第四話 リスの陰謀
王宮のいつもの東屋。
ベアトリスは今日も紅茶を飲んでいた。
最近は心穏やかな日が少ない。
理由は婚約者である王太子。
「ベアトリス」
来た。
「リスですわね」
「なぜ分かった?」
「経験ですわ」
最近、このやり取りがお約束となりつつある。
オスヴァルトは満足そうに頷いた。
「流石だ」
流石ではない。
ただの天丼である。
「では予想が当たっているか、聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「聞かせてくれるか?」
「市場操作ですわね」
「……なぜ分かった?」
「前回、物流を制する者が経済を制すると仰っていましたもの」
「素晴らしい」
オスヴァルトは感動のあまり、拍手を始めた。
「やはり君は私の右腕だ」
左腕は誰なのだろう。
少し気になった。
「それで、何が起きましたの?」
オスヴァルトは深刻な顔で一枚の資料を差し出した。
そこには数字が並んでいる。
「木の実の価格推移だ」
「随分と上がっていますわね」
「そうだ」
王太子は頷いた。
「三ヶ月前と比べて二割高い」
「不作でしょうか」
「違う。リスだ」
やっぱり。
「見たまえ」
オスヴァルトは地図を広げた。
王都近郊の森のあたりに、赤い丸が大量に描かれている。
「これは?」
「リスの貯蔵庫だ」
「どうしてご存知なんですの」
「調査した」
忙しいはずなのに、何をやっているんだろう、この王太子。
「彼らは木の実を集めている」
「冬支度では?」
「市場操作だ」
断言した。
「リスは木の実を買い占め、供給量を減らしている」
「買ってはいないと思いますわ」
「実質的な買い占めだ」
なるほど。
いや、なるほどではない。
「そして価格が上がったところで一気に放出する」
オスヴァルトは机を叩いた。
「暴落だ」
「大変ですわね」
「国家経済が揺らぐ」
真顔だった。
まるで株価の話をしているようだが、今話しているのは木の実の話であることを思い出し、ベアトリスは少し冷静さを取り戻した。
「ですがオスヴァルト様」
「何だい?」
「リスが木の実を集めても、お金になりませんわ」
オスヴァルトは待ってましたとばかりに立ち上がった。
「そこだ。リスは貨幣経済の次を見ている」
「次?」
「木の実本位制だ」
ベアトリスは静かに空を見上げた。
今日は晴天だった。
鳩は一羽も見当たらない。
「やがて人々は金貨ではなく木の実で取引するようになる」
「なりませんわ」
「なる」
「ならんて」
「なる」
子供みたいな言い争いだった。
その時、一人の近衛騎士が慌てて駆け込んできた。
「殿下!大変です!」
「何だ!」
オスヴァルトの顔が引き締まり、ベアトリスも姿勢を正した。
本当に国家的な問題かもしれない。
「報告しろ」
「王宮の庭園で大量の木の実が発見されました!」
オスヴァルトは立ち上がった。
「やはり!」
「やはり?」
「資金洗浄だ!」
「違いますわ」
さすがの騎士も、二人のやり取りに困惑している。
「殿下、庭師がリスの巣だろうと……」
「口封じされたな」
「されてませんわ」
「証拠隠滅だ」
「巣ですわ」
「偽装工作だ」
「巣だってば」
オスヴァルトは険しい顔で窓の外を見た。
森の方向だった。
「ここまで組織化されているとは……」
「誰がですの?」
「リスだ」
「そう……ですわね」
もはや反論する気力もない。
オスヴァルトは静かに資料を閉じた。
「だが、腑に落ちない」
「何がですの?」
「カラスも、鳩も、リスも。活動領域が違う」
「そうですわね」
「なのに妙に連携が取れている」
オスヴァルトは考え込む。
ベアトリスは嫌な予感がした。
今までにないほどの、非常に嫌な予感だった。
オスヴァルトは立ち上がった。
その目は、何か重大な真実の入口に立った学者のようだった。
「まさか……」
「まさか?」
「彼らの背後に、さらに大きな存在がいるのではないか?」
ベアトリスは頭を抱えた。
来る。
きっと来る。
あのメロディが聞こえるくらいに、絶対に来る。
「誰ですの?」
「まだ分からない」
オスヴァルトはゆっくりと答えた。
珍しくまともだったが、次の言葉で全てが台無しになる。
「だが川を調べる必要がある」
『川』と聞いて、ベアトリスは静かに目を閉じた。
帰ってくる……あれが帰ってくる。
長い旅を終えて。
鮭が。
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