杭干渉》を使う。


 翼へ向いていた流れを、黒杭から外へ押し返す。


 一本に集められた権限を、元の無数の入口へ押し戻す。


 右腕の内側へ、今までで一番重い感触が入った。


 水ではない。


 駅の振動、土の湿り気、潮の圧力、凍った空気。知らない迷宮の熱や匂いまで、皮膚の下へ押し込まれる。


 MPが六百八十へ落ちた。


 統括竜が咆哮する。


 音は耳から来なかった。


 足元の道が縦に割れ、身体の中を下から突き上げた。


 神崎さんの防壁が開く。


 一枚ではない。


 俺たちの足場と十四人の足場へ、別々の半透明な板が立った。


 竜の咆哮は板を砕きながら進む。


 最後の一枚が割れる前に、フロストジャイアントの掌が横から入った。


 巨人は咆哮を受け、指二本を失う。


 氷の欠片になった指が暗闇へ落ちた。


 それでも手を引かなかった。


「あの竜、胸が空いてる!」


 蓮が叫ぶ。


 十一個の窪み。


 収容核を入れるための穴だ。


 今は何も入っていない。


 空だから、世界中の線を吸い込める。


「あの窪みを塞げばいい?」


 薫が銃を拾い直す。


「弾じゃ無理です」


 レオンは記録板を胸へ戻し、黒杭の端を掴んだ。


「これを入れます」


「また運ばせるのか」


「いいえ。所有者なし、搬送先なしの記録を入れる」


 前の一本を救急車へ渡したときと同じ記録。


 命令を運ぶ杭なのに、命令する者も行き先もない。


 統括竜が二度目の咆哮を溜める。


 翼から線が外れ、一本ずつ鞭のように振られた。


 千紘が打音器を鳴らす。


 《音界地図》。


 暗闇へ広がる音を追わず、竜の胸だけへ向けていた。


「窪み、十一個じゃない」


「今度は何個だ」


「奥で一つになってる。入れるなら真ん中」


 真ん中の窪みは、右目のない側だった。


 首を動かしても見えない。


「同じ場所を二回鳴らす」


 千紘が言った。


「音の方へ投げて」


「杭は投げられない」


「なら持っていく」


 空へ踏み出し、《空歩》を使う。一歩目で黒杭の中央を蹴り上げ、左腕を使わず右肩へ担いだ。


 黒杭の重さに、足場のない二歩目で身体が右へ傾く。そこへ咆哮が来た。


 《衝撃分散》で受けたが、黒杭ごと後ろへ押され、胸当ての左側が開いた。傷へ入った風で、熱ではなく急に冷える。


 HPは三千六百、MPは六百二十。


 落ちる。下に道はない。


 黄色い縄が腰へ当たった。身体へは結ばれていない。神崎さんと薫が両端を持ち、暗闇へ渡している。


 黒杭を縄へ載せた。


「レオン!」


「記録しています!」


「長い!」


「所有者、なし。搬送先、なし。使用目的――」


 レオンが言葉を止めた。


 使用目的まで決めれば、杭へ別の命令を入れることになる。


「未定です」


 黒杭の表面から、残っていた光が消えた。ノアが縄の中央へ右腕を置き、焼けた帯から移した火で管理印だけを焼く。


 ガルが反対側から噛みつき、そのまま押した。俺は縄を足場にし、杭の端を右手で持つ。


 千紘の打音が二度鳴った。見えない窪みの位置へ、黒杭を押し込む。


 統括竜の胸が閉じた。十一個の空窪みが内側から一本の黒い棒に塞がれ、翼へ集まっていた線も止まる。


 黒杭を離さず、《係留》を使った。権限をこちらへ引くのではなく、誰のものでもない状態をその場へ残す。


 三秒。


――――――――――


全迷宮管理権限に所有者が存在しません。


権限競合を確認しました。


単一管理者を再指定します。


――――――――――


 適合者の欄に、俺の名前が出る。


 すぐ下に千紘。


 神崎さん、灯さん、レオン、薫、ノア、蓮。


 十四人の名前。


 数え切れない通常迷宮の入口名。


 表示が書き換わり続ける。


 一人へ絞ろうとするたび、別の名が押し返してくる。


 統括竜の閉じていた目が、右だけ開いた。

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