17 なかなかいいですね
翌朝、顔を洗ってから簡素なワンピースに着替えて朝食をいただいていると、目の下にばっちりクマを作ったクラウスさんがやってきた。
「よく眠れましたか」
「はい、お陰様で……。あの、クラウスさんは大丈夫ですか? クマがすごいですけど」
「五年間ためまくった決裁の処理が大変でしてね。陛下は何度も寝落ちしそうになってましたし……。私が寝てないのに陛下だけ寝るなんて許せません」
どうやら二人は徹夜したらしい。
(あんな長距離を移動したのに、少しも寝なくて大丈夫なのかしら)
いくら体が丈夫な竜人でも、さすがにきついのでは……。
そんなことを考えていると、クラウスさんが「ところで」と切り出した。
「時間が惜しいのでずばっと訊きたいのですが」
「はい、何でしょうか」
「エレナさんは陛下とどうなりたいのですか?」
「……は?」
どうって――どういうこと?
全く意味が分からなくて固まっていると、クラウスさんはくいっとメガネの位置を直した。
「ジルフォード様は竜王であらせられます」
ええ、そうですね。
なんで分かっていることを確認するのかなと思いつつ頷くと、クラウスさんは続けた。
「その彼とあなたは二人きりで何日も過ごした訳ですが、恋人になりたいなどと考えたりしましたか?」
「ま、まさか! 命を助けてもらったから感謝してるだけで、陛下とどうこうなろうなんて思ってません」
「少しも? あの美形とずっと一緒にいたのに?」
「はい、少しも」
確かにジル様は端正な顔をしているけど、今の私は誰かと恋人になろうなんて望んでいない。
やけにしつこく確認するわねと考えていると、クラウスさんは言った。
「我が国にも令嬢はたくさんいますが、陛下の顔と地位に群がる愚者が多くて困っているのです」
(ぐ、愚者?)
なんて分かりやすい悪口だろう。
「つまり陛下がモテすぎる現状に辟易していて、私もその愚者の一人じゃないかと疑ってるんですね?」
「まぁ端的に言うとそうなります。これ以上、愚者を増やしたくないのです」
クラウスさんの心配は理解できるけど、このまま問答が続くと疲れそうだ。
私は切り札を出すことにした。
「いずれ知られてしまうから言いますけど、私はマルヴィン殿下の婚約者でした」
当然ながらクラウスさんは知らなかったようで、目を丸くして私を見ている。
「マルヴィン王子の婚約者は、ミラベルという伯爵家の娘ではなかったですか?」
「ええ、そうですよ。私は騙されていたんですが、マルヴィン殿下は堂々ときみと結婚する気はないと私に言いました。そしてずっと塔の中で薬を作れと命令されたので、絶望して川に身を投げたんです」
本当は塔に幽閉されたまま、祝福を授け続けろと言われたことの方が絶望が深かった。
でもあの危険な祝福のことはジル様以外、誰にも話したくない。
「先ほど助けてもらったと言ったのは、川に身を投げたことだったんですね」
「ええ。せっかく助かった命だから、今は聖女としての役目を果たしたいんです。しばらくは誰かと恋仲になろうなんて、考えたくもありません」
「……確かにエレナさんの立場なら、そう考えるのは妥当ですね。あなたを信じましょう」
クラウスさんは顎に片手を当てながら言ったものの、「しかしですね」と眉根を寄せた。
「お二人の意思がどうであろうと、陛下が若い娘を連れてきて城に部屋を与えている訳です。これは外部の者が見れば、陛下はエレナさんを妃にするつもりなのでは、と疑いたくもなるでしょう」
どうやらクラウスさんは、私を城の中に置いておきたくないらしい。
彼の意見も一理あるので私はしばし考えた。
(薬を作る場所なんてどこでもいいわよね。材料と器具さえ揃っていればいいわ)
「クラウスさんが仰りたいことはよく分かりました。では私は城から出ますが、条件があります」
「条件、ですか。どのような?」
メガネの奥の瞳が、何か面白いことでも見つけたかのようにキラキラしている。
(この人はきっと論戦が好きなタイプなんだわ)
ジル様にとっては心強い味方なんだろうけど、私としては少し疲れる。
「私がリジェリアに来たのは、陛下が聖女を望んだからです。私は薬を作るために呼ばれたのですから、そのための場所と道具はご用意していただきたいです。……まさかこのまま放りだしたりはしませんよね?」
念を押すように言うと、クラウスさんは愉快そうに「ふふふ」と笑った。
「なかなかいいですね、エレナさんは。今までに見なかったタイプですよ」
よく分からないけど、褒めているらしい。
(クラウスさんと交渉できたのは、前世の記憶を取り戻したからよ。以前の私だったらびくびくオドオドして、「どうしたらいいですか?」とか言ってたでしょうね)
世間から隔絶された状況にあった私が、宰相という地位のクラウスさんと同等に論戦できる訳がない。
前世の私は二十九歳で死んでしまったけど、会社員として七年も働いた経験が活かされたのだ。
「分かりました、あなたの住まいと薬作りの道具はこちらで手配します。薬草などはどうしますか?」
「薬草は自分で採取するので不要です」
「……では森に近い場所にしましょうかね。たくましいですねぇ、大変結構ですよ。エレナさん」
クラウスさんは上機嫌で部屋を出て行った。
「何だったのかしら……」
一人きりになった部屋で、私はずるずるとソファに座った。
部屋に来るなり城から出るように諭されたり、そのくせなかなかいいと褒められたり。
でも最後には「たくましい」と言われたくらいだから、悪い結果ではないのだろう。
「まあ、なるようになるでしょ」
今まで地獄を味わってきたのだから、あれより悪いことにはならないはずだ。
ここから私の人生は上向くと信じて頑張っていこう。




