14 祝福が切れた王子
王都に帰還してから三日間、マルヴィンは充分な休養を取った。
戦いで疲弊した兵士をねぎらうために酒を振舞い、軍事訓練もせずに休ませた。
そして四日目の早朝に王都を発ち、レニアまで行軍し、現在は前線基地で報告を受けている。
「竜王は見つかったか?」
「いえ、まだです。三日前からずっと捜索中ですが……。竜王は特殊な体をしているのか、出血もすぐ止まったようで足取りが掴めていません」
「レニアにいないのは確実なんだな?」
マルヴィンが念押しのように問うと、兵士は深く頷いた。
「それは間違いありません。間者の報告によると、敵の基地にも戻っていないようです」
マルヴィンは軍事用のテントから出て、空を見上げた。
日は沈みかけているが、あと三時間は明るいままだろう。
(隠密行動をするなら夜が鉄則だ。竜王が戻るとしたら夜間で間違いない)
もたもたしていたら、今夜にでもあの男は戻ってくるかもしれない。
「精鋭だけを何十人か集めろ。僕たちだけで敵の前衛部隊を叩くんだ」
「は……、少数精鋭で攻めるのですか? ガスール公の部隊が来るまで待った方がいいのでは……」
ガスール公爵は元老院の筆頭だ。
元老院は十人の大臣によって構成される諮問機関で、国内外の政治や貴族に関する調査と審議を行い、国にとって利となる決定をくだす権限を持つ。
マルヴィンが王太子となるには、彼らの承認が必須だった。
(筆頭のくせに援軍も送って寄こさないとは……! あのくそジジイめ)
マルヴィンは舌打ちして兵士に告げた。
「公の援軍を待っていたら日が暮れる。いいか、竜王が戻るとしたら夜だ。奴が不在で敵軍の士気が下がっている今が絶好の機会なんだ。分かったらさっさと精鋭を集めろ!」
「はっ……!」
兵士は慌てて下がり、数分後にはマルヴィンの元に三十名の騎士が集結した。
「今から敵軍に対し、投降を呼びかける。竜王はもう死んだ、無駄な抵抗はやめろと説得するんだ。応じないようなら、僕が単騎で前衛を叩く」
「マルヴィン殿下がお一人で、ですか?」
「さすがに危険なのでは……」
マルヴィンはざわめく騎士に向かって片手を振り、余裕のある表情で言った。
「恐れるな、僕には神のごとき祝福がある。どんな攻撃だろうと死なない。お前たちは安心して僕の後に続けばいい」
騎士たちが納得した顔で頷き、マルヴィンは彼らに「行くぞ」と力強く告げた。
戦場は広い草原だった。
隠れる場所はほとんどなく、最前線には土嚢で作った壁がある。
マルヴィンは積み上げられた土嚢の上に立ち、「聞け!」とレニア軍に向かって叫んだ。
「お前たちの将、竜王は死んだ! 無駄な抵抗はやめて投降せよ!」
草原には壁がないので、マルヴィンの声は風に乗るだけで響いたりはしない。
しかし確かに声は届いたようで、敵軍の方から「黙れ」、「卑怯者が」という叫びが聞こえてきた。
マルヴィンが同盟という嘘の話を持ち掛けて竜王を呼び出し、怪我を負わせたことを彼らは知っているのだ。
だがどれだけ卑怯な手口だろうと、大将が死ねば戦争は終わる。
マルヴィンは高らかに叫んだ。
「今すぐ投降するのであれば、お前たちをランドルト人として認めよう!」
それは獣人族にとって屈辱的な言葉だったのだろう。
敵軍の前線はたちまち殺気立ち、彼らは弓を引き絞り始めた。
「マルヴィン殿下、矢が来ます!」
騎士の一人が言ったが、マルヴィンは泰然と敵軍に向かって歩き始めた。
「案ずるな。矢の方が僕を避けて飛ぶはずだ」
実際、これまではそうだった。
今日の昼、レニアに移動する途中でも奇襲を受けたが、矢はまるでマルヴィンを避けるように当たる直前で軌道を変えた。
神の力が働いているとしか思えない動きで、マルヴィンの肩には擦り傷しか残っていない。
(打ってみろ。お前たちの矢が無駄になるだけだ)
マルヴィンが避けるべきは、頭と心臓を狙った攻撃だけだった。
致命傷以外は気にしなくていい。
悠然と歩いていたマルヴィンは、すでにエレナの祝福が切れていると気づいていなかった。
そして一人の兵士が放った矢がマルヴィンの脚を貫いたことで、ようやく異変を知ったのだった。
「ぐあっ……!」
まるで火で焼いた鉄の棒が突き刺さったような痛みだった。
マルヴィンは激痛に倒れ、矢が刺さった太ももに手を当てながら草原の中をのたうち回った。
「い、痛いっ……、痛い痛い痛い! ぐあぁ!」
「マルヴィン殿下!」
「たっ、退却! 退却だ!」
騎士たちが慌てて駆け寄り、太ももに矢が刺さったマルヴィンを土嚢の後ろまで運ぶ。
「聖女を呼べ! 急げ!」
「まて、ここは危険だ。マルヴィン殿下をテントまで運んだ方がいい!」
すでに土嚢の辺りまで矢が届いており、ここにミラベルを呼べば彼女も怪我をするのは確実だった。
戦場で戦う兵士にとって、回復を担う聖女を失うのは死と同義だ。
マルヴィンは担架に乗せられ、ミラベルが控えるテントまで運ばれた。
「殿下、しっかりなさってください!」
ミラベルがマルヴィンの体に両手をかざすと、彼女の手から光が溢れて、じわじわと傷を癒やしていく。
「ぐぅ……っ、は、早く治せ! ミラベル!」
「そ、そう申されましても」
「エレナの回復薬はもっと即効性があったぞ! 急げ!」
痛みが薄れて余裕が出てきたのか、マルヴィンの言い方は露骨だった。
ミラベルは屈辱に唇を噛みしめながら回復魔法を掛け続け、やがて矢は脚から抜けて傷は完全に塞がった。
「治ってよかった……」
「もう無謀なことはおやめください、マルヴィン殿下」
騎士たちが口々に言っても、マルヴィンは俯いて地面を睨んでいる。
やがて彼は「おかしい」と呟いた。
「こんな深い怪我は初めてだ。エレナの身に何かあったのか?」
その時テントの外がにわかに騒々しくなり、一人の騎士が飛び込んできた。王都にしかいないはずの近衛騎士の服を着ており、マルヴィンは思わず立ち上がった。
「何事だ」
「ご、ご報告いたします! エレナ嬢が塔から脱走したとのことです!」
「なっ……!」




