第百十一話 六人に戻るまで
《集団防壁》の三枚目が割れ、黒杭の先が俺の胸当てへ当たった。直人が足した左肩の板ではない。中央だ。
衝撃で息が止まる。《衝撃分散》を使った。
押し込まれた力を足元へ逃がす。黒い床へ亀裂が走り、背後の門まで水色の輪が震えた。
HPが四千百三十から三千九百八十へ、MPは千百二十から千百へ減る。
「押し返すな!」
神崎さんが叫んだ。
杭を正面へ返せば、壁の向こうにいる灯さんたちへ戻る。
俺は右へ身体をずらした。
神崎さんも防壁を傾ける。
杭の先が透明な壁を擦り、床へ落ちた。
デュラハンが斧を持ち上げた。頭がないのに、こちらを見失わない。胸の空窪みへ、水色の輪から細い線が伸びている。
「あの胸の窪みが目です」
レオンが言った。
「窪みへ入った記録で、位置を見ている」
「石狩を消せば止まるか」
「門も閉じます。それに、《記録固定》がもう切れます」
《記録固定》の白線は、端から薄くなっていた。
レオンが樹脂板を重ねる。
「同じ形で残せるか」
「分かりません。だから今度は、十二人で帰った部分だけを残します」
《記録固定》を使うと、白線が戻った。
迷宮の構造も、七環クラーケンの姿も薄い。水色の輪へ残ったのは、十二本の線だった。
デュラハンの胸がこちらへ向き、斧が来た。
神崎さんは防壁を正面に出さない。
俺の腰のロープを引き、二人で柱の裏へ回った。
斧が水色の輪へ落ちた。それでも十二本の線は消えなかった。
「固定した記録は壊せない」
「人の数だけなら記録できます」
レオンは樹脂板を胸へ抱えた。
右手首が細かく震える。
二回。三回。そのあとに間を置いて、何も来ない。
千紘が通常核の状態を送っている。自立、要支援、それから返らないもの。
透明な壁の向こうで、千紘が打音器を別の線へ当てた。灯さんは片手でオーガの傷を押さえているが、それでは足りない。
千紘が横へ入り、布の端を持とうとする。灯さんは首を振り、強く何か言った。
千紘は一度だけ迷い、布から手を離して返らない線の方へ走る。灯さんは一人でオーガの胸へ体重をかけ直した。
デュラハンの背中から、二本目の杭が抜ける。
黒いままではなかった。
根元だけが灰色に欠け、途中から青い線を巻いている。
要支援核。
「次は要支援核です。自立核を一つ経由させます」
レオンも杭の色に気づいていた。
「昨日の推測だろ」
「今も推測です」
デュラハンが通常側へ杭を投げた。ガルが走り、飛んでくる杭の横へ並んで床を蹴る。
噛みついても止められない。それでも先端をわずかに下げた。
杭はオーガではなく、その前の床へ刺さる。衝撃で飛ばされたガルをゴブリン二体が受け止めようとして、一緒に転がった。
ガルはすぐ立った。一体のゴブリンは腰を押さえたまま、ガルの背中を平手で叩く。怒っているのか、無事を確かめたのか分からない。ガルは振り返らなかった。
「止まってる今のうちに」
俺は水色の輪へ触れた。
触れた手の中で、要支援核の線は途中から切れかけ、終端側の黒に縋っていた。直接外せば、そのまま止まる。自立核の水色へ重ねてから、《世界杭干渉》を使った。
MPが千百から千二十へ減った。
灰色だった杭の根元に、水色の枝が入る。
一本では足りない。
デュラハンが鎖を引いた。
要支援核が終端側へ戻される。
右腕まで一緒に引かれた。
神崎さんのロープが腰へ食い込む。
「大月、離せ!」
「まだ離せません」
「肩が開くぞ!」
左肩の包帯へ熱いものが広がる。
それでも、右手は離さない。
神崎さんは俺を引くのをやめ、代わりに前へ出た。ロープを俺の腰から柱へ回し、自分の安全帯も同じ輪へつなぐ。
「なら二人で持つ」
神崎さんは黒線へ触れず、俺の身体だけを現在の床へ残す。
透明壁の向こうで、千紘が太い二回の線を両手でつかんだ。
ガルとゴブリンが杭を押し、コボルトが別の水色線を運んでくる。
終端側からでは見えなかった枝が増えた。要支援核の線をその中へ入れると、杭が水色へ変わった。
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要支援核系統の相互接続を確認しました。
外部供給:
世界杭系統 → 通常迷宮固有核網
相互接続記録:2
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右腕の引きが消えた。左肩から出た血が、胸当ての内側へ流れる。HPは減っていないが、まだ傷が広がりきっていないだけかもしれない。
「次に同じことしたら、腕ごと外すぞ」
神崎さんが言う。
「どっちの右だ」
「お前の右」
「左じゃないのか?」
「使う方を外さないと止まらん」
神崎さんは笑わず、俺の右腕へ視線を落とした。
デュラハンが斧を横へ振る。狙いは俺ではなく、透明な壁だった。
刃が当たると、向こう側の景色が上下へ割れ、千紘たちの足場が離れていく。ガルが跳んだが届かない。
灯さんとオーガ、魔物の半分が下。千紘と返らない核の線が上。同じ通常迷宮側で二層へ分けられた。
