23 人気の薬
マルヴィンの婚約者であるミラベルは、普段は神殿で主に貴族の怪我を癒やしている。
「傷は回復しました。もう動かせるはずです」
ミラベルが声を掛けたのは、近衛騎士を目指す十代前半の少年だ。
訓練中に肩に負傷したのだが、ミラベルの回復魔法によって怪我は癒えた。
「聖女様、ありがとうございました」
仕立てのいいシャツと上質な上着を身に纏い、少年は診察室を出て行った。
それをミラベルは満足げに眺める。
神殿では金さえ払えば誰でも聖女の治療を受けられるが、高価なので平民はまずここに来ない。
平民たちは下町にある薬局で、効き目の弱い回復薬や痛み止めを買って何日も治るのを待つのだ。
ただミラベルとしては、たとえ大金持ちの成金が神殿へ来たとしても、治療する気はさらさらなかった。
(この荘厳な空気を壊すような人間は、神殿に来るべきではないわ)
ランドルトにおいて魔力を持つ人間は王侯貴族だけであり、魔力は遺伝するため、神殿にいる聖女も神官も全員が貴族である。
そのため神殿は、貴族の邸宅のように様々な高級品で溢れていた。
大理石をふんだんに使用した床と壁、そして色とりどりのステンドグラスで覆われた天井。
日が差し込むと床に虹のような光が映し出されて、まるで神の国のような美しさだ。
扉や机は全てマホガニーで、まるで紅茶のような深みのある色と艶をしている。
それらの品は全て貴族からの献金によって支えられていたが、ミラベルは当然だと思っていた。
(わたくしは希少な聖属性の魔力を持っているんだもの、尊い人間が高価な物を使うのは当然の権利よ。わたくしにはそれだけの価値があるわ)
もしここに、みすぼらしい格好の平民が来たらと考えただけで怖気が走る。
(だからエレナが神殿から出て行ったのは正しかったのよ。彼女は自分に相応しい場所に戻っただけ……。どうか永久に表舞台に出てこないでね)
エレナは塔から川へ身を投げたのだという。
ミラベルとしては、「どうかそのまま死んでくれ」という気持ちだった。
何の身分も持たない孤児でありながら、ミラベルよりも――いや、全ての聖女を超える優れた回復薬を作っていたみすぼらしい娘。
その力は正統な貴族であるミラベルが持つべきだったのに、神もたまには間違うらしい。
「忘れたいのに、どうして思い出すのかしら……」
塔から逃げて死にかけた娘のことなんか、本当はどうでもいい。さっさと忘れてしまいたい。
しかしそれが出来ないのは、マルヴィンが事あるごとにエレナとミラベルを比較するからだ。
――エレナの回復薬は、もっと即効性があったぞ!
矢を受けた後にマルヴィンが放った言葉が、どうしても頭から離れない。
忘れようとして本を読んでいる時でも、ふとした折に思い出してしまう。
ミラベルは溜め息を漏らし、診察室を出た。
今の少年が最後の患者だから、後は図書室で本でも読んで過ごそう。推理ものの本でも読めば雑念から解放されるかもしれない。
図書室に入ったミラベルは、奥の方の本棚に真っすぐ向かった。
ここは神殿だから、入り口から近いところには回復魔法や薬草に関する本が多く並んでいるのだ。
暇つぶしになるような本は奥の方に収納されているため、そちらに向かって静かに歩いていくと、先客が二人いるようだった。
二人の聖女が何かひそひそと話している。
ちょうどミラベルが本を探したいと思っている場所で、ミラベルは面倒だわと思いながら手前の本棚に身を隠した。
どうせ世間話でもしているのだろう。待っていればどこかへ行くはずだ。
「薬作りのせいで手が荒れていたんだけど、いい物を見つけたのよ」
聞き覚えのある声で、ミラベルは自分の記憶を探った。
(確か、いつも回復薬を作っている子だわ)
聖女といっても、誰もが回復魔法が得意な訳ではない。
エレナのように、魔力を薬に込める方が能力を発揮できる聖女もいる。
しかし世間話をしている少女が作る回復薬は、効力はそこそこで、下町にある薬局よりはマシという程度だった。エレナとは比較にならない凡才聖女だ。
(世間話している暇があったら、薬の勉強でもしなさいよ)
胸の内で毒づいていると、また二人がひそひそと話し出す。
「ほら、これを見て。リジェリアの王都で噂になっているクリームよ」
「それが手荒れに効くの?」
「びっくりするくらい、よく効くのよ! 薄くのばしただけで、翌朝には肌がすべすべになるの」
それはただのクリームではなく、回復効果がある薬ではないだろうか。
(薄くのばしただけで? そんな即効性があるクリームを、下町の薬師が作れるとは思えないのだけど)
ミラベルは気になって、本棚の陰からそっと二人を覗いてみた。
若い聖女は何かの缶を手にしているが、ミラベルは目を凝らしてそれをじっと見つめる。
(微弱だけど、聖属性の魔力が篭っているわ。まさか……)
あれはエレナが作った物ではないのか。
ミラベルは本棚に張り付き、なおも耳を澄ませた。




