22 元老院議会にて
エレナが見つからないまま、約一か月が経過した。
マルヴィンは焦りと苛立ちで目をギラギラ光らせながら、元老院議会に出席している。
(本当は年寄りどもの話し合いなんか参加せず、ロト山の捜索を続けたかったが……)
国内の神殿はくまなく探したが、エレナに関する情報は全く出てこなかった。そのためマルヴィンはロト山に人手を集中させたものの、やはり捜索は難航している。
マルヴィンは手元の資料を見る振りをして、向かい側の席についている異母弟を睨んだ。
こちらが不在の間に、ハジィズが新たな案でも出して可決されては困るのだ。それは王太子という地位の奪い合いにおいて、マルヴィンの敗北を意味する。
(王太子になるのは僕だ。お前は王宮の隅で獣人どもと仲良く戯れてろ!)
マルヴィンは議長のガスール公爵に向かって片手を挙げた。
「どうぞ、マルヴィン殿下」
発言するために立ち上がり、広間に集う十一人の人間をじっくりと見渡す。
「先日、非常に稀有な力を持つ聖女が失踪しました。エレナという聖女ですが、彼女が調合する回復薬がなくては、リジェリアとの戦闘で不利になるかもしれません」
マルヴィンはそこで一旦口を閉ざし、さらに声を張り上げた。
「彼女が最後に目撃されたロト山を捜索するため、元老院からも兵を出していただきたい。どうか承認願います!」
マルヴィンとしては精いっぱいの熱弁を振るったつもりだったが、議会に集まる面々の表情は渋かった。
「しかしですな、すでにリジェリアとの戦闘は停止しているではありませんか」
「一か月も止まったままなのに、まだ回復薬が必要ですか?」
マルヴィンは拳を握り、黙って言うことを聞けと叫びたい衝動を必死にこらえた。
(やはり回復薬という理由は弱いか……! だがなぜエレナが必要なのか、真の理由を知られる訳にはいかない)
エレナの神の力のような祝福が周知されれば、誰かが彼女を奪って利用するかもしれないからだ。
エレナの祝福は、王太子となるマルヴィンだけが使うべきである。
今後マルヴィンが玉座に就いた時、毒を盛られる可能性はゼロではない。
刺客が来るかもしれない。
そんな時でもエレナの祝福さえあれば、マルヴィンは何の不安もなく日々を過ごせる。
(どうにかして元老院を説得しなければ……!)
マルヴィンが脳内で策を練っていると、一人の大臣が彼を指差して言った。
「ところでマルヴィン殿下は、なぜ胸当てを身につけておられるのですか? ここは王宮の中で、誰も殿下を害そうとはしませんのに」
周囲から忍び笑いが漏れて、マルヴィンは屈辱で頭が沸騰しそうだった。
(くそっ……! エレナのせいだ! あいつさえいれば、怪我に怯える生活から解放されるのに!)
エレナを失って以来、マルヴィンはどこへ行くにも鋼鉄製の胸当てを手放せなくなってしまった。
どこからか弓が飛んできて、それが心臓に命中するのではと想像すると怖くてたまらないのだ。
脚を矢で貫かれた時でさえひどい痛みだった。
もう二度とあんな激痛を味わうのはごめんだ。
マルヴィンが怒りで震えていると、向かい側の席で静かに聞いていたハジィズが「私も発言してよろしいですか」と片手を挙げる。
「どうぞ、ハジィズ殿下。マルヴィン殿下はお座りください」
ガスール公爵に冷ややかに促されて、マルヴィンは仕方なく着席した。そして入れ替わるようにしてハジィズが立ち上がり、書類を手にしながら言った。
「かねてから工事を進めていた魔導列車ですが、来春より王都から南都まで開通する目途が立ちましたことをご報告いたします」
「なっ……!」
マルヴィンは息を呑み、異母弟の前に置かれた書類を奪い取った。
(そんな馬鹿な! 動力源の確保が困難で、工事は中断されていたはずだ)
魔導列車は魔石をエネルギー源として走る乗り物である。
しかしランドルト王国は資源が乏しく、魔石もほとんど採掘されないため、魔導列車の企画自体が夢物語のように扱われていた。
誰もが無理だろうと諦めていたのだ。
(それをどうやって……)
書類をよく読むと、レニア魔鉱で採掘される魔石を使用すると書いてある。
「さすがハジィズ殿下だ! 竜王陛下から契約をもぎとったのですな!」
「あの気難しい王からよくぞ……!」
「これで我が国の魔道具開発も一気に進みますな」
「我がガスール家は、ハジィズ殿下を王太子として推しますぞ」
ガスール公が得意げな顔で言い、マルヴィンは自分が嵌められたことをようやく知った。
(だからあの時、ガスール公は兵を出さなかったのか……!)
マルヴィンが五年もかけた戦争から一旦王都へ帰還し、竜王にとどめを刺すためにレニアに戻った際、ガスール公爵は援軍を送ってこなかった。
あの時すでにガスール公は――いや、元老院は、マルヴィンを切り捨てていたのだ。
ハジィズは淡々と、採掘される魔石をどれくらいの価格で買い取ったか、また魔導列車に必要な量はいかほどかを説明している。
異母弟が自分の功績を誇らず涼しい顔をしていることも、マルヴィンは気に食わなかった。
議会が終わるや否や、マルヴィンは広間を出て廊下を歩いているハジィズを追いかけた。
「おい! 待て、ハジィズ!」
ぶしつけに怒鳴るような声をぶつけたものの、振り返ったハジィズの顔は平静だった。
まるで何もかも見通しているようで、さらにマルヴィンの怒りが燃え上がる。
「お前っ……、最初から僕を出し抜くつもりだったのか!?」
マルヴィンは、レニアを魔鉱山ごと奪うために戦争を仕掛けた。
しかしハジィズはその裏で、レニアから魔石を買うために策を巡らせていたのだ。
マルヴィンからすると、自分の苦労や努力がハジィズのせいで水の泡になったように感じ、恨まずにはいられない。
怒りのままに胸倉を掴もうとしたが、ハジィズはマルヴィンの手をばしりと払いのけた。
「私は兄上が戦地にいた五年間、何もせずただ傍観していた訳ではありません。私なりに最良だと思う策を実行しただけです」
「最良だと? 僕が五年も苦労していた間、お前は人を踏み台にすることしか考えてなかったんだろうが! さぞかしいい気分だろうな、元老院のじじい共はお前を王太子に推すつもりなんだから」
マルヴィンが恨みがましく叫ぶと、ハジィズは呆れたように長い溜め息を漏らした。
「もっと冷静になられてはいかがですか? 五年もたったのに結果を出せなかった兄上と、竜王との契約に成功して事業の目途を立たせた私。元老院がどちらを選ぶかは明らかでしょう。兄上に必要なのは、自分を客観的に見つめる視点です」
マルヴィンが自分を客観視できていれば、どれだけエレナに残酷なことをしていたのか気づいたはずだ。
しかし彼は自分のことしか考えられず、結果的に何もかも失いつつある。
ハジィズが凍り付くような視線を向けると、マルヴィンは恐れるように一歩下がった。
そしてハジィズは一度も振り返ることなく異母兄の前から立ち去った。




