35 謁見
私たちは気絶したマルヴィン殿下を連れて、ランドルトの王宮へ向かった。
ハジィズ殿下は国王と王妃様へ謁見する手続きに行き、残された私たちは別室でマルヴィン殿下を治療している。
以前私が暮らしていた塔から残った器具や薬草を運びこんで、すり鉢で薬草を潰すことから始めた。
「治さなくていいのに……」
クラウスさんが不満を隠そうともしないので、私は苦笑してしまった。
「でもこのまま放置すると、マルヴィン殿下は失血死してしまいます。それは不味いと思うんです」
様子を見ていたジル様に話しかけると、彼は深く頷いた。
「エレナの言う通りだ。マルヴィンは罪を償ってから死ぬべきだ。手間を掛けさせてすまないが、治療を頼む」
「お任せください」
「ちょ、ちょっと待ってください。治すのはいいけど、全快させては駄目ですよ?」
クラウスさんが慌てたように言い、私は彼を安心させるために微笑む。
「分かっています。ワタゲソウを半減させて、私の魔力も七割ほど減らせば腕が戻ることはありません」
説明はしたものの、クラウスさんとジル様はぽかんとした顔で私を見ている。
「どうかしました? 私の説明、分かりにくかったですか?」
「いや、そうではなく……」
ジル様は一度言い淀んでから、右腕を失ったマルヴィン殿下に視線を移した。
「まさかと思うが、きみは失った肉体の一部も治せるのか?」
問われて、今度は私がぽかんとしてしまった。
まさかそんな初歩的なことを訊かれるとは思っていなかった。
「はい、治せますけど……。王妃様に命令されて戦場に送っていた回復薬は、全て元通りにする効能がありました」
だからこそ、大量生産するのは無理だった。
何もかも全快させる回復薬は私の魔力も高濃度に混ぜ込んであるから、一日の終わりにはくたくたになっていた。
「どうりで五年も戦争が続いた訳だ。兵士がすぐに補充されるから、おかしいとは思っていたんだ」
「あんまり効き目が高いのも考えものですね……。エレナさんがリジェリア人になってくれてよかった」
二人は納得したように頷き合っている。
「ジル様こそ、どうして力を隠していたんですか? 建物を全壊させるような魔力を持っているのに、戦場では使わなかったんでしょう。その力があれば、もっと早く戦争は終わったのでは……」
私の回復薬は体の欠損も癒やすことができるけど、さすがに即死するような大怪我だと間に合わないはずだ。
ジル様はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「俺は虐殺しにレニアに行ったのではない。領土を守るために戦ったんだ」
その言葉で私はハッとして、「すみません」と謝った。
「そうですよね……。マルヴィン殿下が戦争を始めたから、守るために仕方なく戦っていたんですよね」
ちょうど薬が出来上がって、粘り気のある軟膏をマルヴィン殿下の傷口にたっぷりと塗る。
するとあっという間に出血が止まり、マルヴィン殿下の呼吸も落ちついてきた。
「戦争に関してもマルヴィンには罪を償ってもらわないとな」
「許可した国王にもね」
ジル様とクラウスさんが言った時、ドアが開いてハジィズ殿下が戻って来た。
「お待たせしました。謁見の間に行きましょう」
「マルヴィン殿下はどうしますか?」
「騎士に謁見の間まで運んでもらいましょう。両陛下にはこの惨状を見せた方が効果的でしょうから」
ハジィズ殿下の言葉には容赦がなかった。
口調は淡々としているものの、腹の底には相当な怒りをためているのだろう。
まず最初に謁見の間にマルヴィン殿下を運び込むと、王妃様の叫び声が聞こえて来た。
「ああっ……、マルヴィン! マルヴィン! ああぁ……っ」
かすかにすすり泣く声まで聞こえる。
そしてハジィズ殿下、ジル様とクラウスさん、最後に私が広間に入って扉が閉められた。
ソファに寝かされたマルヴィン殿下に、王妃様が泣きながらすがりついている。
「どういうことだ、ハジィズ! 話があるからと来てみれば……、マルヴィンに一体何があったのだ!?」
陛下は玉座から立ち上がり、蒼白な顔でマルヴィン殿下を見下ろしている。
ハジィズ殿下はというと、口元には薄っすらと笑みを浮かべていた。ようやく待ち望んだ時が訪れたと、喜びを隠せない様子だった。
「兄上はリジェリアに密入国し、無断であちらの国民を誘拐しましたので、竜王陛下の要請に応じ適正に処理いたしました」
「あちらの国民ですって……? エレナのこと? この娘はマルヴィンの婚約者よ! それをどう扱おうが、マルヴィンの勝手でしょう!」
王妃様が血走った眼で叫ぶと、ジル様が私を庇うように進み出た。
「エレナはリジェリアの亡命者となった。よって俺は我が国の民を守るためにここへ来たまでだ」
「ちゃんと正規の手続きを経て、ランドルトに入国しましたよ。どこかの誰かとは違ってね」
クラウスさんが皮肉を口にすれば、尚さら王妃様の視線が鋭くなり、彼女は私に向かって怒鳴った。
「この恥知らずが! よくものこのこと顔を出せたわね、エレナ! お前を五年も使ってやったのは誰だと思っているの!」
「その五年間の戦争だが、我が国は戦争犯罪人としてマルヴィン王子、国王、王妃に対して賠償を請求する」
ジル様が告げた瞬間、陛下と王妃様は明らかに狼狽したようだった。
二人とも視線が定まらず、あちこちをきょろきょろと見ている。




