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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第二十章 中枢迷宮

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第百話 中枢から開く門

 黒い画面の縁から伸びた青線は、第零迷宮の床へ触れる前に二つへ分かれた。


 一方はガルの旧回収標識へ向かい、もう一方は観測門そのものへ食い込んでいる。


 床の窪みが順に青くなる。


――――――――――


向こう側中枢迷宮から強制接続要求を受信しました。


接続先照合:

 第零迷宮

 久世第零封鎖区


観測門の制御が競合しています。


物理接続まで:07分41秒


――――――――――


「閉じられるか」


 父が入口で聞いた。


 俺は《接続拒否》を探したが、表示されているのは残り時間だけだった。


「今は出てない」


『出てないじゃなく、閉じろ』


 通話画面の神崎さんが言う。結衣が持ったままついて来た端末から、消防署の雑音が流れている。


「閉じ方がない」


『なら物置から全員出せ。東條さんへ――』


「もういる」


 観測門の反対側から東條さんが出てきた。記録室にいたらしく、片手に封をしていない資料袋を持っている。


 その後ろにはレオンもいた。


「第一封鎖を閉めます。慎吾さん、ご家族を家から出してください」


「在真は」


「まだ決めていません」


「決めてから言ってくれ」


 父は俺を見たが、腕をつかまなかった。


「三分待つ。それ以上は待たない」


 そう言って、結衣の背を物置の外へ押す。


「三分で何するの」


「お前たちを畑の向こうまで出す」


 母たちの声が遠ざかる。


 千紘はすでに装備棚を開けていた。


「行く気ですか」


 東條さんが聞く。


「向こうから開いたら、何が来るか分からない」


「だから閉鎖するんです」


「閉じられないまま七分経つ」


「現実側から門を壊す案もあります」


 ガルが旧回収標識をくわえた。


 誰の話も待たず、青い線が集まる窪みへ置く。


 残り時間が止まった。


――――――――――


旧回収標識を確認しました。


帰還番号07からの逆接続を要求します。


逆接続中は強制接続処理を保留します。


逆接続による進入可能時間:05分00秒


帰還線維持上限:06時間00分


――――――――――


 黒い画面の向こうでノアが息を吐く。


『そっちから入れる。たぶん四人まで』


「たぶん?」


『この入口、使った人がほとんど死んだから記録がない』


「先に言えよ」


『今言った』


 千紘が破損していないイヤホンを左耳だけへ入れ、薄い耳当てを首へ下げる。普段着の上から軽い胸部保護具を着け、打音器と翻訳機を腰へ固定した。


 俺の防具は肩を噛まれて裂けている。


 装備工房で修理する時間はない。予備の胸当てを着け、左肩だけ保護材の上へ薄い板を重ねる。短棒を腰へ差し、ヘルメットをかぶったところで角が内装へ当たった。


 真竜人になっても、装備の穴は勝手に広がらない。


「レオンは残ってくれ」


 言うと、彼は資料袋を東條さんへ渡した。


「嫌です」


「中で記憶を使う」


「だから行きます」


「失ったら戻らないぞ」


「すでに戻らないものを持つ人を、外側へ置く理由にはならない」


 レオンは樹脂板を首から下げている。


 名前、所属、今の目的。灰海で使ったものとは別に、裏面へ手書きの行が増えていた。


「《観測》は私が決めるまで使いません。あなたにも決めさせない」


 東條さんは止めなかった。代わりに腕時計を見て、残り四分を読み上げる。


「こちらからは三人とガル。六時間、連絡がなければ逆接続を閉じます」


「中に残っていても?」


「残っていてもです。保留が解けて強制接続が再開すれば、こちらの避難を優先します」


 言いにくそうにはしない。


 俺も頷いた。


 千紘は返事の代わりに、まだ動いている家族通話の端末を取った。画面には畑の端へ移動した両家と、通話に残る三人が小さく映っている。


「行ってくる」


『婚約の報告をした日に言う言葉か、それ』


 直人が顔をしかめた。


「じゃあ何て言うの」


『俺に聞くなよ』


 神崎さんは笑わなかった。


『大月』


「はい」


『戻ったら、現場を一つ手伝え。婚約祝いだ』


「仕事じゃないですか」


『嫌なら戻ってから断れ』


