34 捕獲
マルヴィン殿下は私を無理やり寝台に押し倒して、その手で私の首をぐっと握った。
「うぅっ……」
気道が圧迫されて、空気が少ししか入ってこない。私は反射的にマルヴィン殿下の手首を握った。
「早く祝福を与えろ。でないと死んでしまうよ」
私の首を絞める力がじわじわと強くなっていく。引きはがそうとしても、びくともしない。
「だ、誰があなたなんかに……!」
「頼むよ。僕だってお前を殺したくないんだ」
マルヴィン殿下が仕方なさそうに言い、さらに首が締まって意識が飛びかけた瞬間、ドォン! とすさまじい音が響いた。
同時に部屋がぐらぐらと揺れて、作業台に乗せていた道具が落ちる。
「なっ、なんだ!? 地震か!?」
首を絞めていた手が緩み、私はげほげほと激しくむせた。マルヴィン殿下が慌てて部屋を出ていき、彼が階段を駆け上がる音が聞こえる。
やっぱりここは地下室だったようだ。
数分後に戻って来たマルヴィン殿下は蒼白な顔をしていた。
「竜王が来た……! なんて化け物だ、屋敷が半壊してしまった」
慌てた様子で言い、手に持った鍵で私の足の輪を外す。
「あいつとまともに戦ったら即死してしまう。お前は僕と逃げるんだ!」
腕を握られかけたけど、私はその前に素早く逃げ出した。
「……っ、エレナ! エレナァ!」
必死で廊下を走り抜けて、階段を駆け上がる。
「はぁっ、はぁっ……! ジル様! 私はここです!」
屋敷の中はカーテンが全て閉められていて薄暗かった。
遠くからジル様が「エレナ」と呼ぶ声が聞こえて、そちらを目指して走り続ける。
でもマルヴィン殿下の方が足が速かったせいか、途中で追いつかれて髪の毛を引っ張られた。
「いたっ!」
「この女! いい加減、僕の言うことを聞け!」
髪を強く引っ張られたせいで、私は転んでしまった。マルヴィン殿下はその隙を逃さず、私の腕を背中に回して拘束する。
その時またドォオンと音がして、雷のような光が迸り、廊下の壁に巨大な穴が開いた。
「な、何が……!?」
驚いてそちらに視線を向けると、瓦礫だらけの中に立っていたのはジル様とクラウスさんだった。
二人の後ろにはハジィズ殿下もいる。
「無事か、エレナ」
ジル様が伸ばした右手には、バリバリと音を立てる小さな雷が纏わりついていた。
どうやら屋敷を穴だらけにしたのは彼の魔力だったらしい。
「ジル様……!」
彼に駆け寄ろうとすると、拘束された腕が後ろにぐいっと引かれて痛みが走る。
「動くな! 少しでも怪しい動きをすればエレナは殺す!」
「分かりやすい悪役になっちゃいましたねぇ」
緊迫した空気をぶち壊すようにクラウスさんがのんびりと言い、ジル様がマルヴィン殿下の言葉を無視してこちらに歩いてくる。
「う、動くなと言っただろう! これが見えないのか!?」
マルヴィン殿下は動揺しながら叫び、私の首筋に短剣の切っ先を当てた。
そして後ろに立って様子を見ているハジィズ殿下をぎろりと睨む。
「ハジィズ、なぜ獣人族の入国を許した!? お前はどっちの味方なんだ! ここはランドルトだぞ、獣人どもを追い出せ!」
「なぜと言われましてもね。エレナさんはもう兄上の婚約者ではなく、リジェリアへ亡命を果たしたんですよ。だから今の兄上はただの犯罪者です。国をまたいだ誘拐犯なんですよ」
「は……?」
マルヴィン殿下は間の抜けた声を出し、私に視線を移した。
「亡命だと……? 嘘だろう、エレナ」
「いいえ。私はもうランドルト人ではありません」
「祖国を捨てたというのか!? お前という女は……!」
マルヴィン殿下がぎりっと歯噛みした時、すぐ横でひゅっと風を切るような音がした。
直後にマルヴィン殿下が「ぐあああっ」と断末魔のような叫び声を上げて、何が起こったのかと思えば地面に彼の腕が転がっている。
ジル様の右手には剣があり、それで私は、彼が目で追えないほど素早くマルヴィン殿下の腕を斬ったのだと気づいた。
「エレナ、こちらへ」
呼ばれてジル様の方へ駆け寄ると、右腕を失ったマルヴィン殿下が地面を転がりながら「痛い」と叫んでいる。
「いっ、痛い痛いぃ! エレナ、薬を寄こせ! 早く!」
「これではうるさくて話になりませんね。はい、静かにしましょう」
クラウスさんが淡々と言い、マルヴィン殿下の傷口をぎゅっと縛った。
それがまた痛かったのか、マルヴィン殿下は「ぎゃあっ」と叫んでがくりと気を失ってしまった。
「あまりの痛みで気絶したようです」
「今のうちに王宮まで運びましょう。父上と母上にも、今回の件について責任を取ってもらわねばなりません」
ハジィズ殿下は平然としていた。
まるでこうなることを予測していたかのようだった。




