第18話 師を持たぬ者たち
ヒロはニヤついている金髪と茶髪の間に立ち、ふんと鼻で笑った。
「俺たちにどっか行けだって? そうはいかねえよ。俺たちはどこかの誰かさんと違って、【魔力測定器】で0なんて数字を出した無能とは違う。俺たちは正式なライセンスを持つ探索者だ。俺たちにはシーカー協会のスタッフをクレーマーから守る義務がある」
拳一郎は小首をかしげた。
自分はスタッフたちに別の方法で探索者試験を受けられるか訊いただけだ。
別に非常識な行為や暴言を吐いたりはしていない。
「俺はクレーマーじゃないんだけど」
「はっ、クレーマーは全員そう言うんだよ。てめえはシーカー協会のスタッフから見れば悪質なクレーマーだ。どうして試験前に【魔力測定器】で潜在魔力量を測るかわかってんのか? てめえみたいな勘違い野郎を試験前にふるい落とすためさ。わかるか? 足切りだよ、あ・し・き・り」
ヒロの嘲笑に拍車がかかる。
「てめえみたいなヘボいおっさんは探索者になれたとしてもすぐにおっ死ぬ運命だったろうさ。逆に探索者になれずによかったじゃねえか。せっかく命拾いしたんだから負け犬らしくさっさと消え失せろ」
あまりのひどい言い草に、さすがの拳一郎も右拳を少し固く握る。
もちろん、空手家として自分から手を出すような真似はしない。
空手に先手なし――という古来より空手の精神を象徴する有名な格言がある。
自分から攻撃はせず、相手の攻撃を防御してから反撃するという意味だ。
言い換えれば、空手家は鞘に納めた刀のような存在を目指せという意味があった。
常に抜身の真剣は危なすぎる凶器だが、鞘にきちんと納められた真剣は自他を守る武器になる。
拳一郎もそんな精神を尊ぶ空手家の端くれ。
眼前のヒロたちのような《《魔法が使えるだけの素人》》を怒りに任せて攻撃するつもりはなかった。
それでも三人にはどうしても訊きたいことがあった。
「君たちに師匠はいるか?」
「師匠だぁ? そんな奴いねえし、俺たちには要らねえよ」
「じゃあ、今まで我流で魔物と闘ってきたのかい?」
「ああ、そうさ。俺たちは天才だからな。魔物相手の戦闘なんてシーク・ストリームを視てすぐに覚えたぜ」
ヒロはドヤ顔で自分の胸を拳で叩く。
このとき、拳一郎は嫌悪感よりも腑に落ちた感じがした。
ヒロたちのような者は武道界や格闘技界にもいる。
師匠から初歩的な技を習っただけですぐに自分は奥義に至れると勘違いし、それ以降は道場に来ずに我流で技を磨く者たち。
このような半端者たちは非常に危険だ。
たとえるなら幼稚園児に拳銃を持たせると同じ。
武道家に必要な礼節や他者を尊重するということを稽古の中で学べなかったとき、本来は自他を守る武器が周囲の人間を傷つける凶器と化す。
魔法にしても一緒だろう。
どんな魔法の適性があるにせよ、まずは独学ではなくきちんとした師匠を見つけて磨くべきだ。
「まったくの独学なのか? 探索者専門学校で魔法のコントロール技術や武術を習ったとかは?」
探索者専門学校は、ダンジョン街にある十五歳以上から二十歳未満の探索者たちが専門的な知識や技術を学べる場所のことだ。
専門学校と言えども国立学校なので、卒業すれば一般の高等学校と短大の卒業認定を貰えるという。
「だーかーら、俺たちは天才だって言ってんだろうが。探索者専門学校なんてダリいところなんざ通えるかよ。そんな学校に通わなくても俺たちは動画を視るだけでCランクまで昇格したんだ」
ヒロたちの探索者ランクはC。
ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fとなっているから、ちょうど中間ランクの実力者ということになる。
まさに一番危うい半端なランクだ。
しかも動画を視ただけの我流というのがよくない。
おそらく幸運が重なってCランクまで昇格できたのだろうが、ヒロたちの体術の腕前から察するに我流が通用するのはここまで。
この先に本気で行きたいと願うのなら、自分たちの言動をあらためた上で人柄と実力のある人間に師事する必要がある。