 通話の外で父が何か言った。風に消え、聞き取れない。


 千紘は音量を上げず、端末を東條さんへ渡した。


「帰った時に聞く」


 観測門の黒い面が床まで広がる。


 ガルが最初に入った。


 千紘は片足を入れ、すぐ引き戻す。


「向こうの床、動いてる」


「崩れてる?」


「違う。横に流れてる。ノア、入口から右に壁ある?」


『今はある』


「今は?」


『鐘が鳴るたび変わる』


 遠くで一度、鐘が鳴った。


 画面の中の階段が横へ滑る。ノアと個体十二が壁へ肩を当て、ガルだけが先に前脚をずらした。


 俺が入る。


 足裏が石へ着いた瞬間、床が左へ動いた。


 身体は前を向いたまま、通路だけが横へ流れていく。右側の壁が消え、代わりに鉄柵の向こうへ広い吹き抜けが現れた。


 千紘が続き、最後にレオンが境界を越える。


 黒い面は閉じない。


 細い青線になり、こちらの床を引きずられながら残った。


――――――――――


A級特殊迷宮《世界退避中枢》へ進入しました。


接続世界:2


上書き処理:待機


――――――――――


 吹き抜けは底が見えなかった。


 向かい側には学校の廊下、その下には駅のホーム、さらに奥には住宅の屋根が縦に並んでいる。別々の場所を切って、同じ穴の壁へ貼りつけたようだった。


 窓の一つに人影が立っている。


 灰色の外套。


「伏せて!」


 ノアが叫ぶ。


 窓が開き、白い骨が三体飛び出した。


 どれも錆びた胸甲と曲刀を身につけている。普通のスケルトンに見えたが、背骨から青い索が伸び、灰色外套の男が握る器具へつながっていた。


 ガルが一体目へ飛ぶ。


 噛み砕く前に頭蓋骨を床へ押さえ、その背の索を爪で踏んだ。


 残り二体はガルを見ない。


 一体がノアへ、もう一体が個体十二へ向かう。


 敵を選んでいる。


 短棒で個体十二側の曲刀を受けた。


 真竜脈へ熱を流す。


 腕から肩へ返る衝撃は、前よりばらけなかった。左肩の傷へ集まる前に背中と腰へ抜け、足が床を滑る。


 止められる。


 そう思った瞬間、床がまた横へ動いた。


 右足が空へ出る。


「在真、左!」


 千紘の声へ身体を倒す。


 左手が床の縁をつかみ、見えない右側を曲刀が通った。刃が胸当てを擦る。


 千紘は俺を引かなかった。


 打音器を骨の足元へ転がし、乾いた音を二度鳴らす。スケルトンがそちらへ頭を向けた間に、個体十二が脛へ噛みついた。


 骨が崩れる。


 俺は立ち直り、背骨の青い索を短棒で床へ押さえた。


「切る?」


「まだ」


 灰色外套の男が器具を引く。


 崩れた骨が青い索へ引かれ、窓へ戻ろうとした。


 レオンが樹脂板の裏から、二つ折りの記録写真を抜いた。開いた写真を男へ向ける。


 男の視線が、一瞬だけ自分の顔へ止まった。


「継続局の中央運用官、エルマー・セト」


 レオンが言った。


「記録に顔があります。三年前、停止派として処刑されたはずの人です」


 男が索を離した。


 驚いたのか、名前に反応したのかは分からない。


 ノアが曲刀の届かない位置から短剣を投げる。器具だけが男の手から落ち、三本の青い索が緩んだ。


 ガルが踏んでいた一本を噛み切る。


 残る二本は、個体十二とノアがそれぞれ刃で切った。


 スケルトンは動きを止める。


 灰色外套の男は逃げなかった。


「その名前を、どこで見た」


 翻訳機を通した声は、ひどく掠れていた。


「あなたたちが残した処刑記録です」


「私は死んでいない」


「なら、記録が間違っています」


「記録は間違わない」


 男は自分の胸へ触れた。


 外套の隙間に、白い骨が見える。


 皮膚の下ではない。肋骨の半分が外へ出て、その周りだけ人間の身体が残っていた。


「人間の方が間違う」


 鐘が二度目を鳴らす。


 男のいる学校廊下が下へ沈み、俺たちの床へ近づいた。


 その奥から、銃声が一発響く。


 灰色外套の胸が跳ねた。


 廊下の角に薫が立っている。左腕で蓮を抱え、右手の銃を男へ向けていた。


「そいつから離れろ!」


 薫は俺たちではなく、レオンへ叫んだ。


 男の胸に開いた穴から血は出ない。


 代わりに青い光が漏れ、吹き抜けの底へ落ちていく。


――――――――――


世界退避中枢の再起動を確認しました。


上書き処理の開始まで:39時間59分


――――――――――


 数字が一つ減る。


 吹き抜けの壁に貼りついた街が、全部同時に軋んだ。

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