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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十三章 すべての迷宮の先

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第百十五話 記録から外れた十四人

 十四人は、誰も走ってこなかった。走れないのだと、近づくにつれて分かった。


 薫は左脚を引きずっている。ノアの右腕には新しい布が巻かれ、焼けた帯の下から血が滲んでいた。


 二人に支えられたエルマーは、身体の左半分がない。骨になっているのではなく、肩から腰まで薄く透け、その向こうの吹雪が見えていた。


「止まって」


 灯さんが十四人へ向かう。


「そこにいて。歩ける人も」


 薫が銃を上げかける。


 手が途中で止まり、銃口を氷へ下げた。


「あんた、医者か」


「救急。今はどっちでもいい。倒れる前に座って」


「座ったら凍る」


「じゃあ、そのまま」


 灯さんは薫より先に、後ろの男へ手を伸ばした。


 男は腹を押さえていた。指の間から血は出ていないが、顔色が白い。


「俺より先に、その人を」


 男が隣の年配の女を示す。


「その人、三回吐いてる」


「あんたも見る。順番を決めるのは私」


 女は何か言い返そうとして、口元を押さえた。


 灯さんがしゃがみ込む。


 十四人の列がそこで止まった。


「本当に来たんだな」


 ノアがガルを見る。


 ガルは近づかない。


 ノアの右腕ではなく、十四人の胸を順に嗅ぐように鼻を動かしている。


「青い線がない」


 千紘も同じ場所を見ていた。


 蓮が上着の中から白いチョークを出す。


 短くなった一本だ。


「青い線なら切った」


「自分で切ったのか」


「ここにいる全員、自分で切った」


 蓮は氷へ十四本の短い線を引いた。


 最後の一本だけ途中でチョークが折れたが、蓮は指先で欠片を拾い、続きを描いた。


「俺たちは生きてるよ」


「それは見れば分かる」


「記録の中にはいないから」


 言われて、返す言葉が遅れた。


 生きていることを、本人が先に説明しなければならなかった。


 エルマーが薫の肩から顔を上げる。


「あなた方が返した手順を使いました」


「もう手順を実行したのか」


「実行したのは十四件だけです」


 声は以前より細い。


 それでも話す速度だけは変わらなかった。


「自立核へ接続できた者が九人。要支援核から自立核を経由した者が五人。中枢の生存記録を外し、個人記録を通常迷宮側へ移しました」


「ほかの人たちは」


「まだ中枢にいます」


「何で十四人だけ先に来た」


 神崎さんが聞く。


「十四人で先に試したからです」


 薫がエルマーの代わりに答えた。


「成功するか分からなかった。失敗したら十四人で終わらせるつもりだった」


「子供まで入れたのか」


 神崎さんの声が低くなる。


「子供は俺だけだ」


 蓮は折れたチョークを握った。


「薫は反対した。俺が勝手に線を切った」


「そこで胸を張るな」


「張ってないよ」


 蓮は俯かなかった。


 薫がその後頭部へ手を置きかけ、触れずに下ろす。


「元の世界へ戻れる?」


 千紘が聞いた。


 十四人の誰もすぐには答えなかった。


 エルマーの透けた胸には、細い白線が一本だけ残っている。


「私たちの個人記録は通常迷宮側にあります。向こうへ戻る入口も、こちらへ出る入口も、まだ作られていません」


「じゃあ、ここを壊したあと」


「まだ分かりません」


 エルマーが言い切る前に、氷が鳴った。


 蓮の描いた十四本の線が黒くなる。


 折れたチョークの欠片まで、指の中で灰色へ変わった。


――――――――――


終端記録外生命を検出しました。


対象数:14


世界統合への再収容、または中枢破壊前の排除を実行します。


――――――――――


「どっちを選んでも勝手だな」


 薫が銃を構えた。


 氷の下から大きな手が突き出し、青白い五本の指が床を掴んだ。続いて頭が出る。


 人間の三倍はある。皮膚は凍った岩のように割れ、髭の間へ氷柱が垂れていた。


 フロストジャイアント。


 一体ではない。十四本の黒線を囲むように、四体が氷を割って立ち上がる。


 どれも胸へ黒い四角の板が埋め込まれていた。


 通常種そのものを、終端の排除装置へ変えている。


「撃つな!」


 神崎さんが薫へ言った。


「頭じゃない。胸の板だ」


「胸の板だろ。分かってる」


 薫は返事と同時に発砲し、一体目の胸板をわずかに欠けさせた。


 巨人の腕が薫へ落ちる。前へ出たノアは短剣で受けず、焼けた右腕を黒線へ押しつけた。


 火が走り、巨人の動きが一拍だけ遅れる。ガルが薫の腰へぶつかって軌道から外した。


 拳が氷を砕く。割れた床が足元ごと持ち上がり、身体が傾いた。


 千紘の手が鳴った。受信器ではなく、打音器を左の掌へ打ち、短い音を一度だけ氷へ落とした。


「四体じゃない。板は一つ!」


「千紘、どこだ」


「下。十四本の線の真ん中」


 《音界地図》の表示が視界の端へ出る。


 千紘は目を閉じない。


 鼻血もない。


 聞こえたものを全部追わず、足元だけへ顔を向けていた。


「深さ二メートル。巨人が踏むたび動く」


 俺は黒い線へ右手をついた。


