19 薬売りのヒント
クラウスさんは、私の新居を王都の中に用意してくれた。
城からはそう離れておらず、かつ雑踏からは隔絶された場所にあり、昼でも喧噪は届かない。
大通りから路地に入って少し進んだ先にある、隠れ家みたいなお店だ。
何よりも気に入ったのは、歩いて海まで行けることだった。
十二~三分歩くと海に着くので、晴れた日は毎日のように通って木陰で昼食を取っている。
「毎日通えるほど暇なのは、問題なのかもしれないけどね……」
ふふっと笑いつつ、家で作ってきたサンドイッチにかぶりつく。
私の住居は家とお店が合体していて、一階は作業部屋と薬局、そして二階を住処にしていた。
家の裏には小さな森が広がっているから、そこで薬草を採取し、家に持ち帰って薬を作る生活だ。
でも今のところお客さんは来ていない。
店がオープンした頃に何人か外から様子を見ていたけど、
「陛下が聖女を連れて来たんだって」
「じゃあよく効く薬を作るんじゃないの?」
「でもランドルトから来た聖女みたいだし……」
「信じていいのか分からないよね」
とぼそぼそ話し声がしただけで、店の中には入ってこなかった。
(どうしたら信用してもらえるのかな……)
考えながら石段を上がっていくと、お店のドアの前を女の子がうろうろしている。
一見すると人間に見えるけど、頭に生えたふわふわのウサギの耳が困り果てたようにぺたんと寝ていて、私は思わず「どうしたの」と声を掛けた。
「私のお店に何かご用?」
そう言うと、女の子は驚いたのかぴょんと飛び上がり、恐る恐る振り返った。
年齢は七歳くらいだろうか。
私は女の子をじっと見つめて、祝福の力を使った。でも赤いモヤは全く見えず、思わずホッとして息を吐く。
「あなたはどこにも怪我をしていないみたいね。ご家族に何かあった?」
「えっ、何で分かったの?」
「ちょっとね……」
説明が難しくて苦笑していると、女の子がおずおずと手の平を開いて見せる。
そこには汗でびっしょり濡れたコインがあった。
きっと急いで走ってきたのだろう。
「あのね、お母さんが手が痛いって言うから……、お薬がほしいの」
「手が痛い? 怪我をしてるの?」
「うぅん、血は出てないの。でも爪のとことかひび割れて、ガサガサしてる」
「手荒れがひどいのね。ちょっと待ってて」
私は店の中に入って、小さな缶を二つ手にした。
(軽い手荒れならハンドクリームでいいけど、ひどいようなら回復薬の方がいいわね)
でも問題なのは、女の子が持ってきたお金では両方は買えないことだ。
そして今回はお母さん本人は不在なので、手荒れの状態が確認できない。
「それなら試供品を渡せばいいんだわ」
前世では当たり前だった試供品だけど、この世界ではまず見ない。品物は買うのが当然という考え方なのか、『買う前にまず試す、気に入ったら買う』ということがないのだ。
直径が四センチほどの蓋つきの缶に、それぞれハンドクリームと軟膏タイプの回復薬を入れて、店の外で待つ女の子に渡した。
「お試しを二つ用意したから、お母さんに渡してね」
「こ、これ、貰っていいの?」
試供品を初めて目にした女の子は、瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開いている。
「いいよ。使ってみないと、どういう薬が合ってるか分からないでしょ? その代わり気に入ったら買いにきてね」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
ウサギの子は文字通り跳ねるようにして嬉しそうに帰っていき、私はピンと来て急いで店に戻った。
「今のがヒントなんだわ。試供品を用意して、私が作った薬の効果を実感してもらえばいいのよ!」
今までは、私という人間を信用してもらうにはどうしたらいいのかと悩んでいた。
でもここは薬局なんだから、どれだけ効く薬を売っているのか証明すればよかったのだ。
翌日から、私は店の外に台を置いて、そこに回復薬の試供品が入った籠を乗せた。
「飲み薬は警戒されそうだから、試供品は軟膏タイプの方がいいわよね」
台には「お試し品です。おひとり様一個まで」と書いた板も置いておいた。
朝に籠を置いて夕方に回収することを続けると、確かに誰かが持っていっているようで、試供品がどんどん減っていく。
たまに誰かが何個も取ろうとすると、木の枝から見ていた小鳥が飛んできてその誰かを突くらしい。
店の外から「いて、いてて、分かったよ」という声が聞こえるたびに、私は笑ってしまうのだった。
(きっとジル様が、様子を見るように小鳥に頼んだのね)
城から店に移る日、ジル様は私に「クラウスがひどいことを言ったようで、申し訳ない。何か困ったことがあったらすぐに連絡してくれ」と謝ってくれた。
でも私としてはクラウスさんの心配はもっともだと思っているから、別に彼を恨んだりはしていない。
未婚の女性が竜王の傍にいては不味いというのは、私でも理解できる。
試供品を置きだしてから三日後、夕方に籠を回収しようとしたら空っぽになっていて、代わりのように手紙が一枚入っていた。
『効き目はもうちょっと弱くていいから、安い薬がほしいです』
私はまたピンときて、それはそうよねと叫びそうになった。
どうして気が付かなかったんだろう。




