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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十三章 すべての迷宮の先

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第百十二話 五分だけ止まる

「動くな」


 灯さんの声が飛んできた。


 誰に言ったのか分からない。俺も、千紘も、オーガも動こうとしていた。


「三人とも、そこで止まって」


 灯さんはオーガの胸を圧迫したまま、顎で床を示す。


「座れる人は座って。寝てる人はそのまま」


「奥が開いてます」


 レオンが崩れた鎧の向こうを見ている。


「見れば分かる。閉じるなら時間が出るでしょ」


 黒い道の奥には、縦長の白い亀裂があった。


 次の通路か、別の法則が漏れているだけかは分からず、表示も出ていない。


「休むのは五分」


 灯さんが言った。


「何の数字です」


「私が決めた。五分処置して、閉じそうならそのとき走る」


 神崎さんが腕時計を押した。


「俺が時間を計る」


「四分で終わったら四分で行くから」


「なら最長五分」


「それでいい」


 灯さんはようやくオーガの胸から片手を離した。


 近くにいたスケルトンが、その場所へ骨の掌を重ねる。


「そこ。強く押しすぎないで」


 言葉が通じているのかは分からない。


 スケルトンは一度力を入れすぎ、灯さんに手首を押し戻される。二度目は位置も強さも合った。


「そのまま押さえて」


 今度は動かなかった。


 灯さんが俺の前へ来る。


「脱いで」


「また?」


「また開けたから」


 左肩の板を外すと、包帯の中央が赤くなっていた。


 出血は多くないが、布が張りつき、外す方が痛かった。


「さっきHP減ってない」


「だから?」


「深くは――」


「数字が減るまで待つ?」


「待つわけないでしょ」


「じゃあ黙って任せて」


 千紘が鼻へ布を当てたまま、少し笑う。


「次、千紘」


 すぐに笑わなくなった。


 灯さんは傷を洗い、開いた端へ細い固定テープを重ねた。《生命縫合》は使わない。


「能力は使える?」


「オーガに使ってる。二人同時は無理」


「その状態、どれくらい持つ」


「あの人は運ばなければ十五分くらい。運ぶなら五分も怪しい」


 迷宮の奥へ連れていく選択肢は消えた。かといって、ここへ置いたままにもできない。


 通常迷宮側の床には、水色の線が増えていた。


 相互接続へ戻った核から、それぞれの入口へ細い道が開いている。人間一人が通れるものもあれば、ゴブリンが屈んでやっと入れるほどの穴もある。


 オーガが来た迷宮の道は、本人の肩幅より狭かった。


「入口を広げるか」


 右手を伸ばすと、灯さんが叩いた。


「今は使わない」


「でも、聞かないと」


「この人の仲間が決める」


 ゴブリン二体が、オーガの袋を拾っていた。


 一体は干した肉を本人の鼻先へ近づけ、もう一体は水色の道へ腕を入れている。奥から粗い木の板を一枚、続けてもう一枚引き出した。


 コボルトが神崎さんから渡された黄色いロープを二枚へ通し、編み始めた。


 担架を作っている。


「その担架じゃ通らないぞ」


 神崎さんが穴とオーガを見比べる。


 ゴブリンは答えず、板を本人の横へ置いた。


 スケルトン二体が穴の縁へ両手をかける。


 引いた。


 骨の腕が軋み、水色の道が横へ広がる。


 能力でも、俺の力でもない。迷宮側から、自分たちの入口を開いている。


「俺も手伝う」


 神崎さんがバールを差し込んだ。


 縁を壊すのではなく、開いた幅へ当てて戻らないようにする。ゴブリンは一度その手元を見てから、反対側へ板を入れた。


 レオンも樹脂板をしまい、担架の足元を持つ。


「レオン、記録は」


「今は手が足りません」


「初めて聞いた」


「失礼ですね」


 オーガは四体がかりで板へ移された。


 灯さんは《生命縫合》を切らず、担架の横へついていく。


「道の向こうまで行く?」


「入口が見えるところまで。引き渡したら戻る」


「残り四分半」


 神崎さんが時計を見る。


「そこで止めないで」


「誰も止めてない」


 担架が水色の道へ入る。


 穴はオーガの身体に合わせ、もう少しだけ広がった。


 奥から太い腕が二本伸びてくる。


 別のオーガだった。


 こちらへ入ろうとはせず、担架の先を受け取る。ゴブリンたちは穴を越え、コボルトは黄色いロープの端を灯さんへ返した。


 灯さんが結び目を見た。


 ほどかず、そのまま神崎さんへ投げる。


「返ってきた」


