33 地下室にて
ゆらゆらと体が揺れて、どこかにどさりと下ろされた。
その振動で眠りが浅くなり、私はゆっくりと目を開けた。
最初に視界に飛び込んできたのは、ごつごつとした石の壁だった。それが一瞬、あの塔の壁に見えてひっと息を呑む。
慌てて飛び起きれば、そこは窓のない閉鎖的な空間だった。
(ここはどこ……!? まるで地下室みたいにうす暗いわ)
天井も壁も床も、一面がコンクリートのような冷たい石造りの部屋だ。隅に木製の寝台だけがぽつんと置かれていて、私はそこに寝かされていたらしい。
天井すれすれの位置に細長い隙間があり、そこからかすかに明かりが漏れている。換気口かもしれないけど、あんなに小さな穴では脱出は不可能だろう。
しかもよく見ると鉄製の網が張ってあって、小鳥やネズミでも通るのは無理そうだ。
立ち上がろうとしたら、足元からじゃらりと奇妙な音がした。
「え……!?」
目に映ったものが、信じられなかった。
私の右足首には鉄の輪が嵌められて、壁の鎖と繋がっている。これでは部屋から出られそうにない。
試しに鎖を掴んで引っ張ってみたものの、じゃらりと音が鳴るだけで金具はびくともしなかった。
誰か、と叫びそうになって唇を噛む。
(私をここに連れてきたのは、マルヴィン殿下よね……)
だとしたら誰かと叫んだところで、彼がここに来るだけだ。
しばらくしてガチャリと鍵が開く音が響き、重そうな扉がゆっくりと開かれた。
「目が覚めたのか。エレナがまた薬を作れるように、塔から道具を運んできたよ」
マルヴィン殿下は機嫌がよさそうだった。
ニコニコしながら次々と室内に物を運び込む。
私が塔で使っていた作業台、薬研、薬の瓶と缶。
「僕には薬草のことはよく分からないから、とりあえず手当たり次第に刈り取ってきた」
最後にそう言って、薬草が山積みになった籠をどさりと作業台に置く。
私は呆然と一連の作業を見てから、ハッとして足首を指差した。
「マルヴィン殿下、これでは自由に動けません。この輪を外してください」
「外す必要はないよ。部屋の中で作業する分には、不都合のない長さにしてある。この家はね、僕が個人的に買った屋敷なんだ。誰の邪魔も入らないから安心するといい」
話しながらじわじわと近づいてくる。
私は全身の毛穴が開くほどの恐怖を覚えて後ずさった。
(この人はもう、まともじゃなくなってるんだわ)
ジル様がマルヴィン殿下について「何をしでかすか分かったものじゃない」と言っていたけど、あれは正しかった。
今のマルヴィン殿下は動く爆弾のようなものだ。いつ何がきっかけで爆発するか分からない危険性を秘めている。
(返答を間違ったら殺されるかもしれない。なるべく刺激しないようにしつつ、時間稼ぎをしないと……!)
どうやって私を運んだかは知らないけど、鳥たちに見つからないようにここまで来れた訳がない。
待っていれば、きっとジル様はこの場所を探し当ててくれるはずだ。
「いずれ竜王が来る。――そう考えているんだろう?」
マルヴィン殿下がぼそりと言い、私は文字通り飛び上がった。
「ど、どうして……」
まるで心を読まれたみたいで、尚さら恐怖心が募る。
怯える私の前でマルヴィン殿下は愉快そうに笑いだした。
「はは、竜王が来るのはむしろ好都合だな。計画を実行に移せる」
そう言いつつ私に一歩近づく。
「ハジィズにはしてやられたよ……。まさかあいつが竜王と契約するとは思ってなかった。でもまだ全てが終わった訳じゃない。僕にはまだ道が残っている。竜王を殺して、レニアを奪うという道がね。だからエレナ、もう一度僕に祝福を与えてくれ。今度こそ大怪我をしないようにすると誓うよ。きみはここで回復薬を作って、痛みを感じたらすぐに薬を飲めばいい」
私は何も言えず、ただ首を横に振った。
するとマルヴィン殿下は困ったように眉根を下げて、まるで駄々っ子をあやすような口調で言った。
「説明しても分からないかな? 貴族じゃないエレナには教養がないからなぁ。いいかいエレナ、想像してごらん。僕がレニアを奪ったら、ハジィズと竜王は悔しさに歯噛みするだろうよ。特にハジィズは長年の苦労が水の泡になるから、僕を殺しに来るかもしれないな。その時に返り討ちにするのが僕の夢なんだ。ここで重要になるのが、エレナの祝福だ。きみの力さえあれば、僕は死ぬことはない」
マルヴィン殿下は演説でもしているかのようだった。
成功した時のことを想像しているのか、彼の視点はうっとりと空中をさまよっている。
そしてマルヴィン殿下は私の手を取ると、強引に組ませようとした。
「さぁ、両手を組んで祈るんだ。僕に祝福を授けるためにね」
「い、嫌です……!」
「話が通じないなぁ。致命傷を受けないように気を付けると言っただろう。計画が成功したら、きみは王太子妃になれるんだぞ? リジェリアで薬師をするより、ずっと贅沢ができるのに」
「王太子妃なんか望んでないし、贅沢がしたくてリジェリアに行ったんじゃありません! 私は今のままで幸せなんです。お願いです、リジェリアに帰してください!」
「エレナ、僕は話を聞かない女は嫌いなんだ」




