36 断罪
「へ、陛下! 何とか仰ってください!」
「ば、賠償、だと……、そんな金どこから……」
「賠償できないなら、しかるべき罰を受けてもらう。お前たちはランドルトという国の責任者だろう。最後までその使命を果たせ」
「無理そうですねぇ。お金に余裕がないのに、五年も戦争を続けるからですよ」
クラウスさんがくすくす笑いながら言うと、ハジィズ殿下が傍に控えていたイフルから何かの書類を受け取った。
それを国王陛下と王妃様に見せつけるように広げる。
「今回の件をもって、元老院は正式に私を王太子として認めるそうです。ここに承認印も押されています」
こつこつと玉座に歩み寄り、国王に優し気な口調で言った。
「父上、お疲れでしょう。あとは私に任せてお休みください。――意味は分かりますよね?」
穏やかな声だったけど、誰もがハッキリと気づいたはずだ。
ハジィズ殿下は、国王に退位しろと迫っている。
国王は額に汗を浮かべつつ、しわがれた声でぼそぼそと言った。
「わ、わしは……お前に譲位する。後は好きにせよ」
そしてわたわたと頼りない足取りで謁見の間を出ていく。
残された王妃様は、マルヴィン殿下に縋りついたまま叫んだ。
「陛下! わたくしはどうなるのですか!? まさかこんな側妃の……、流浪の踊り娘の息子に、玉座を譲るというのですか!」
扉が閉まり、陛下の後ろ姿も見えなくなる。
王妃様は視線をハジィズ殿下に向けて叫んだ。
「認めないわ! わたくしはお前など認めない!」
「あなたが認めずとも、私はすでに王なんですよ。義母上……いや、マルガレータ」
ハジィズ殿下が名を呼ぶと、王妃様はびくりと体を揺らした。
屈辱に目元を赤く染めたまま、ぎりぎりとハジィズ殿下を睨んでいる。でもハジィズ殿下が王妃様に近寄って一通の封筒を見せると、瞬く間に彼女の顔は青ざめた。
「ひっ……、な、なぜ」
「これはあなたの祖国、マイヤー帝国から届いた書簡です。後宮にはあなたの居場所はありませんので、祖国へ帰っていただきます。ここで処刑されるよりいいでしょう?」
ハジィズ殿下が説明しても、王妃様は蒼白な顔のままふるふると首を横に振っている。
「いや……、いやよ……帰りたくない……」
「駄々をこねては駄目ですよ、マルガレータ。でもあなたの恐怖も一応は理解できます。帝国は歴史が長いだけあって、プライドが高いですからね……。息子を王太子にできなかったあなたに、どんな罰を与えるのでしょうか。断頭台の方がましかもしれませんね」
ハジィズ殿下は諭すような口調で言うと、騎士に向かって手を上げた。
それを合図にして数人の騎士が王妃様を取り囲み、彼女を無理やり立たせる。
「マルヴィン! 起きてちょうだい、マルヴィン! わたくしを助けて! 助けてぇぇ!」
扉に向かって引きずられる王妃様の声が、徐々に小さくなっていく。
やがて王妃様の姿が消えて、謁見の間は静寂に包まれた。
「ハジィズ、マルヴィンはどうする?」
マルヴィン殿下はまだ目を覚まさなかった。
王も王妃も地位を奪われて消えたというのに、何も知らずに眠っている。
ハジィズ殿下は異母兄をしばし見つめていたけど、やがて顔を上げてジル様に言った。
「僕に考えがあります。竜王陛下もご協力ください」
「分かった」
ジル様は返事をして、私の方を振り返った。
「エレナは先にリジェリアへ戻っていてくれ。クラウス、頼んだぞ」
「やれやれ、私たちには内緒ですか。でもまぁ、その方がいいかもしれませんね。エレナさん、行きましょう」
私は頷き、クラウスさんと一緒に謁見の間を出た。
廊下を歩いていると、隣のクラウスさんが苦笑している。
「陛下はあなたに残酷なものを見せたくないのでしょうね。あなたはどうしますか? 強く希望すれば、マルヴィン殿下の最期を見れると思いますが」
「マルヴィン殿下の……」
最期という言葉を聞いて、私の頭の中にはこれまでの出来事がぶわっと溢れていた。
十二歳の時に聖女となって、マルヴィン殿下が迎えにきたこと。
婚約者になれて嬉しかったけど、それは嘘で、五年も塔に幽閉されたこと……。
自由になった今でも、マルヴィン殿下の怪我を引き受けた時の痛みや苦しみは忘れていない。
絶対に許せない――とは思うけど。
「いいえ、私はこのままリジェリアに帰ります。後はハジィズ殿下とジル様にお任せします」
私が答えると、クラウスさんは静かに頷いた。
「それがいいでしょう。あなたには穏やかな日常が似合いますよ」
そして私とクラウスさんは馬車に乗り、一足先にリジェリアへと戻ったのだった。