 冷たさの下に、硬い引っかかりが四つある。


 別々の命令ではない。一枚の排除記録を、四体へ分けている。


「あの板だけ止める」


 《世界杭干渉》を使う。


 壊すのではなく、四本を一つへ戻す。


 右腕の内側を、凍った水が逆流した。


 巨人たちが同時にこちらを向く。


「全部来るぞ!」


 神崎さんが残った黒杭を氷へ横たえた。


 黄色い縄を外し、杭の中央だけに一巻きする。


「蓮、そこの線を延ばせ!」


「十四本とも黒くなってる」


「色はどうでもいい!」


 蓮が折れたチョークで十四本をつなぎ始める。


 誰かの能力ではない。黒く染まった線を、白い粉で横切っていく。


 十四人のうち、腹を押さえていた男が立ち上がった。


 灯さんが腕を掴む。


「その人を座らせて」


「あれ、俺の核だ」


 男は二体目の足元を指した。


「接続したとき、同じ音がした」


「まだ自分で立てる?」


「走るのは無理」


「じゃあ、私に掴まって」


 灯さんは止めるのをやめ、自分の肩を貸した。


 年配の女も口を押さえたまま立つ。


 別の若い男がその肘を持ち、三人で氷の割れ目へ近づいた。


 負傷者も、十四人を囲む側も、俺の指示を待ってはいなかった。


 薫は弾を撃ち切る前に銃を捨て、黒杭の縄を取った。ノアは一体へ火を残したまま、別の巨人の踵を蹴る。


 レオンが十四人の名前を聞き始めていた。


「今やるのか?」


 神崎さんが怒鳴る。


「今でなければ、また番号になります!」


 一人が名を答える。


 次の一人は咳き込み、隣の女が代わりに呼んだ。


 名前が増えるたび、氷の下の板が近くなる。


 記録から外れた人間ではない。


 名前を持った十四人が、ここにいる。


 巨人の拳が右から来た。見えない。風圧で角の横が冷える。


 衝撃を床へ逃がしても全部は消えず、胸当てが軋み、身体は横へ飛んだ。


 氷へ肩から落ち、左の固定テープが裂ける。HPが三千八百へ減った。


「在真、起きて!」


 千紘の声は近い。


 すぐには立てず、右手だけを黒線へ戻す。四つの引っかかりが、一つに重なった。


 MPは八百二十。そこから《係留》を使い、動き続ける排除板を蓮がつないだ十四本の中央へ三秒だけ留める。


「今!」


 神崎さんと薫が黄色い縄を引いた。


 黒杭が氷を滑る。


 先端は床へ刺さらず、横倒しのまま白い線の中央を叩いた。


 氷が抜ける。


 レオンが穴へ腕を入れ、黒い板を掴んだ。


「さすがに重いですね」


「離せ!」


「まだ二人の名前を聞いてない」


「あとで聞ける!」


「その保証がない」


 腹を押さえた男と年配の女がレオンの腰を掴み、十四人の側から引いた。


 板が氷上へ出ると、四体の巨人が一斉に膝をつく。


 立ち上がれないまま黒い板へ触れる。通常種の生命線と排除命令が重なっていた。胸板のときと同じだ。


 命令だけを《断界》で切ると、黒い表面へ細い亀裂が走った。


 四体の巨人から四角い板が外れ、氷へ落ちる。それでも青白い身体は消えなかった。


 一体が倒れた仲間の肩へ手をかけた。


 別の一体は、自分の胸に空いた穴を押さえている。こちらへ拳を振り下ろす個体はいなかった。


――――――――――


終端排除記録の停止を確認しました。


終端記録外生命:14

通常迷宮固有核網への接続:14


個人記録の保持を確認しました。


――――――――――


 続いて、レベルが上がる。


 最大HPとMPだけが増え、左肩の血は止まらない。


――――――――――


終端排除記録の停止に参加しました。


大月在真

レベル:60 → 64

最大HP:4,660 → 4,900

最大MP:1,500 → 1,580

現在HP:3,800

現在MP:760

未配分能力値:160

スキルポイント:56 → 60


三枝千紘

レベル:45 → 48

最大HP:3,540 → 3,720

最大MP:1,260 → 1,320

現在HP:3,120

現在MP:1,060

未配分能力値:120

スキルポイント:43 → 46


――――――――――


 十四人の表示は消えなかった。


 生存記録へ戻ったわけでもない。


 それぞれの名前の横に、別々の通常迷宮名が残っている。


「全員に使えるのか」


 エルマーへ聞く。


 半身のない男は、薫から離れて自分の足で立とうとしていた。


「全員分の核が足りません」


「あといくつ足りない」


「六万二千三百九十七人へ、一人一基は用意できない」


「一人ずつじゃなくていい」


 腹を押さえていた男が言った。


「俺のところ、三人まで音が重なった。怖くなって、俺だけ来た」


 年配の女が口元から手を外す。


「私のは五人。残った四人、まだ向こうにいる」


 十四人は、十四個の核を使ったわけではなかった。同じ通常迷宮へ、複数の個人記録を残せる。


 千紘の左手が震える。


 世界中の中継器からだった。


 二回、三回、五回。同じ核へ入った数が、場所ごとに返ってくる。


 終端側が用意した三つの手順ではない。外にいる人たちが、四つ目を作り始めていた。


 氷原の先で、黒い壁が左右へ開く。


 その向こうには床がなかった。


 数え切れない迷宮の入口が、夜空の星のように浮いていた。

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