15 エレナを探し出せ
マルヴィンは、片膝をついて報告する騎士に詰め寄った。
「脱走だと!? いつだ!」
「そ、それが……室内を調べましたところ、少なくとも三日前には塔を出たのではないかと」
「三日前……」
マルヴィンが王都に帰還し、エレナに「ずっと塔で暮らせ」と命じた日だ。
会いに行った直後に脱走したというのか。
「どうやって逃げたんだ。三日前に僕は塔に行ったが、ちゃんと見張りは立っていたはずだ」
薬作りしかできないエレナが、あの塔から逃げた?
一階は高い塀で覆われて、二階のバルコニーの下は深い川だ。
(まさか塀をよじ登ったのか?)
マルヴィンが方向違いの想像を働かせていると、近衛騎士が躊躇いがちに口を開いた。
「バルコニーの手すりの前に、椅子が置いてありました。エレナ嬢はそこから身を投げたのだと思われます」
「身を……」
死ぬつもりだったのか。
マルヴィンが愕然としていると、報告を隣で聞いていたミラベルが口を挟んだ。
「あの高さから落ちて生きているとは思えませんわ。死んだのではないですか?」
マルヴィンは一瞬、ミラベルの言う通りだと考えかけた。
しかしどうしても腑に落ちない事実が引っかかり、彼は肩を見下ろしながら「そんなはずはない」と呟いた。
「確かに生きているとは考えにくいが、今日の昼まではまだエレナの祝福は有効だったはずだ。肩の怪我は軽傷で済んだからな……。エレナはどこかで生きていて、誰かに祝福の解除方法を聞いたんだろう」
どこの誰かは知らないが、余計なことをしてくれたものだ。
マルヴィンが苛立ちでぎりぎりと歯噛みしていると、テント入り口の布が開き、忌々しい顔がひょこりと覗いた。
「お久しぶりです、マルヴィン兄上」
ただでさえイライラしているのに、どうしてこいつが僕の前に現れるんだ。
マルヴィンは感情を隠そうともせず、ハジィズに「帰れ」と言い放った。
「僕は今、忙しいんだ。お前の相手をしている暇はない」
「そうですか、残念だなぁ……。エレナさんが失踪したと聞いたので、手掛かりになる物をお持ちしたのですが」
そう言うハジィズの手には、エレナが塔の中でいつも着ていたエプロンが握られている。
マルヴィンは思わず異母弟に近づき、彼の胸倉を掴んだ。
「どこで見つけた!? お前が脱走の手引きをしたのか?」
「まさか。私はこれをロト山に繋がるふもとの道で見つけたんですよ。イフルの祝福はご存じでしょう?」
ハジィズの後ろには、フードを被った小柄な少年が立っている。
追跡の祝福を持つ、従者のイフルだ。
「イフルの祝福は知っているが、その情報が嘘ではない証拠はあるのか?」
「ありません。だから信じるも信じないも、兄上の自由ですよ」
ハジィズはのんびりした口調で言い、胸倉を掴むマルヴィンの手から逃れた。
「たまには兄上のお役に立とうかと思い、ここに来たのです。用件は済んだので失礼しますね」
優し気な口調で言い、マルヴィンの手にエレナのエプロンを押し付けて去っていく。
(獣人の祝福に頼るとは情けない奴め。人族としての誇りを持たないお前に負けてたまるか!)
マルヴィンはしばらく異母弟が消えた方向を睨んでいた。
二人の会話を聞いていたミラベルはそっとマルヴィンに近づき、彼の腕に手を添わせた。
「もうエレナのことはほっておきましょう。わたくしがマルヴィン殿下を回復させますわ」
ミラベルとしては、王子の婚約者として役に立つ提案をしたつもりだった。
しかしミラベルを見下ろすマルヴィンの瞳は凍てつきそうなほど冷たく、ミラベルはひっと息を呑んだ。
「僕は先ほど脚を矢で打たれたが、どれだけ痛かったかお前に分かるか?」
「……」
ミラベルは微かに体を震わせながら、首を横に振った。
マルヴィンと婚約してから九年経ったが、こんな乱暴な口調で話しかけられたのは初めてだった。
ショックで何も言えないミラベルに、マルヴィンはなおも言葉を重ねた。
「命に別状はない傷でさえ、癒やすのに何分もかかっているじゃないか。その間、僕はずっと酷い痛みに耐えているんだぞ! 今後ずっと怪我をする度に痛いなんて耐えられない……!」
早口でまくし立てたマルヴィンは、周囲に控える騎士に向かって命じた。
「絶対にエレナを探し出せ! 特にロト山と神殿は念入りに捜索するんだ!」
祝福の解除方法は、普通の貴族ならまず知らない。
知っているとすればマルヴィンのような祝福を持つ人間か、神殿の関係者だけだろう。
マルヴィンはエレナ捜索の指揮を取るためテントを出ていき、ミラベルは呆然としたまま婚約者の背中を見ていた。




