第17話 一触即発の悪意
拳一郎は瞬きを忘れ、食い入るようにデジタル表示パネルを見つめる。
【000】。
見事なまでに表示されている数字は0だった。
「大声を上げてしまって大変失礼いたしました!」
女性スタッフの謝罪で拳一郎はハッと我に返った。
「こ、この数字は魔道具の故障のせいかもしれません。少々お時間をいただけませんか?」
そう言った女性スタッフの元に、眼鏡の男が駆けつけてくる。
拳一郎よりも一回りは年上で、ストライプの半袖シャツを着た恰幅のよい男だ。
雰囲気や年齢からして上司だろう。
「お客様、うちのスタッフがご不快な思いをさせてしまったようで大変に申し訳ありません。【魔力測定器】の数字が0というのは過去にない数字でして、おそらく魔道具の故障でしょう。すぐに点検いたしますので少々お待ちください」
「は、はあ……」
拳一郎は大人しくスタッフたちの点検作業を見守った。
同時に後方からは無数の視線が背中に突き刺さってくる。
五分ほど経った頃だろうか。
スタッフたちの間には微妙な空気が流れていた。
拳一郎が見守る中、スタッフたちは代わる代わる【魔力測定器】の手形に掌を重ねて魔道具が故障しているか点検していたのだが、どうもデジタル表示パネルには正しい数字が表示されているらしい。
それでもスタッフたちはケーブルを交換したり、カウンターの下に設置しているのだろう電源を再起動したりと最後まで魔道具の故障を疑っていた。
「あのう……お客様」
やがて眼鏡の男がおずおずと話しかけてきた。
「もう一度、【魔力測定器】で計測をお願いできませんか?」
「……はい」
一部始終を眺めていた拳一郎は、二度目の測定結果も何となく予想できた。
拳一郎が手形に掌を置くと、デジタル表示パネルに数字が表示される。
結果は【000】。
これには拳一郎も眉間にしわを寄せた。
まさか潜在魔力量が0だとは夢にも思わなかった。
これは要するに、自分は魔法がまったく使えない魔法適性が皆無ということ。
だが、魔法が使えるかどうかは拳一郎は特に気にしていなかった。
重要だったのは魔法適性がないと判断されると、探索者ライセンスが取得できずダンジョンに入る許可がもらえなくなってしまうことだ。
そうなるとダンジョンで消息を絶った源次郎の行方を追えなくなる。
「え~と……これだと探索者ライセンスはもらえないんですよね?」
拳一郎の問いに、眼鏡の男が申し訳なさそうに応える。
「はい……最低でも魔法適性値が10以上はないと探索者ライセンスは発行できません。ダンジョンは凶悪な魔物の住処なのです。魔法が使えない人間が入るには危険すぎますので」
「……ですよね」
これは大いに困った。
探索者ライセンスを取得するための筆記試験や実技試験の対策はある程度してきたが、そもそも受験資格がないとなると手の打ちようがない。
(さて、どうしたものかな)
と、拳一郎が頭を抱えたときだ。
「あははははははは」
ホール全体に響くような笑い声が聞こえてきた。
拳一郎は思わず身体ごと振り向いた。
視線の先には、仲間たちと腹を抱えて笑っているヒロがいた。
「こいつは傑作だぜ! 潜在魔力量が0なんて無能にも程があんだろ!」
ヒロは取り巻きの金髪と茶髪を引き連れて近寄ってきた。
「おい、おっさん。これではっきり自分のことがわかっただろう。てめえは魔法適性が0の無能。ダンジョンに入ったらスライムにもやられる雑魚キャラなんだよ」
ヒロが最後にふんと鼻で笑うと、取り巻きの金髪と茶髪も馬鹿にしてくる。
「憐れだよな。どうせこのおっさんは会社でも無能で仕事ができないから、探索者になって人生一発逆転したいと考えたんだろうさ」
「それで意気込んで探索者試験を受けにきたら、まさかの魔法適性値が0なんてダサすぎだろ」
拳一郎は三人の嘲笑を無視し、眼鏡の男に向かって話しかけた。
「すみません、潜在魔力量が0でも何とか探索者試験を受けられる方法はありませんか? ダンジョンの中が危険なことは重々承知しています。ですが、私にはどうしてもダンジョンに入る理由があるんです」
「そう言われましても……」
無理な相談なのは拳一郎も自覚している。
だが、せっかくここまで来たのに簡単に諦めるわけにはいかない。
すべてはダンジョンから戻らない源次郎を探すため。
そして花緒を安心させてやりたいためだ。
そのためにダンジョンに入る必要があるだけで、高ランカーになる承認欲求や高価なドロップアイテムや特殊資源の換金には興味がなかった。
ただ、ダンジョンに入って源次郎を見つけたい。
それだけが今の拳一郎の望みなのだ。
拳一郎は後方から感じる気配を無視し、眼鏡の男に頭を下げる。
「お願いします。どうか探索者試験を受けさせてください。決して皆さんには迷惑はかけません。何でしたらダンジョンで魔物からドロップしたアイテムは無償でシーカー協会に提供を――」
「あのよう、おっさん。いい年して諦めが悪いんだよ」
眼鏡の男に相談していると、またしても後方から声をかけられた。
振り向かなくても誰かは嫌でもわかる。
自分に向かって歩み寄ってくる気配を感じていたからだ。
「悪いね。こっちは少し立て込んでいるんだ。どこかよそへ行ってくれないか?」
拳一郎は顔だけを振り向かせると、下卑た表情を浮かべているヒロたちに告げた。
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