26 招かれざる客
数日後に届いた温風機は、薬草を干している部屋の隅に置いた。
ダイヤルを回すだけで温かい風を出してくれるから、たった一日で乾燥が完了する。
「すごく時短になるわ。買ってよかった」
今までの半分の時間で乾燥が終わり、効率的に薬の調合や薬草茶のブレンドができるようになった。
(お手伝いさんを雇うことも考えたけど、これなら当分は一人で店を回せそうだわ)
前世の記憶があるだけに、異国の地で誰かを雇い入れるのがどれだけ大変かは何となく想像できる。
ホッとして開店のための準備を始めた。
香りのいい薬草を生地に混ぜたシフォンケーキを焼き、オーブンから取り出しておく。
後は人気の高い薬草茶のブレンドを済ませておき、お湯を沸かしておく。
この店で提供しているのは軽食だから、混むのはだいたい昼食後から夕方までだ。
午前中は、薬を買う人と薬草茶を飲む人がぽつぽつと訪れる。
もう少しで昼になる頃、来客を告げるドアのベルがちりんと鳴った。
「いらっしゃいませ、……!」
カウンターにいた私はドアの方に向かって声を掛けたが、そのまま固まって動けなくなってしまった。
長い銀髪の女性はつかつかと無遠慮に歩き回り、最後につまらなそうに吐き捨てた。
「ここがあなたのお店? 思ったよりも狭いのね」
紫の瞳には、格下の人間を見るような冷たい光が宿っている。
「ミ、ミラベルさん……」
どうしてここに彼女がいるんだろう。
なぜ私の居場所が分かったんだろう。
(ランドルトへ売り出した缶には、私に関する情報はなにも記載しなかった。ジル様だって、細心の注意を払ってくれたはずよ)
震えていると私の不安を見抜いたのか、ミラベルさんは言った。
「よく効くと噂になっているクリームを見たのよ。きっとあなたが作ったんだろうと思ったけど、正解だったみたいね。でもまぁ、見抜けたのはわたくしくらいのものよ。凡才には無理でしょうね」
その言葉で、私はホッと胸を撫でおろした。
(気づいたのはミラベルさんだけ……。じゃあマルヴィン殿下は知らないままなのね)
ミラベルさんが来ただけでも心臓が止まりそうになっているのに、ここにマルヴィン殿下が現れたらと思うと――吐き気がする。
ふと顔を上げると、店内にいたお客さんが怪訝そうにこちらを見ていた。
(いけない、店主としてしっかり対応しなきゃ)
ミラベルさんのことだ、のんびりお茶を飲みに来た訳ではないだろう。
私はカウンターから出て、彼女の前に進み出た。
「お食事やお買い物ではないですよね? 私用で来られたなら、しばらく外でお待ちになってください。見ての通り、お客様がいらっしゃるので」
あなたの相手は、店が閉まった後にゆっくりとしてあげます。
私が言いたいことを理解したのか、ミラベルさんの目元が赤く染まった。
「あなた、本当にエレナ? 別人みたいに偉そうな口をきくようになったわね」
彼女の疑問はもっともだけど、別人みたいになった原因を話す気はないのでにこにこしたまま黙っておく。
(ミラベルさんと出会った時は、おどおどした小娘だったもんね。でも前世を思い出した今は、中身は二十九歳の会社員ですから。クレーマーの言いなりにはならないわ)
にっこり笑っているのが癇に障ったのか、ミラベルさんは苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「塔に閉じ込められていた孤児の女が……! 本来の身分を忘れたのかしら?」
まるで見せつけるように、優雅な仕草で肩にかかった銀髪をふわりと払う。
「あなたは平民で、わたくしは伯爵令嬢。それは永遠に変わりようがないわ。竜王に気に入られて得意になってるんでしょうけど、本当ならあなたは彼に近づくことすら許されないのよ」
そんなことは自分でも充分、承知しているんだけど。
(この人、何を言いに来たのかしら……)
ハンドクリームを作ったのはお前だろうと、わざわざ言いに来るなんて暇人すぎる。
(それにマルヴィン殿下はどうしたの? 一緒じゃなくてホッとしたけど、別行動なのが気になるわね)
あんなに仲がよさそうだったのに、ケンカ別れでもしたんだろうか。
首を傾げていると、お客さんの一人が「ちょっと」と立ち上がった。
「さっきから何なんだい、あんた。聖女様に失礼なことを言うんじゃないよ」
「そうだよ、あんたのせいで空気がぶち壊しだよ。せっかくのんびりお茶を楽しんでたのに」
「何も買わないなら出て行きな、ここは聖女様のお店なんだから!」
次々とお客さんがミラベルさんに文句を言い出し、彼女は怯えるようにドアの方へ下がった。
「な、何よ……! 馴れ馴れしく話しかけるんじゃないわ、獣くさい生き物が!」
わたわたとドアに向かい、店から出る直前に私に叫んだ。
「わたくしは頂点に返り咲いてみせるわ。あなたはずっとここで不味い薬でも作っていなさい!」
言い逃げして立ち去ってしまった。
私はお客さんに深々と頭を下げた。
「ご迷惑をかけてしまって、すみません」
「気にしなくていいよ。聖女様は何も悪くないよ」
「そうそう。静かになったことだし、腰痛に効くお茶をくれないかい?」
私は下げていた頭を戻し、にこりと笑った。そして「お待ちくださいね」と声を掛けて、温かいお茶を用意する。
(お店を持ってよかったな)
私の店の雰囲気を気に入って、守ろうとしてくれる人までいる。
それがすごく嬉しかった。