「三つ目を判別させない気です」
レオンが言う。
返らない核。音がないのか、死んでいるのか、まだ生まれていないのかも分からない。
千紘は上層の端へ膝をつき、耳当てを外した。
両耳で聞く。
「やめろ」
声は届かない。
《音界地図》が広がった。
二度目。
上層だけではない。
割れた壁、下層、俺たちの中枢路、その外にある世界中の中継器まで、一瞬だけ同じ震えに入る。
千紘が耳を押さえた。
鼻から血が落ちる。
それでも、返らない線へ手を伸ばした。
何も聞こえない場所ではなかった。ただ遅い。ほかの核が三回打つ間に、一度だけ返っている。
壊れているのではない。時間が違う。
千紘が指を一本立て、ゆっくり倒した。
右手首へ、長い一回が来る。
「未判別は切らない」
《係留》を使う。
返らない線を自立核へつながない。
終端柱へも渡さない。
今ある層へ、そのまま留める。
MPが千二十から九百九十へ減る。
デュラハンの背中から、三本目の杭が抜けた。
時間の遅い核へ伸びる。
届く前に、神崎さんがロープの鉤を投げた。
杭の中央へ巻きつく。
「引くぞ!」
レオンが樹脂板を片手へまとめ、ロープをつかむ。
三人で引いた。
杭の先が、係留した線の横を通り過ぎる。
通常側の床へ刺さらず、中枢路へ落ちた。
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未判別核系統を終端処理から保留しました。
相互接続記録:3
通常迷宮固有核網の分離手順を記録しました。
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透明な壁が消えた。
上下へ分かれていた通常側の床も、同じ高さへ戻る。
千紘が倒れ込む。受け止めたのは灯さんではなく、ガルと一緒に転がったゴブリンだった。背中へ入り、両腕で千紘を支える。
灯さんはオーガの圧迫を続けている。
神崎さんが千紘へ向かおうとする。
「先にあれ!」
千紘がゴブリンの腕の中から叫んだ。
声が届く。
壁はもうない。
デュラハンの胸へ、三本の杭が戻っていく。
水色、水色と青、色のない透明。三本が空窪みへ入った。
デュラハンの斧が上がる。
今度は全員が見えている。
ガルが左から走った。
千紘を支えていたゴブリンは、本人を床へ座らせると、落ちた短槍を拾う。
神崎さんが正面へ防壁を出す。灯さんは動かない。オーガの傷口から手を離せない。
レオンがデュラハンの胸を指した。
「記録が三つに分かれています!」
斧が防壁へ当たる。
神崎さんの膝が落ちた。
神崎さんの横へ落ちた黒杭へ足をかけ、《空歩》で上へ出た。
MPが九百九十から九百五十へ減る。
デュラハンの胸へ降りる。
円盾が上がり、右から来た。見えない。
千紘の打音器が一度鳴る。身体を左へ捻ると、盾の縁が胸当てを擦った。
短槍がデュラハンの膝裏へ刺さる。ゴブリンが両手で柄を押し込み、姿勢を崩した鎧へガルが噛みついて円盾を下へ引いた。
三つに分かれた胸の記録へ右手を当てる。核ではない。通常迷宮をもう一度、終端の所有物へ戻す命令だけがある。
《断界》を使い、MPが九百五十から九百二十へ減った。
切れたのは、三本を束ねる黒い輪だった。水色の杭は通常迷宮側へ落ち、透明な杭だけがその場に残る。
デュラハンの鎧が、中身を失って崩れた。
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世界杭搬送管理個体を停止しました。
通常迷宮固有核路を維持しました。
世界杭中枢路を維持しました。
攻略評価を行います。
大月在真
レベル:55 → 60
最大HP:4,300 → 4,600
最大MP:1,380 → 1,480
未配分能力値:200
スキルポイント:51 → 56
三枝千紘
レベル:40 → 45
最大HP:3,180 → 3,480
最大MP:1,120 → 1,220
未配分能力値:200
スキルポイント:38 → 43
現在HP・MPは回復しません。
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現在HPは三千九百八十。
MPは九百二十。
千紘は座ったまま、鼻へ布を当てている。HPは三千百二十、MPは千八十。最大値だけが増えていた。
「千紘、大丈夫か」
「頭が痛い」
「ほかに怪我は?」
「今は声がうるさい」
「誰の声がうるさい?」
「在真の声が一番」
耳当てを戻しながら言う。
冗談にしては顔色が悪い。
灯さんがこちらを見た。
「歩かせないで。五分は座らせて」
「そっちの怪我は」
「この人も動かせない」
オーガを人と呼んだ。
灯さん自身は気づいていない。
神崎さんは崩れた鎧から使える黒杭を二本抜き、ロープと一緒にまとめ始めた。
レオンは十二本の記録線を樹脂板へ戻している。
ガルは通常迷宮側へ落ちた杭を見送ったあと、俺たちの間へ戻ってきた。
六人に戻った。ただ、すぐ先へ進めるのは三人もいなかった。




