2 祝福を得た日
私は災害で親を亡くしたらしい。
物心ついた頃にはすでに孤児院にいたので、どんな親だったのかも覚えていない。
でも周りにいる子も私と同じような境遇だったから、自分を不幸だと思うこともなく、貧乏でも平穏に暮らしていた。
院長先生は薬学に長けた年配の女性で、孤児たちに薬草の知識を教えてくれた。
「宵露草には沈痛効果があります。しかしこの花は夜にしか咲かないし、花弁は日光に当たると効果が消えてしまうので、注意して扱うように」
最初は作るのが簡単な鎮痛薬や、血の巡りをよくする薬草茶などを用意して市場で売っていた。
でも私たちが成長して、より複雑な工程が必要な回復薬を扱うようになると、市場でちょっとした噂が広がりだした。
「あの孤児院で作っている回復薬には、即効性があるようだ。飲むとすぐに効き目が表れる」
「よく効くし、同じ値段ならあの孤児院の薬が欲しい」
そう言って孤児院に人が集まりだして、とうとう誰が作った回復薬が一番効くのかを突き止める事態になった。
院長先生は子どもたちが作った回復薬を一つずつ調べたらしい。
しばらくして、私は院長室に呼ばれた。その時私は十二歳になっていた。
「お呼びでしょうか」
院長室に入ると、ソファには真っ白な服を着た男性が座っている。
この国で白い衣装を身に纏えるのは神殿にいる聖女と神官だけだ。だから私はすぐにこの人は神官だと分かった。
「この子がエレナです。エレナ、神官様にご挨拶なさい」
院長先生が言い、私は神官にぺこりと頭を下げた。
すると神官は立ち上がって、私の頭にそっと手を乗せた。
「ふむ……、確かに聖属性の魔力を感じます。この子は無意識のまま回復薬に魔力を籠めていたのでしょう。普通の回復薬には、即効性はありませんので」
「では、エレナは聖女になるのですね」
「そうですね。もしかしたら、祝福も持っているかもしれません。神殿で調べましょう」
二人の間で話が進み、私は自分のことなのに何も言えずにきょとんとしていた。
私が聖女?
もう孤児院にはいられないの?
「院長先生、私は孤児院を出ないといけないのですか?」
私が問いかけると、先生は寂しそうに微笑んだ。
「あなたの力は国のために使うべきです。孤児院ではなく、神殿で神に仕えなさい。エレナに加護がありますように」
そう言って額にそっとキスをしてくれた。
私はもうここを出るしかないらしい。
自分に選ぶ権利はないのだと、何となく分かっていた。
長年暮らした場所を離れるのが寂しくて、心細くて泣きそうだったけど、私は神官と一緒に馬車に乗って神殿へ向かった。
私が暮らした孤児院は小さな村にあって、その村には神殿はなかったから、何時間も掛けて隣町の神殿へ到着した。
馬車から降りると神官が「付いてきなさい」と言って、彼の後ろを追いかける。
廊下を進んでいくと突き当りに両開きの大きなドアがあり、彼はそこを開けて私を中に導いた。
(わぁ、広い……。ここは聖堂?)
ステンドグラスに囲まれた祭壇には、両手を組んだ聖女の石像があった。
その石像の足元には長方形の石が置かれてあって、表面はやすりで磨いたかのようにツルツルとして光っている。
興味津々で見ていると、神官が私を手招きして言った。
「この像の前に跪いて、両手を組んで祈りを捧げなさい」
祈りを捧げる場所なのか、床には膝をついても痛くないように分厚い布が敷かれている。
私は言われるがまま両膝をついて、両手を組んで目を閉じた。
(祈るって……何を?)
まだ十二歳の私には、特に祈りたいことはなかった。
それでとりあえず、孤児院の皆が飢えることなく暮らせますようにと祈っていると、神官が小さな声で「出たようだ」と呟いた。
その声で恐る恐る目を開ければ、長方形のツルツルの石に光る文字が浮かび上がっている。
難しい表現で私には読めず、首を傾げていると神官が言った。
「あなたの祝福は、『誰かの怪我を引き受ける力』のようだ。これはかなり珍しいね」
「祝福とは、何ですか?」
初めて聞く言葉ばかりで、私はかなり混乱していた。
今まで自分は普通の人間だと思っていたけど、実は聖女の素質があって、神殿に来ることになって……出来事が多すぎて、理解が追い付いていなかった。
神官はにこりと笑い、私が分かるようにゆっくりと話し出した。
「魔力を持って生まれた人間の中には、時おり祝福という変わった能力を持つ者がいる。たとえば王族だと、第一王子のマルヴィン殿下は『身体強化』の祝福を持っておられる。殿下は人間を遥かに超えた膂力で戦えるらしい」
「私の力も、誰かの役に立ちますか?」
「もちろんだとも。あなたのことを王家に報告しておこう」
それからしばらくの間、私は神殿で暮らすことになった。
回復薬を作りながら過ごしていると、何日かして王都から王子様が私を訪ねてきたのだった。




