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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十二章 最終攻略隊

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第百八話 同じ道を行かない

 二つの入口は同じ幅で、片方だけが狭いわけでも暗いわけでもない。なのに、通常迷宮固有核路の前にだけ魔物が集まっていた。


 ゴブリン、コボルト、スケルトン。身体の半分を水へ沈めたサハギンもいる。


 人間を見て武器を構える個体もいる。隣の種族へ牙を見せる個体もいる。けれど、今は互いに争うより先に、入口の奥から響く音を気にしていた。


 奥から三回、短く一回と響く。人間側では救助終了の合図だが、ここで同じ意味かは分からない。


「ガルはそっちだ」


 千紘が言う。


 二つの道の間にいたガルは、通常迷宮側へ鼻先を入れていた。


 黒い中枢路も一度嗅いだが、戻らなかった。


「じゃあガルと俺が通常側を――」


「在真は中枢」


 俺が言い終わる前に、千紘が切った。


「《世界杭干渉》がいる」


「通常側にもいるだろ」


「最後に線を分けるときは。今は、固有核路を止めずに進める人がいればいい」


「それが千紘?」


「聞こえるの、私だから」


 千紘は左手の受信器を握り、世界中の中継器から来る振動と、目の前の魔物が出す打音を一緒に拾っていた。


「私が中枢へ行って、在真がこっちへ来ても、結局また戻ることになる」


 分かっていた。それでも、一緒に入った直後に別れるとは思っていなかった。何か言おうとして口を閉じる。千紘はもう、自分が行く道を見ていた。


「灯さん」


 千紘が振り返る。


「何」


「一緒に来て、とは言わない」


「うん」


「でも、来てほしい」


「どっち」


「通常側」


 灯さんは医療袋の肩紐を直した。


「理由は?」


「あっち、人間以外も多い。私、スライムの怪我とか分からない」


「私も分からないよ」


「私よりは触れる」


「たぶんね」


 灯さんは中枢路と、魔物の集まる道を見比べた。


「じゃあ行く。治せないものは治せないって言うから」


 そのままガルの後ろへ移る。


 神崎さんは迷わず中枢側に立った。


「俺の標示がこっちを帰路にしてる。原因を見る」


「通常側の退路は」


「外で村瀬が作ってる。中はガルに任せる」


 ガルの耳が神崎さんへ向いた。


「お前に命令してない」


 今度は尾が動く。


 レオンの胸元では、エルマーの写真から伸びた青い光が中枢路へ入っていた。


「私は選ばなくてもこちらです」


「写真を置いていく選択は」


「置いてはいきません」


「即答ですね」


「昨日、置こうとしてガルに止められました。今日は袋も二重です」


 答えになっていない。


 レオンは、写真を手放す気がなかった。


「これで三人ずつ」


 灯さんが言う。


「数は同じ。強さは知らない」


「何かあったら」


 言いかけた俺へ、千紘が受信器を見せた。


「これで二回。返せそうなら返す」


「返事が返せなかったら」


「そのときは返せない」


 それ以上の意味は足さない。連絡がないことを、危険とも無事とも決めない。


 千紘は俺の袖を一度つかみ、左肩ではないと確かめてから離した。


「先で」


「先で」


 ガルが通常側へ入っても、魔物の群れは散らなかった。


 最初のゴブリンが刃を上げる。ガルは牙を見せず、その横を通り過ぎた。


 千紘も武器へ手を出さない。


 灯さんは一番外側を歩き、足元で潰れかけた小さなスライムを靴先から避けた。


 三人の姿が青い石壁へ薄くなると、入口が閉じ始めた。神崎さんが黄色い救助ロープを投げ、灯さんが振り返って端を拾う。


「両方で持つ」


「閉じたら切れ」


「そっちが先に離して」


「分かった」


 二人とも離さないまま、入口がロープを挟んで細くなり、黄色い繊維がきしんだ。


 どちらかが手を放さないと、壁の中で切れる。


 神崎さんは最後まで灯さんを見ていたが、閉じる寸前に端を放った。


 ロープは通常側へ引き込まれた。


「持っていかれましたね」


 レオンが言う。


「渡したんだ」


「同じでは」


「違う」


 神崎さんは新しいロープを出した。一本失うことを、帰路を失うのと同じにはしない。


 中枢路へ入る前に分岐の床へ手を置き、《座標記録》を使う。帰れる道は固定できなくても、千紘たちと別れた場所だけは残す。MPが六十減った。


――――――――――


