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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十章 中枢迷宮

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第百一話 死んだことになった男

 エルマーは胸の穴へ手を当てた。


 指の間から漏れた青い光が、血の代わりに腕を伝う。


「名前を読むなと言うのが遅かった」


 掠れた声が、鐘の余韻に混じった。


 レオンが記録写真を下ろす。


「私が名前を呼んだからですか」


「記録と、今の身体がつながった。中枢は私が生きていると知った」


――――――――――


中央運用官の生体照合を完了しました。


死亡記録を訂正します。


保留されていた世界退避処理を再開します。


――――――――――


 薫がもう一発撃とうとする。


 蓮がその腕へしがみついた。


「だめ」


「離して」


「また光が出る」


 薫の銃口は下がらない。


 俺たちへ向けた時より、指に力が入っていた。


「三年前に死んだはずでしょ」


「死んだことにした」


「私たちは死体まで確認した」


「あれも私だ」


 エルマーは自分の肋骨へ触れた。


「半分を処刑台へ置いて、半分を中枢へ残した」


「それで継続局に入ったの?」


「入っていない」


「その外套で言うな」


 エルマーの灰色外套は、肩を撃たれてずれていた。内側には継続局の割れた輪ではなく、横線が一本だけ縫いつけられている。


 同じ色を使って紛れていたのかもしれない。


 本人の言葉だけでは決められない。


 三度目の鐘が鳴った。


 学校の廊下が急に落ちる。


 床ではなく、廊下ごと吹き抜けの底へ滑った。


 薫が蓮を抱き上げ、ノアが個体十二の首布をつかむ。ガルは俺たちと反対へ走り、止まっていたスケルトンの一体を背から押した。


 骨の身体が廊下と壁の隙間へ挟まる。


 落下が一度止まった。


「向こうへ!」


 薫が示した先には、縦になった駅のホームがある。


 壁と壁の間を二メートルほど空け、黄色い線だけがこちらへ伸びていた。


 千紘が最初の一歩を置く。靴底で線を叩き、返った音を聞いてから走った。


 俺はレオンの腰帯をつかむ。


「自分で行けます」


「床から浮いてる」


「今日は二センチです」


「二センチでも落ちる」


 抱えず、引く。


 黄色い線が足の下でたわみ、右側の吹き抜けから風が上がってきた。レオンの体重は軽いはずなのに、足が着かない分だけ引く方向がずれる。


 俺自身の右足も一度外へ出た。


 ガルが先にホームへ渡り、振り返って低く吠える。


 左へ身体を寄せた。


 最後にエルマーが渡る。


 挟まっていたスケルトンが砕け、学校の廊下は吹き抜けの下へ消えた。


 残った二体の骨も一緒に落ちていく。


「使っておいて助けないんだ」


 ノアが言った。


「あれは中枢が動かしていた」


「索を持ってたのはあんた」


「持たなければ、お前と十二番を砕いていた」


 ノアは短剣を持ち直した。


 エルマーは弁解を続けず、ホームの端へしゃがみ込む。胸の穴へ指を入れ、奥にある青いものを押さえた。


 光が少し弱くなる。


「帰還線を固定する」


 俺はホームの後方を見る。


 第零迷宮へ続く青線は、落ちた学校廊下から引き剥がされ、空中に垂れていた。鐘がもう一度鳴れば、どの街区へ持っていかれるか分からない。


 線の根元へ左手で触れ、《座標記録》へMPを六十使う。青線の位置が、頭の奥へ細く残った。


 通路は保証されない。今いる場所からの距離も、すでに少しずつ伸びている。


「六時間後に線を閉じる」


「六時間は保たない」


 エルマーが言った。


「中枢が再起動した。次の鐘から、すべての街区が中央へ集まる」


「中央はどこ」


「下だ」


 吹き抜けを覗いても底は暗い。


「何階?」


 蓮が聞く。


「階では数えられない」


「じゃあ、鐘何回?」


 エルマーが初めて蓮を見る。


「ここからなら、あと二回」


 蓮は上着のポケットから白いチョークを出した。


 ホームの柱へ一本線を引き、その横へもう一本、古い線があることを見せる。


「さっきも二回で同じ駅に来た」


 薫が顔を上げる。


「お前、いつ書いたの」


「逃げてる時」


「手、離した?」


「ちょっとだけ」


