第三話 鳩の陰謀
王宮の東屋。
ベアトリスは紅茶を飲みながら、目の前の婚約者を見つめていた。
ここ数日、オスヴァルトは忙しそうだった。
何しろ王太子自ら、鳩を育てているのである。
理由はもちろん。
「カラス対策だ」
そして今日、オスヴァルトは再び深刻な顔で資料を広げていた。
嫌な予感しかしない。
「ベアトリス」
「はい」
「重大な問題が発生した」
「鳩ですわね」
「なぜ分かった?」
「経験ですわ」
「やはり君は優秀だ」
オスヴァルトは頷くが、褒められた気がしない。
「対カラス諜報網として育成した鳩たちだが……」
「ええ」
「どうやら彼らは独自の経済圏を形成し始めている」
ベアトリスは静かにカップを置いた。
もう何を聞いても驚かない。
多分。
「詳しく伺っても?」
オスヴァルトは一枚の紙を差し出した。
そこには王都の地図。
無数の線が引かれている。
「これは?」
「鳩の飛行経路だ」
「そうですの」
「見てほしい」
オスヴァルトは真剣だった。
「彼らは毎日、同じ場所を往復している」
「帰巣本能ですわね」
「違う。配送網だ」
ベアトリスは天を仰いだ。
始まった。
「彼らは王都中に手紙を運んでいる」
「それは伝書鳩ですから」
「だが考えてみたまえ」
オスヴァルトは身を乗り出した。
「人々が遠方へ連絡したいとき、誰を頼る?」
「鳩、ですわね」
「そうだ」
「はい」
「つまり彼らは通信手段を独占している」
「そうとも言えますわね」
「独占企業だ」
鳩が。
「やがて彼らは郵便料金を値上げするだろう」
「料金を?」
「今は無料でサービスを提供して市場を支配している」
ベアトリスは少し感心した。
妙にそれっぽい。
「そして競合が消えた瞬間」
オスヴァルトは声を潜めた。
「一通につきパン屑三個を要求する」
「……それは、大変ですわね」
「国家存亡の危機だ」
オスヴァルトの真顔にベアトリスはふと思った。
もし今この場に大臣がいたら失神するかもしれない。
「では、どのような対策を?」
「競争相手を作る」
オスヴァルトは立ち上がった。
嫌な予感が、確信に変わっていく。
「どなたですの?」
「リスだ」
ベアトリスは静かに目を閉じた。
「リス、ですか」
「彼らは木の実を運搬する能力に長けている」
「郵便と木の実は違いますわ」
「物流だ。物流を制する者が経済を制する」
言い切った。
どこかで聞いたことのあるような、ないような理論。
そのとき、一羽の鳩が東屋の欄干に舞い降りた。
ぽとり。
小さな紙切れを落とす。
オスヴァルトは飛び上がった。
「来たか!」
「何がですの」
オスヴァルトは震える手で紙を開いた。
そこには。
『クルックー』
とだけ書かれていた。
しばらく沈黙が流れる。
「……何ですの?」
「警告だ」
「違うと思いますわ」
「彼らはもう隠そうともしていない」
「ただの鳩ですわ」
「見たまえ」
オスヴァルトは紙を指差した。
「来ルックー」
「ええ」
「つまり『来るぞ』という意味だ」
「違うと思いますわ」
「鳩語だ」
「違うと思いますわ」
オスヴァルトは静かに窓の外を見ると、空には無数の鳩が飛んでいる。
「急がねばならない」
「何をですの?」
「リスとの同盟を」
ベアトリスは頭を抱えた。
次の被害者が決まった瞬間だった。
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