座標を記録しました。


記録対象:終端迷宮 第一分岐


空間層の変化により、経路は保証されません。


――――――――――


「行くぞ」


 神崎さんが中枢路へ入り、今度は俺が二番目、レオンが最後に続いた。


 三歩進むと、入口は消えた。


 黒い道の両側に、扉が並んでいる。


 最初の扉には家の裏のコンクリートが貼りつき、二つ目は久世駅の古い車両扉、三つ目には生きた樹皮が張っていた。


 奥へ行くほど、石狩の防水扉、氷で覆われた隔壁、灰海の白い名札を重ねた扉へ変わっていく。


 十一枚。


 どれも少しだけ開いていた。


「触らないでください」


 レオンが言う。


「何が見える」


「迷宮の記録です」


「何が記録されてる」


「私たちが別の選択をした場合」


 最初の扉の隙間には、右目を失っていない俺が立っていた。祖父の家の台所で、窓の外にダンジョンはない。スマートフォンへ父から着信が続いているが、そいつは出ない。


 隣の扉では久世駅が沈んでおらず、ホームにいた千紘は俺を見ても足を止めず、電車へ乗っていった。


「記録じゃない」


 俺は扉から目を外した。


「起きなかったことだ」


「中枢には、選ばれなかった処理も残ります」


「じゃあ偽物だ」


「はい」


 レオンが認めるまで、一拍あった。


「でも、偽物だから見なくていいとは思いません」


 レオンは二つ目の扉へ近づいた。手は触れず、中を一度見ただけで先へ進む。


「何があった」


「私が資料を公開しなかった世界です」


「どうなってた」


「分かりません。扉を開けていないので」


「見たかったんじゃないのか」


「見たいです」


 声は平らだったが、歩く速さだけが少し上がった。


 十一枚の扉を半分過ぎたところで、右手首の受信器が震えた。


 二回。千紘からだ。器具の縁を親指で二度叩いて返すが、振動がどこへ届いたかは分からない。


 神崎さんがこちらを見た。


「三人とも無事か」


「向こうは、今のところ」


「お前自身は」


「大丈夫です」


「今のところ、をつけろ」


「今のところ」


 足元が沈んだ。


 黒い床が灰色の水へ変わり、膝、腰、胸まで一息で上がった。


 神崎さんが壁の扉へロープをかけようとする。


「触るな!」


 レオンがその腕を押さえた。


 ロープの鉤が扉をかすめると、隙間から神崎さんと同じ手袋をした白い手が伸び、鉤を扉の奥へ引いた。


 神崎さんはロープを切った。


 灰色の水が顎へ届く。上はない。扉へ触れずこの場を離れるため、《空歩》を使った。


 水面の上へ足場を作り、神崎さんの安全帯をつかんだ。


 MPがさらに四十減る。


 左肩は上げない。


 腰の高さで引き、レオンへ反対の手を伸ばす。


「自分で上がれます」


 レオンは浮いていた。


 灰海で残った影響ではない。樹脂板のエルマーの写真から青い線が伸び、水面より上へ身体を支えている。


「それ、信用していいのか」


「今の四秒だけなら」


 俺も同じ答えを返される。


 神崎さんが水面の足場へ片膝を乗せた。


「次は何秒だ」


「四秒です」


 足場の残りを答える。


 神崎さんは濡れたロープを新しい鉤へ結び直して前方へ投げ、通路の奥に立つ黒い柱へ巻きつけた。


「行け!」


 三人で足場を蹴ると、黒い柱へ身体が引かれた。


 水面へ落ちる直前、神崎さんが先に柱をつかんだ。俺の安全帯を引き、レオンは青い線をたぐって横へ移る。


 足場が消え、その一秒後に灰色の水も床へ戻った。濡れた服だけが残る。


「扉、十一個じゃない」


 レオンが息を整えながら言う。


「増えてます」


 振り返る。


 通ってきた道の両側に、扉が何十枚も並んでいた。


 開いている隙間には、迷宮へ入らなかった俺たちがいる。帰った者。残った者。死んだ者。誰にも会わなかった者。


 黒い柱の先に閉じた門があり、表面へ十一個の窪みが並んでいる。全部、空だった。


――――――――――


世界杭中枢路 第一関門


収容核の返還を確認できません。


通過には、世界杭記録を一つ復元してください。


――――――――――


「返せってことか」


 神崎さんが切ったロープを巻き直す。


「核を戻せば、また迷宮が開く」


「戻す核は持っていません」


 レオンがエルマーの写真を見る。


「要求しているのは物ではなく、記録です」


 俺の手首が、二回震えた。続けて、長く一回。


 千紘からだった。決めていた合図には、長い一回なんてない。

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