「離すなって言ったでしょ」


「でも戻ってきた」


 薫は怒ったまま、柱の四本線を指で擦った。新しい一本だけ粉がつく。


 エルマーが立ち上がる。


「子供の記録が正しい。次の二回で中央へ入れる」


「あんたの記録より?」


 ノアが聞く。


「今は」


 レオンが折った写真を樹脂板の裏へ戻した。


 言い返さなかった。


 ホームの奥から足音が増える。


 人間のものだった。


 灰色外套が五人、反対側の階段から現れる。銃は二人だけで、残りは長い鉤と青い索を持っていた。


「エルマー運用官」


 先頭の女が呼ぶ。


「再照合を確認しました。中枢へ戻ってください」


「戻らない」


「あなたの保留権限は失効しました」


「知っている」


「なら、こちらで運びます」


 女が鉤を上げる。


 撃つ前に、薫が蓮を柱の裏へ押し込んだ。自分は反対側へ出て、銃口を五人へ向ける。


 ノアは薫と同じ場所へ並ばない。


 個体十二を連れてホームの下へ下り、線路脇から回り込む。


 ガルもついていかず、俺と千紘の間へ残った。


「殺すな」


 エルマーが言う。


「あれも迷宮固定者だ」


「撃たれたら?」


「死ぬ」


「それは普通だな」


 薫の声が少しだけ戻った。


 千紘が打音器を握る。


「在真。下からも来る」


 目で見える五人とは別に、線路の下を何かが走っている。


 ホーム全体が鳴りすぎて、数までは自然な耳で拾えないらしい。


「使う?」


「ここで使う。次の鐘と重なる前に」


 千紘は打音器を床へ当て、大きく鳴らさず指で弾いた。《音界地図》にMPを二十使う。


 千紘が左耳を押さえる。


「下に十二。こっちを狙ってない。青い線を運んでる」


「何の線?」


「街につながってる。人の心音も一緒に動いてる」


 直後、線路下の暗がりを青い光が通った。


 細い線を背負ったスケルトンが十二体、こちらを見ずに走り抜ける。索の先は、ホームの向かいに貼りついた病院の一室へ続いていた。


 窓の向こうに寝台が並んでいる。


 人がいた。


 子供を含む八人。全員の胸元から青い線が伸び、スケルトンが運ぶ束へつながっている。


 四度目の鐘が鳴る。


 病室が中央へ引かれた。


 一番端の線が柱へ擦れ、切れる。


 寝台の老人が跳ねた。胸を押さえ、そのまま動かなくなる。


 灯がいない。


 誰も脈を取りに行けない距離だった。


 エルマーが胸から手を離し、切れた線へ腕を伸ばす。


 青い光が指先から渡り、病室の端へつながった。老人の身体がもう一度だけ動く。


「あれを止めたいんじゃなかったの」


 薫が聞く。


「上書きを止めたい」


 エルマーの膝が落ちる。


「生命維持まで止めるとは言っていない」


 継続局の五人も、撃たずに病室を見ていた。


 先頭の女が鉤を下げる。


「だから都市ごと運ぶしかない」


「その下に、こっちの都市がある」


 俺が言う。


「知っています」


「何人いるかも?」


「数えれば、何も選べなくなる」


 女は目を逸らさなかった。


 次の鐘まで時間がない。


 千紘は鼻の下を指で拭い、血がついていないことを確かめる。能力を止めても、病室へ続く八つの心音をまだ追っていた。


「中央へ行く」


 俺が言うと、薫が先に蓮の手を取った。


「その男も連れてく?」


「置いたら継続局が運ぶ」


「連れていっても中枢が使う」


「本人に聞く」


 エルマーは柱へ手をつき、立ち上がろうとしていた。


「歩けるか」


「半分なら」


「どっちの半分だよ」


「残した方だ」


 ガルがエルマーへ近づく。


 青い胸を嗅ぎ、牙は見せずに背を向けた。


 ついて来るなら来いという動きに見えたが、決めつける前に歩き出す。


 五度目の鐘が鳴る。


 ホームの床が傾き、吹き抜けの中央へ長い坂を作った。


 先には、数え切れない青い線が束ねられている。


 その中心で、椅子に座った白骨が顔を上げた。


 頭蓋骨の内側には人間の脳ではなく、小さな街の灯りが詰まっている。


――――――――――


世界退避中枢管理個体を確認しました。


《記録官リッチ》


保管中の生存記録:62,411


上書き処理の開始まで:39時間41分


――――――――――


 表示の数字が出たあとも、病室の老人が生きているかは分からなかった。

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