4 塔でひとりぼっち
小さな街の神殿で暮らしていた私は馬車に乗せられて、王都へ向かうことになった。
何日もかかってようやく国で一番大きな都市に入った時、あまりの広大さに驚いたし、遠くに見えた立派な王宮の姿には口をぽかんと開けてしまった。
(すごい……! あんな大きなお城で私が暮らせるの? 本当に入っていいの?)
孤児だった私が聖女になり、王宮の中に部屋を与えられて生活できるなんて畏れ多いことだ。
マルヴィン殿下を信じていない訳ではないけど、「誰だお前は」と追い返されたりしないだろうか。
固唾をのんで馬車の行先を見守っていると、とうとう王宮の正門の前までやってきた。でも馬車は正門からは入らず、横道に逸れてさらに進んでいく。
「あれ? 門を通りすぎちゃった……?」
不安になって窓から高い塀を見ていたら少し進んだ先に小さな裏門があって、そこから王宮に入ることができた。
(よかったぁ、ちゃんと入れた)
王宮の敷地の中だからか、馬車が進む速度は緩やかになった。
しばらくして完全に停車し、扉が外から開けられる。
恐る恐る顔を出せば、扉を開けてくれたのはマルヴィン殿下だった。
「ランドルト王宮へようこそ。歓迎するよ、エレナ」
「マルヴィン殿下……! わざわざありがとうございます」
十二歳の世間知らずな私でも、王子様はとても忙しいということは理解していた。
(わざわざ出迎えに来てくださったんだ)
私のために時間を使ってくれることが有難くて、わたわたしながら馬車から降りる。
聖女の服は裾が長いから転びそうになったけど、マルヴィン殿下は私が降りるのを待っていてくれた。
「きみが暮らす場所に案内するよ」
殿下がそう言って歩き出し、私は彼の後ろ姿を追いかけた。
(この辺りはひと気がなくて静かだわ)
ここは王宮の裏手のようで、城の陰になっているからか日当たりはよくなかった。
周囲は鬱蒼とした樹木に覆われていて、王宮の庭というよりは森のような印象だ。
「ここだ」
マルヴィン殿下が足を止めた場所は、高い塔の前だった。円柱の形をしていて高さは二階くらいだろうか。
「この塔の全部がエレナのものだ。好きに使っていいよ」
「あ……、ありがとう、ございます」
私の声は、自分でも驚くほど弱弱しかった。
塔の全部が私のものだと言われても、あまり嬉しくはなかった。
(私もお城の中で暮らすんだと思ってた……)
マルヴィン殿下の婚約者になったのだから、勝手に彼の近くで暮らせるのだと夢見ていたのだ。馬鹿みたいだ。
私が気落ちしているのに気づいたのか、マルヴィン殿下が私の肩にそっと手を置いた。
「どうしたの? 何か不満?」
「い、いえ……」
「この塔はきみがいた孤児院よりも広いだろう。薬を作るだけなら充分なはずだ」
その言葉でハッとして、咄嗟に笑顔を取り繕う。
(殿下の仰る通りだわ、何を落ち込んでるんだろう。私の身分で文句なんて言ったら駄目よね)
「私のために塔を準備してくださって、ありがとうございます」
「中へ入ってみよう」
殿下に付き従っていた騎士が分厚い扉の鍵を開けて、ぞろぞろと中へ入った。
入ると目の前に二階へ続く階段があって、奥の方にドアが見えた。一階には部屋が一つあるようだ。
薄暗い塔の内部に光が差し込んで、空気中に漂うほこりにマルヴィン殿下が顔をしかめた。
「しばらく使っていなかったから、ほこりっぽいな」
「掃除します。私は家事が得意だから平気です」
「それは良かった。きみには侍女を付けてやれないからね」
その言葉で、私はここでたった一人で暮らすのだと悟ってしまった。
何と答えていいか分からなくて、でも悲しい顔を見せる訳にはいかなくて、私は一人でへらへらと笑っていた。
階段を上った先にはドアがあり、そこを開けると部屋と小さな台所があった。
「一階は薬を作るための作業部屋にして、二階で暮らすといいよ。エレナが作った薬はよく効くから、兵士たちのために毎日用意してくれ」
「はい、分かりました」
私が頷くと、マルヴィン殿下はバルコニーに繋がる大きな窓を開けた。
「来てごらん。ここは塔だから見晴らしがいいんだ」
彼を追いかけるようにバルコニーに出ると、私の胸くらいまでの柵が半円形に設置されていて、遠くには青い海が見えた。
「わぁ……、海が見えるんですね」
「綺麗だろう」
「はい、とても。いつか海に行ってみたいです」
私はずっと孤児院にいたし、聖女になってからは神殿で薬作りばかりしていたので、どこかへ出かけたことはなかった。
行き場所といえば市場くらいのものだった。
だからなのか、海を見るたびに「いつかあそこへ行きたい」という想いを募らせていたのだ。
あの広い海に浮かんでみたら、どんなに気持ちがいいんだろう。
「行ったことがないのか?」
マルヴィン殿下が嘘だろうと言わんばかりの顔で言ったけど、本当のことなので私は頷いた。
「ずっと薬ばかり作っていたので……。でも今後は行けますよね」
私としては、ごく当たり前のことを口にしたつもりだった。
聖女になって、マルヴィン殿下に祝福を授けて彼の婚約者となったのだから。
たまにはマルヴィン殿下と出かけたりするだろうし、休暇には一緒に海に行けたりするだろう――そのつもりで言った言葉だった。
でもマルヴィン殿下は私を見ようともせず、部屋の方へ視線を向けてぼそりと言った。
「行けたらいいね」
そしてそのまま騎士を連れて、「また来るよ」と最後に言って塔を出ていった。
私の方は見ようともしなくて、不安は覚えたものの、私はいい方に解釈することにした。
「殿下と結婚したら、自由に出かけられるんだわ。それまでの我慢よ……」
十二歳の私は、その我慢が何年続くのかも知らなかったのだ。




