29 マルヴィンへの手紙
ミラベルがランドルトから消えたことを知ったマルヴィンは、ずっと王宮の執務室に篭っている。
もう自分の部屋に戻る気にもなれず、執務室のソファで寝起きする生活が続いていたが、マルヴィンはむしろ安堵していた。
(これでいいんだ。執務室に篭っていれば、命の危険はないからな)
鋼鉄製の胸当てから解放されたマルヴィンは、思ったよりも気分は悪くなかった。体は軽く、今後は何をすればいいのか考える余力が生まれたからだ。
侍従たちには用がない限り、この執務室には近づかないように指示してある。
ソファから起き上がったマルヴィンは身支度をして、廊下のカートに置かれた食事を胃に詰め込んだ。
「やはりエレナだ。あいつを取り戻すところから始めよう」
マルヴィンが本格的に王太子になるために動き出したのは、エレナを見つけた直後だった。
エレナの祝福があったからこそ、無謀な策でもがむしゃらに前進できたのだ。
(問題はエレナがどこにいるかだが……)
考え込んでいると、廊下からバタバタと足音がして、執務室のドアがどんと叩かれた。
「マルヴィン殿下! どういうことか、説明していただきたい! ミラベルが国を出たのはあなたのせいですぞ!」
どうやらミラベルの父、カナン伯爵が来たらしい。
「うるさいな……。考え事の邪魔だ。さっさとつまみ出せ」
マルヴィンがイライラしながら呟くと、すぐに騎士も動いたのか、ドアの向こうから何やら揉める声が聞こえてくる。
「カナン伯爵、どうかお引き取りを!」
「ええい、はなせ! 私は娘を失ったんだぞ、黙っていられるか!」
「おい、手を貸せ! もっと騎士を呼ぶんだ!」
さらに人数が増えたのか、廊下は騒然となった。
羽交い絞めされたカナン伯爵は、血走った眼で執務室のドアを睨みながら叫んだ。
「マルヴィン殿下、これで終わりではありませんぞ! 必ず責任は果たしていただきますからな!」
大勢の話し声と、どかどかとやかましい足音。
それらが徐々に遠ざかり、完全に静かになったマルヴィンはやれやれと溜め息をついた。
(お前がいい暮らしができたのは、娘が僕の婚約者になったからだろうが。他責思考もいい加減にしてほしいな)
ふう、と息を吐いてから椅子の背もたれに身を預ける。
「しかしこれで、神殿との繋がりも消えたか……。今さらどうでもいいが」
神殿がマルヴィンの中でそこそこ重要な位置を占めていたのは、エレナとミラベルが神殿にいた聖女だからだ。
しかし今となっては二人とも神殿から出て姿を消しており、繋がりが消えようともマルヴィンにとっては些事だった。
(何か情報が欲しい)
マルヴィンは手を伸ばし、机の隅に山積みになった手紙の山を探った。
国内の貴族にはエレナという聖女を見つけたら、すぐに連絡するように伝えてある。
「まぁ、エレナがランドルト国内にいる可能性は低いけどな……」
呟きつつ手紙の差出人を面倒くさそうに見ていたマルヴィンは、一つの封筒でぴたりと手を止めた。
差出人は『M・K』とある。
(M・K……、まさかミラベル・カナンか?)
逸る気持ちで破るように封を開けると、手紙の筆跡は確かにミラベルのものだった。
マルヴィンは食い入るように文面に目を走らせた。
『あなたがご執着されている娘は、リジェリアにいましたわ。でも詳細な場所は教えてあげません。そんなに必要なら、ご自分で探し当ててごらんなさい』
マルヴィンは手紙をぐしゃりと握り潰した。
「最後まで苛立つ女だな!」
ミラベルのことだ、どうせエレナと比較されて山のように高いプライドが傷ついたのだろう。
その意趣返しをするために、わざわざこんな回りくどい手紙を送って寄こしたのだ。
マルヴィンは窓を開けて、握り潰した手紙を丁寧に細かく破った。
小さな紙片となった手紙が風に乗ってどこかへ飛んでいく。
「嫌味ったらしい女だったが、最後にいい仕事をしたことだけは褒めてやろう。しかしハジィズめ、ロト山なんて嘘を教えやがって……! とんだ時間の無駄だった」
エレナはリジェリアにいる。
(エレナが一番役に立つのは、僕の手元にいる時なんだ。あいつを上手く使えるのは僕だけだ! 待っていろ、エレナ……!)
もし見つけたら今度こそ逃げないように、鎖で繋いでしまおう。
「そのための道具も用意しないとな……」
マルヴィンは紙にペンを走らせ、今後の計画を練り上げた。
久しぶりに脳が限界まで回転し、気分は高揚していた。




