13 リジェリアへ
「お前がマルヴィンを憎むのはなぜだ」
とうとうジル様が誤魔化しのない問いを口にして、私はハラハラしながら会話の行方を見守った。
(ジル様が取り引きに応じたら、王子同士の殺し合いになるかもしれない……)
ハジィズ殿下はその覚悟があるんだろうか。
固唾をのんでいると、ハジィズ殿下は「見てもらうのが早いですね」と言った。
そして頭に手を伸ばして、左目を隠していた眼帯を取り外す。
(……!)
現れた左目を見て、私は思わず手で口元を覆った。
右目はマルヴィン殿下と同じ黄緑色なのに、左目は灰色に濁っていて何も映していない。
明らかに失明している。
「毒のせいか」
ジル様が静かに問うと、ハジィズ殿下は頷いた。
「眼球はありますが、左目は何も見えません。五歳の時に失明しました。王妃に毒を盛られたからですが……、同じ日に私の母も毒によって命を落としています」
ハジィズ殿下は目を閉じて、左手をそっと失明した方に当てた。
「三日三晩も毒の後遺症で苦しんで、ようやく生還した日に母が死んだと告げられました。毒を盛った王妃、その人からね。彼女は愉快そうに笑っていましたよ……。命は助かったけど、その目では大したことはできないでしょうとね」
顔を上げたハジィズ殿下は、仄暗い微笑を浮かべていた。
背筋がぞっとするような笑みだった。
「私は片目を失いましたが、同時に毒を無効化する祝福を得ました。今まで無事に生きてこられたのはこの力があったからです。祝福を得た日に、母に誓ったのですよ……。絶対に生き延びて、王妃を地獄に落としてやると」
「……なるほど。王妃はマルヴィンを王太子にするために、お前を殺そうとした。そのお前が王太子になったら、王妃はさぞかし悔しいだろうな」
「これまでの努力が水の泡になりますから、発狂するかもしれませんね」
「だからマルヴィンを追い落としたい訳か。お前にとっては王妃もマルヴィンも敵か……」
ジル様はしばし考えこみ、私が隠れている方をちらりと見た。
「なら会わせても問題はないな。もう出てもいいぞ」
突然話しかけられて、私は収納庫の中でびくりと体を揺らした。
そしておずおずと扉を開く。
私の姿を見たハジィズ殿下は、「あなたは」と驚いた顔で呟いた。
「エレナ嬢ですね? 兄が塔に幽閉していた……。助けられなくて、申し訳ありませんでした」
頭を下げられて、私は首を横に振った。
「いいえ。ハジィズ殿下も大変な目に遭われたのですから、気にしないでください。今はこうして自由になれましたし」
私が言うと、ハジィズ殿下は「そうだ」と呟いて顔を上げた。
「どうやってあの塔から脱出できたのですか? 兄は見張りまでつけていましたよね」
「……二階から川へ飛び込んだのです。死にかけましたが、竜王陛下が助けてくださいました」
すると黙って聞いていたジル様が、「ハジィズ」と殿下を呼んだ。
「エレナの祝福はすでに解除している。ここに彼女が着ていた服があるから、これを使ってマルヴィンを撹乱してほしい」
「国外逃亡までの時間稼ぎをするのですね? 確かにエレナ嬢を失ったとなれば、兄は必死で探すでしょう。見当違いの場所を探させたら面白そうです。こことは真逆の位置にある、ロト山で見つけたとでも言っておきましょうかね」
ハジィズ殿下は物騒なことを言いながら、クスクスと笑っている。
(私よりも恨みが深そうだわ……)
何しろ彼は母親と片目を失っている訳で、その恨みつらみは簡単に言葉では表現できないだろう。
背中に変な汗をかいていると、ジル様が私が着ていたエプロンを持ってきた。
「最後に一つだけ質問がある。お前が答えたら契約に応じよう」
「なんでしょうか」
エプロンを受け取ったハジィズ殿下が答えると、ジル様は殿下を訝し気に睨みながら言った。
「なぜここが分かった? 俺は気配を消して潜伏していたはずだ」
「ああ、それは」
ハジィズ殿下は言いながら、視線を従者の方に向けた。
「私の側近の祝福を使ったのです。イフル、顔を見せなさい。ここにはお前を蔑む人間はいないよ」
名を呼ばれた従者は、おずおずとフードを取った。
十代前半くらいの少年で、頭には狼の耳が生えている。
「狼人族か。ランドルトでは生きにくいだろうに」
「王妃と兄が獣人を毛嫌いしているので、我々は肩身が狭いのですがね。でも有能な人物を使わないなんてもったいない話です」
ハジィズ殿下はそう言いながら、イフルの頭を優しく撫でた。
「イフルは『追跡』の祝福を持っています。物に触れると、所有者が今どこにいるのか追跡できるのです」
「それで俺の居場所が分かったと?」
「はい。竜王陛下は同盟締結の席で襲われた際に、傷を負いましたよね。血も追跡の対象になるので、居場所が分かりました」
「……同盟など、嘘ばかりだったな。信じてのこのこ出ていった俺が馬鹿だった」
ジル様は溜め息まじりに言ってから契約書にサインをして、ニッと笑った。
「お前のことは気に入った。復讐に囚われた危うい王子かと思ったが、有能な獣人を取り入れる柔軟さもあるようだ。お前がランドルトの王になれ」
ハジィズ殿下は頭を下げつつ契約書を受け取る。
「ありがとうございます。もったいないお言葉です……。竜王陛下のご期待に応えられるよう、尽力いたします」
そして顔を上げて、私に視線を向ける。
「エレナ嬢はこれからどうしますか? あなたを匿うことも可能ですが」
突然問いかけられて、私は返答に詰まった。
(匿ってもらえるのは有難いけど……)
可能なら、ランドルトから出たい。
考え込んでいるとジル様が言った。
「エレナは俺がリジェリアに連れて行く。エレナさえよければ、だが」
「リジェリアにですか? しかしランドルト人は恨まれているのでは……」
ハジィズ殿下が躊躇いがちに言ったものの、私の意思はほぼ決まっていた。
(たとえ恨まれていようと、この国にいるよりは安全なはずよ)
ランドルトにいる限り、私はマルヴィン殿下の追跡に怯えながら暮らさなければならない。
「リジェリアには神官も聖女もいない。獣人族は丈夫な体を持つが、聖女のきみがいてくれたら助けになるはずだ」
ジル様はそう言うと、片手をすっと私の方に伸ばした。
「どうか一緒に来てくれ」
私は深く頷き、彼の手を取った。
「分かりました。私はジル様について行きます」
こうして私のリジェリア行きが決定したのだった。




