7 王子の狙い
塔を出たマルヴィンはミラベルを部屋に送った。
「早くあなたの妃になりたいわ。もう九年も待っているのよ、結婚式はいつになるの?」
ミラベルはエレナと同い年だが、マルヴィンと婚約したのは八歳の頃だ。
すぐに聖女としての素質に目覚め、回復魔法でマルヴィンの怪我を癒やしてきた。王子の回復役という立場だったからこそマルヴィンの近くに部屋を与えられて、ずっと王宮の中で生活していた。
マルヴィンはエレナのことを「使用人のつもりで連れてきたが、本人は僕のことを婚約者だと勘違いしているようだ」と説明しており、ミラベルもその認識だった。
「僕だって結婚したいのはやまやまだけどね。元老院のジイさんどもが、僕を王太子と認めるまでの我慢さ」
マルヴィンは婚約者の額にキスを落とし、謁見の間に向かった。
第一王子の姿を認めた騎士が扉を開け、内部に足を踏み入れると、玉座には父が座っている。
王妃は隣の豪奢な椅子に座り、扇で口元を隠していた。
しかし目元には隠しきれない笑みが浮かび、彼女が今までになく上機嫌であろうことが見て取れた。
「父上、母上。マルヴィン、ただいま帰還いたしました」
「うむ、ご苦労だった」
「待ちかねましたよ、マルヴィン。して、レニアの様子はどうなのですか?」
ランドルト王国は五年前から隣国と戦争をしている。
仕掛けたのはランドルト王国であり、隣国――獣人族の国リジェリアのレニア地方を奪うためだった。
(そういえばエレナには、獣人族に奪われた土地を奪い返すと説明したのだったな)
その方が説得するには都合がよかったからなのだが、エレナは何の疑問もなくマルヴィンを信じてくれた。
五年間も「一緒に英雄になろう」というマルヴィンの約束を信じ込んで、戦争に行くマルヴィンのためにその身を捧げてくれた。
(本当に便利な娘を手に入れた。僕は一生怪我に怯えずにすむ)
まさに神からの贈り物だ。
マルヴィンは喜びで口元を緩めながら報告した。
「まだ残党どもは残っていますが、問題視するほどではありません。敵軍の将である竜王は致命傷を負いましたので、奴等もすぐに投降するでしょう」
リジェリアを統治しているのは、獣人族の頂点に立つ竜人の長だ。
彼は竜王と呼ばれ、マルヴィンがレニア攻略を開始するやいなや、すぐにレニアにやってきて指揮を取り始めたのだった。
獣人族は人族より強い肉体を持ち、体力も化け物並みだ。
マルヴィンも『身体強化』の祝福を持つが、その力をもってしても五年間レニアを陥落できず、苦汁を強いられた。
「竜王にはとどめを刺したのか?」
疑り深い性格の父に問われ、マルヴィンは内心で舌打ちをした。
戦地にも行かず、安全な王都から様子を見ているだけの父。
元老院に「マルヴィンこそが王太子に相応しい」と推してくれる訳でもない。
(結局父上は、誰が王太子になってもいいんだろう。自分の子に興味がないんだ。あんたに何か言われる筋合いはない)
などと考えつつ、相変わらず顔には笑みを浮かべておく。
「いえ、殺す直前で逃げられました。毒で弱らせておいたのですが、さすが竜王というべきか……」
「竜王の首を持ってこい。でなければ元老院はお前を認めんぞ」
父はそう言うと玉座から降り、謁見の間から出て行った。
「頼りにならない人ねぇ。誰が王太子になろうが、興味ないとでも考えていそうね」
王妃は呆れた口調で言い、息子に視線を移す。
「何としてでもレニアを奪いなさい。あの土地の魔鉱山が手に入れば、あなたが王太子になるのは確実よ」
レニア鉱山は豊富な魔石を蓄えており、資源の乏しいランドルトにとっては喉から手が出るほど欲しい土地だった。
魔道具を動かすには、動力源となる魔石は必須だ。
夏には冷風、冬には温風を出す便利な魔道具。
そして馬がなくとも勝手に走る車輪付きの魔道具。
これらの便利な道具は貴族が独占しており、マルヴィンがレニア鉱山を入手できれば、全ての貴族がマルヴィンを認め称えることだろう。
(僕はハジィズとは違う。あいつのまだるっこしいやり方では、何年かかろうとレニアは手に入らない)
マルヴィンが脳裏に異母弟を思い浮かべていると、その考えを読んだかのように王妃が言った。
「あなたの他にも王子はいます。側妃の子などに後れを取らないようになさい」
「はい、母上」
マルヴィンは一礼して謁見の間を出た。
(竜王がどこに潜んでいるか探るのは手間だな……。やはりレニアに住む獣人族を武力で追い出すのが手っ取り早いか。指揮系統が崩れた今がチャンスだ)
竜王を弱らせることは成功したものの、とどめを刺す直前に逃げられてしまった。
まだランドルト国内に潜んでいるだろうが、竜王は動物の言葉を解すため、野生の動物が多く住む山中ではマルヴィンの方が不利になる。
動物たちが竜王の味方をして、マルヴィンの位置を彼に伝えるからだ。
(まぁ、焦る必要はない。僕は重傷を負っても死なないからな)
マルヴィンが裂けるべきは、致命傷となる怪我だけだ。
過去に一度だけ、飛んできた矢が肩を貫通しそうになったが、なぜかマルヴィンに当たる寸前で軌道を変えて肩には擦り傷しか残らなかった。
その時にエレナがどんな目に会ったのか、マルヴィンは想像したこともない。
ただ「便利だな」と思っただけだ。
(とりあえず兵士どもにねぎらいの酒でも振舞うか。三日ぐらい休ませて、またレニアに兵を出そう)
ようやくこの五年間の苦労が報われそうだ。
マルヴィンは上機嫌で兵舎へと向かった。




