3 婚約
その日のことは、五年たった今でもハッキリと覚えている。
第一王子マルヴィン殿下がお越しだと呼ばれて、私は聖女の白い衣装を着て、ガチガチに緊張したまま聖堂で彼を待っていた。
王子様が、私に何の用でお越しになったんだろう。
孤児の聖女だから、孤児院に帰りなさいと怒られるんだろうか。
緊張で血の巡りが悪くなった手をぎゅっと握っていたら、聖堂の扉が開き、騎士を引き連れたマルヴィン殿下が姿を現した。
(わあ……王子様だ……)
十六歳のマルヴィン殿下は、まるで絵本から抜け出たかのように私の想像ぴったりの容姿をしていた。
柔らかそうな髪は、陽光を集めたような金色。
瞳は澄んだ黄緑色で、まるで若葉のように瑞々しい光を放っている。
ぼうっと見惚れていると、私の横にいた神官が頭を下げて、私も彼に倣って慌ててお辞儀をした。
「マルヴィン殿下、ようこそお越しくださいました。この者が聖女エレナにございます」
紹介するように手を向けられて、私はうまく動かない口で何とか喋りだした。
「は、初めまして……エレナと申します」
蚊の鳴くような声だったから、マルヴィン殿下まで届いたかどうかは分からない。
でも彼は穏やかに微笑んだまま私に歩み寄り、握手をするように手を差し出した。
「初めまして、エレナ。僕はマルヴィン・ランドルトだ」
「は、はいっ……」
私は差し出された彼の手を、両手で挟み込んで頭を下げた。
マルヴィン殿下はふふっと笑い、祭壇の方を指し示す。
「僕にもきみの祝福を見せてもらえるかな?」
「畏まりました」
私は急いで聖女像の前に跪き、両手を組んで祈りを捧げた。
マルヴィン殿下が、怪我をしませんように――。
すると彼はハッと息を呑んだようだった。
「本当だ。エレナの祝福は、誰かの怪我を引き受ける力なんだな」
マルヴィン殿下はしばらく考えこんでから、私の手を取って言った。
「その力を、僕のために使ってくれないか?」
「えっ……?」
「僕の祝福は体を強くする力だ。僕はこの力で、獣人族に奪われた大切な領地を取り戻したい。そのためにはエレナの祝福が必要なんだ」
マルヴィン殿下は私の両肩をがしりと掴んで、顔を覗き込んでくる。
「僕たちが出会ったのは運命だよ。エレナ……僕と婚約してくれないか?」
「わ、私なんかを婚約者に……!?」
「なんか、なんて卑下しちゃ駄目だよ。エレナは素晴らしい祝福を持っているんだからね。もちろん、きみが嫌というなら諦めるけど……どうかな?」
私は真っ赤な顔のまま、ぶんぶんと馬鹿みたいに首を横に振った。
答えは一つしかなかった。
「嫌じゃありません! 私の祝福は、殿下のために使います!」
恥ずかしいような大声で言うと、殿下は私の手を握ったまま笑ってくれた。
「ありがとう、エレナ。その力でずっと僕を支えてくれ。一緒にこのランドルト王国の英雄になろう」
嬉しくて光栄で、目から涙が溢れた。
孤児だった私が聖女となって、王子様の婚約者に選ばれた……。
私は視界がぼやけたまま、マルヴィン殿下に言った。
「はい、マルヴィン殿下。この命が続く限りあなたをお守りします。マルヴィン殿下に祝福を……」
私が殿下に授けた祝福は、ずっと彼を守り続けた。
でもそれは私にとっては辛い試練の始まりだった。
王子は猫を被っております…