とはいえ、それを自分がヒロたちに伝える義理はない。
ヒロたちに伝えることができるのは、もっと別のことだ。
「まあ、天才である俺たちのことはどうでもいいんだよ。問題はてめえだ、おっさん。探索者にもなれない無能なクレーマーが、これ以上シーカー協会の施設に居座るんじゃねえ。それとも天才の俺たちにボコられて追い出されてえか?」
ヒロは下卑た表情を浮かべると、握った拳から親指だけを突きだし、出入り口に向けてくいっと示す。
訊かなくてもわかる。
ここから立ち去れ、というジェスチャーだ。
「……わかったよ」
拳一郎はスタッフたちを一望すると、「ご迷惑をおかけしました」と謝罪した。
そして再びヒロたちと向き合う。
「そうそう、おっさんはシーカー協会じゃなくてハローワークに行けよ。まあ、ハローワークに行ったところで無能にできる仕事はねえだろうがよ」
ヒロを筆頭に金髪と茶髪は大笑いする。
普通の人間ならば怒りを爆発させていただろう。
けれども拳一郎は冷静な表情を崩さなかった。
正直なところ、怒りや反感はまったくない。
それどころか、拳一郎はヒロたちを憐れみの目で見つめた。
このままだとヒロたちは遅かれ早かれ命を落とすだろう。
正式な師を持たない人間の暴走は歯止めが効かなくなり、やがて自分のみならず周囲の人間たちを巻き込んで不幸になる。
ならば、ここで自分が三人の未来を救ってやるのが正解だろう。
「君たち、今からでもきちんとした人生の師匠を見つけて性根を入れ替えなさい」
「はあ?」
と、ヒロが顔をしかめた直後だ。
拳一郎はカッと両目を見開き、ヒロたちを瞬殺するという強烈な念を飛ばした。
強烈な念――イメージで具現化したもう一人の拳一郎は、一瞬でヒロたちとの間合いを詰めるなり怒涛の三連撃を放つ。
金髪の男の左足に右の下段蹴り――大腿四頭筋の筋肉が断裂し、その衝撃で大腿骨が解放骨折して重傷。
茶髪の男の右脇腹に左の三日月蹴り――肋骨が複数折れて肺に刺さって重傷。
ヒロの首に半円を描く右の回し蹴り――頸骨が折れて重症もしくは即死。
拳一郎が現実にできるという強烈な念を食らったことで、まず金髪と茶髪の男がそれぞれ左足と右脇腹を押さえて悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああああああああ」
「いでえよおおおおおおおおおお」
実際の拳一郎は指一本動かしていない。
それでも金髪と茶髪は本当に攻撃されたという念を受けたことで、怪我をしていない場所を押さえてのたうち回ったのだ。
仙武流・稲妻蹴り。
これは本来、一対一で使用する蹴り技の一つだ。
右の下段蹴りから左の中段蹴りへと続き、最後に側頭部に上段回し蹴りを放つ。
逆の足から始めてもいいし、側頭部への上段回し蹴りから始めてもよかった。
そしてこの蹴りは雷の絵文字みたいな軌道を描くので、仙武流では「稲妻蹴り」と呼んでいる。
まあ、それはさておき。
周囲が驚愕している中、拳一郎は散歩するような足取りで歩き出した。
拳一郎は案山子のように立っているヒロとすれ違うとき、ポンと優しくヒロの肩を叩いた。
「俺の名前は神山拳一郎。坂木市にある【仙武館】という空手道場の師範代だ。できれば復讐じゃなく、体験入門してくれると嬉しい」
そう言って拳一郎は出入り口に向かって歩き出す。
「お~い、拳一郎。もう帰るんか?」
福井支部の探索が終わったのだろう。
エリーが飛んできて拳一郎の肩に腰を下ろす。
「ああ、ここにもう用はなくなった」
そして拳一郎とエリーが出入り口の自動扉を潜ったあと、ヒロは失禁しながら気を失ったのは言うまでもない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
読んでみて「面白そう!」「続きがきになる!」と思っていただけましたら、ブックマークや広告の下にある★★★★★の評価を入れていただけますと嬉しいです!




