27 勘違い
エレナの店から逃げたミラベルは、手を上げて辻馬車を止めた。
「竜王の城まで出してちょうだい」
リジェリアに入国したミラベルには、付き人は一人もいなかった。
両親にも秘密のままランドルトを出たからだ。
ミラベルの父親はマルヴィンが王太子になると信じており、その父に「マルヴィン王子には未来がないからリジェリアに逃げます」と言う訳にもいかず、黙って国を出たのだった。
リジェリアの国境までは生家であるカナン伯爵家の馬車を使ったが、どうやら竜王はランドルトの貴族の入国を制限しているらしく、観光客以外は審査が通らない様子だった。
ミラベルは馬車から降りて、入国の審査をしている獣人に聖女の衣装を身に纏った姿を見せたが、それでも馬車の通行は認められなかった。
だからミラベルは、わざわざ徒歩で国境の門をくぐったのだ。最小限の荷物だけを手に持って。
(わたくしが自分で荷物を持つ羽目になるなんて……!)
最小限といっても、トランクは二つあった。それらはホテルに預けてきたが、ずっと持っていたせいで手がじんじんと痛む。
(でもこれくらいで回復魔法を使ってはいられないわ。これから竜王に会うのだから)
少しでも魔力を温存しておき、聖女としてどれだけ有能なのか示さねばならない。
辻馬車はすぐに止まったが、降りてきた御者はミラベルをじろじろ見ながら言った。
「竜王陛下の城まで出せって? 約束がないと門前払いになるぜ、お客さん。あんたちゃんと宰相様に許可をもらったのかい?」
キツネがそのまま二足歩行しているような外見の獣人だ。
なぜこんな下等生物に、分かりやすく説明してやらねばならないのか。
ミラベルはイライラと叫んだ。
「この衣装を見れば分かるでしょう、わたくしは聖女なのよ! 獣人族に心配されるいわれはないわ! 分かったら、さっさと出しなさい!」
自分は獣とは違う。
獣人族には生まれるはずのない聖女であり、本来なら国賓として遇されるべき存在なのだ。
「衣装なんか知るもんか。なんて偉そうな聖女だ、薬師の聖女様とは大違いだ」
キツネの獣人は呆れたように呟き、しぶしぶといった様子で馬車を走らせた。
嫌味はしっかりとミラベルの耳に届いて、馬車の中でぎりっと歯を食いしばる。
(どいつもこいつも、聖女の価値が分からない馬鹿ばかり。真の聖女は薬なんか作らなくてもいいのよ!)
ミラベルが得意とする回復魔法なら、手をかざすだけで癒やすことができる。わざわざ手間暇かけて薬草を探したり調合したりする必要はない。だからこそマルヴィンはミラベルを選んだのだ。
(竜王ならわたくしの価値が理解できるはずよ。わたくしに必要なのは、真価を見抜く目をもった伴侶なのよ……!)
やがて辻馬車は王城の傍に停車した。
「着いたぜ、お客さん。約束がない人間は正門にゃ行けないからな、ここで降りてくれや」
面倒くさそうに言われ、ミラベルは御者の手に代金を叩きつけた。
そして黙々と歩き出す。
背後から「おぉ、怖い」という呟きが聞こえてきたが、振り返らなかった。
キツネの獣人が言った通り、正門の左右には門番が立っていた。
ミラベルが近づくと彼らは槍を交差させて、通れないようにした。
「何者だ。宰相閣下の許可は得ているか?」
「わたくしはランドルトから参った聖女でございます。リジェリアには聖女がいないと聞きましたので、癒しの力で困っている人々を救いたいのです。どうか竜王陛下にお取次ぎください」
「その衣装、確かにランドルトの聖女のようだな。どうすべきか……。竜王陛下は聖女なら面会すると仰るかもしれん」
「一応、入城を許可しよう。ただし宰相閣下の指示があるまで、別室で待機してもらう。よいか?」
「ありがとうございます」
ミラベルは深々と頭を下げながら、にやりと笑った。
(面会さえできればこちらのものよ。きっと竜王陛下は、一目でわたくしを気に入ってくださるでしょう)
ミラベルは自身の美しさに自信があった。
何しろ、第一王子の婚約者に選ばれるほどの美貌と気品を兼ね備えた伯爵令嬢なのだ。
自分の価値はリジェリアでも通用するはずである。
門番は文官に連絡をつけ、ミラベルは一つの部屋に案内された。
「こちらでお待ちください」
そう言われてソファに座っていたが、いつまでたってもお茶も用意されない。
「わざわざランドルトから来てあげたのに……! 獣人は客のもてなし方も知らないのかしら」
とうとう我慢の限界を迎えて立ち上がり、部屋をうろうろと歩き回った挙句に廊下に出ようとすると、二人分の足音が聞こえてきた。
「なんで通してしまったのですかね」
「一応は聖女だからだろう。呼んでもいないのに来るとは厚かましい女だ」
誰のことを言っているのか知らないが、不満そうな口調の話し声だ。
やがてドアがガチャリと無遠慮に開けられ、竜王と銀髪の青年が現れた。
ミラベルと同じ銀髪だが、彼の髪は少し青みがかっていて、まるで月光を閉じ込めたような神秘的な美を秘めている。
そして間近に見た竜王は、ミラベルがひれ伏したくなるような圧倒的な存在感を放っていた。
(これが竜王……! レニアでは遠目に見ただけだったけれど、こんなに美しい人だったなんて)
竜王の美貌は人間離れしていて、マルヴィンなど足元にも及ばないほどだ。
ミラベルは恭しく膝を折り、完璧なカーテシーを披露した。
「初めてお目にかかります。ランドルトより参りました、ミラベル・カナンと申します」
「確かに聖女の衣装を着ているな」
竜王がぼそりと言い、ミラベルは顔を輝かせた。
「はい、わたくしは聖女でございます。リジェリアには聖女がいないと聞き、何かお役に立てればと思い馳せ参じました」
銀髪の青年は恐らく宰相なのだろうが、彼はドアの横に立ったままニヤニヤしている。
ミラベルは気味が悪いわねと思いつつ、竜王にそっと近寄って上目遣いで見上げた。
この角度で見られた男は、誰でもミラベルに見惚れるのだ。
「竜王陛下、どうかわたくしをお傍に置いてくださいませ。わたくしは回復魔法が得意で、いつでも即座にあなた様の怪我を癒やせます。わざわざ薬草を調合する手間は必要ありませんわ」




