21 ジルの祝福
ジル様の呆れた声を聞きながら、私はカウンターの中に戻った。
「とりあえず血行をよくする薬草茶をお出しします。飲んでみてください」
棚にずらりと並べられた瓶から数種類の薬草を取り出し、それらを熱湯の中にいれて魔力を注ぎながらマドラーで軽くかき混ぜる。
これは肩こりがひどい時に私もよく飲んでいるから、薬草は常に欠かさないようにしていた。
最後に網でこしたら完成だ。
「熱いので気を付けてお飲みください」
「どうも……。本当に熱いですね」
カップを受け取ったクラウスさんは、ジル様をちらりと見て、「頼みます」と小声で言った。
「しょうがない奴だな」
ジル様はしぶしぶといった様子で手を伸ばし、クラウスさんが持っているカップにそっと手をかざす。
すると小さな氷の塊が何個か現れて、お茶のなかにとぷんと沈んだ。
「陛下は魔力で氷を作りだせるのですね……! 初めて見ました」
「クラウスは猫舌なんだ」
「だから弱みをバラさないでくださいと……。おや、肩が温かくなってきました」
お茶を飲んだクラウスさんは、不思議そうに肩に手を当てている。
「血行がよくなったからです。今から数分は温かいままだと思いますよ」
クラウスさんに説明しつつ、今度はジル様をじっと見つめる。
「陛下は……」
「さっきから気になってたんだが、どうして陛下と呼ぶんだ」
どうしてと訊かれても。
私は返答に困ってしまい、思わず口を閉ざした。
(私がジル様に馴れ馴れしくしたら、クラウスさんが嫌がると思ったんだけど)
一人の女性を特別扱いできないジル様だから、私も彼に対して一線を引いた結果、「陛下」呼びになったのだ。
「今まで通り、ジルと呼んでくれ」
「……いいんですか?」
確認のためにクラウスさんをちらりと見れば、彼はお茶を飲みながら「いいですとも」と答えた。
「陛下の幸せが私の幸せです。陛下の望みを叶えて差し上げてください」
クラウスさんを見るジル様の顔には、「平然と白々しい嘘をつくな」と書いてあった。
でもとりあえず許可は出たので、安心して口に出せる。
「ジル様は全身に軽い炎症が起きていますね。かなりだるいのではないですか?」
ジル様に祝福の力を使うと、彼の体の周囲にはごく薄い赤い膜が張っている。まるでオーラのように見えるけど、あれは多分、全身に不調が出ている証だろう。
かといって、風邪のように熱があったり咳が出ていたりはしない。
(何の病気? 全身に不調があるのに熱もないなんて、初めて見たわ)
首を傾げていると、ジル様が苦笑しつつ言った。
「これは魔力が強すぎるせいで起きる弊害なんだ。いつものことだから、気にしないでくれ」
「陛下は『無尽蔵の魔力』の祝福を持っているんですよ。湧き水のようにこんこんと魔力が生み出されるので、たまに体内に篭って不調をきたすようですね」
「湧き水のように……。ということは、作りすぎた魔力を外に排出すればいいんですね? 少しお待ちください」
またカウンターの中に戻り、棚からいくつかの瓶を取り出す。
(私は五年間を無為に過ごしていた訳じゃないわ。塔の庭で数百種の薬草やキノコを栽培してきた)
それらの効能は全部頭に入っている。
きっとジル様の症状に効く薬草茶をブレンドできるはずだ。
まず魔力の排出を促すラモン茸。
これは古い樹木の根元に群生するキノコで、傘の部分は真っ赤で妖精が住んでいそうな可愛い見た目だけど、実は毒がある。効能があるのは茎の部分だから、傘は丁寧に取り除いて捨てる。
そして炎症を抑えるベニレンゲの花弁、最後にラモン茸のえぐみを消すヤクゴケという青紫色の特殊な苔を入れる。
さっきと同じ要領で魔力を溶かし込みながら煮て、籠でこしたら完成だ。
「ジル様、どうぞ」
どきどきしながらカップを渡すと、彼は躊躇いなくごくりと飲んだ。
様子を見ていたクラウスさんが「うわ」と驚いた声を上げる。
「熱くないんですか?」
「お前と一緒にするな」
ジル様はまた呆れた様子で言ってから、ハッとした顔で自分の手の平を見つめた。
握ったり開いたりしている。
「本当によく効くな……。体が軽くなった」
「せっかくですから、薬草茶を買っていきましょう。ここまで効くお茶は、エレナさんしか作れないでしょうし」
「え……。いえ、国王陛下からお代をいただく訳には」
こういう物は献上品扱いになるんじゃないだろうか。
私が首を横に振っていると、ジル様が言った。
「金銭に関することは、身分に関係なくきっちりやった方がいい」
「そうですよ。国王と宰相が効能を認めて買ったとなれば、ますます客は増えるでしょうからね。エレナさんはもっと商魂をむき出しにすべきですよ」
「そう……かもしれないですね。分かりました、代金をいただきます」
二人が大量に薬草茶を買ってくれたので、その代金だけで三日分の売り上げになった。
そして二人はフードを被らずに店から出てしまったから、国王と宰相御用達の店として勝手に噂が広まったのだった。