「貸しただけだ」


「そういうことにしとく」


 オーガの担架が向こうへ消える。


 水色の道は閉じず、細いまま残った。


 灯さんが《生命縫合》を止める。


 白い糸は穴の向こうまで伸びず、オーガの傷だけへ残って消えた。


「三分四十秒」


 神崎さんが言うより先に、千紘は自分で耳当てを外した。


 鼻血は止まっている。


 瞳孔、指の動き、受け答え。灯さんが順に確かめる間、俺はステータスを開いた。


 未配分は二百。


 前より線が増えた。


 力で押し切る場面もなくならない。


 けれど、最後に必要なのは、触れた線を間違えず動かすことだった。


 筋力、耐久、敏捷を四十。


 器用を四十。


 感覚と精神を二十。


――――――――――


能力値を配分しました。


筋力:1,500 → 1,620

耐久:1,800 → 1,920

敏捷:1,450 → 1,550

器用:720 → 800

感覚:450 → 480

精神:975 → 1,025


最大HP:4,600 → 4,660

最大MP:1,480 → 1,500


現在HP・MPは回復しません。

未配分能力値:0


――――――――――


 HPは三千九百八十、MPは九百二十のまま。


「配分、終わった?」


 千紘が聞く。


「今、全部振った」


「何へ振ったの」


「器用に四十振った」


「器用を上げるの、珍しい」


「線を間違えないため」


「右、見えてないのに?」


「見えないからだよ」


 千紘は自分の表示を開いた。


 頭痛の直後だから、感覚へ寄せないと思っていた。


 筋力を二十。耐久を四十。敏捷と器用を三十。感覚と精神を四十。


――――――――――


能力値を配分しました。


筋力:180 → 200

耐久:450 → 490

敏捷:585 → 630

器用:720 → 780

感覚:975 → 1,075

精神:800 → 880


最大HP:3,480 → 3,540

最大MP:1,220 → 1,260


現在HP・MPは回復しません。

未配分能力値:0


――――――――――


 現在HPは三千百二十、MPは千八十。


「感覚、上げたのか」


「聞かないようにするのも、感覚いるから」


「精神にも四十」


「聞こえたままでも動ける方へ」


 灯さんが千紘の耳当てを戻した。


「今は動かない方」


「もう五分経った」


 神崎さんの時計が鳴る。


 白い亀裂は閉じていなかった。


 代わりに、右手首の受信器が震えた。


 直人からの中継信号。


 一つの強い振動ではない。


 短い二回が、少しずつずれて何百も重なっている。


「世界中の自立核から来てる」


 千紘が左手を握った。


「要支援も混じってる。さっきの形を返してる」


 俺たちが作った三つの手順が、外の中継器へ届いた。


 まだ実行されてはいない。


 各入口が、同じ形を受け取っただけだ。


 レオンの胸元で、透明袋が光った。


 エルマーの写真がまた変わっている。


 椅子は空だった。


 青い線を持っていたエルマーの半身が消え、代わりに薫とノアが両側から誰かを運んでいる。


 顔は見えない。


 引きずっているのか、救助しているのかまでは分からない。


 写真の隅では、生存記録の数字が減っていた。


 六万二千四百十一から、六万二千三百九十七へ。十四人減っている。


「死んだ数ですか」


 神崎さんが聞く。


「記録から外れた数です」


 レオンは写真を袋から出さない。


「死亡とは限りません。生命維持線を自分で外した可能性もあります」


「確認できない?」


「今は確認できません」


 白い亀裂の奥で、鐘が鳴った。


 写真の数字が、もう一つ減った。


 灯さんは医療袋を背負った。


「今度は途中で止めない」


「四分二十秒です」


「神崎さん、細かい」


「五分は経ってない」


「もう十分休んだ」


 千紘は立ち上がった。


 一度だけふらつき、ガルの背へ手を置く。


 ガルは支えようとせず、歩き出すまでその場にいた。


 白い亀裂へ近づく。


 向こうから、冷たい風と海水の匂い、古い駅の油、濡れた土が混ざって流れてきた。


 神崎さんが二本の黒杭を肩へ担ぐ。


 灯さんは黄色いロープの結び目をほどかず、袋の外へ留めた。


 レオンは十二人の名前がない記録板を胸へ戻す。


 六人で、亀裂を越えた。


 足を置いた場所は、どの迷宮の床でもなかった。


 駅の線路、樹海の枝、道路、氷、海面。五つが薄い板のように重なり、互いに違う方向へ動いていた。

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