12 第二王子
台所には一通りの道具が揃っていて、薬研はないもののすり鉢はちゃんと収納されている。
種や花弁、花粉をすり鉢で丁寧に潰し、その粉末を水に入れて煮込む。
木製のへらでかき混ぜつつ私の魔力を流し込むと、仄かに白い光が溢れて、後ろから「すごいな」という声が聞こえた。
「聖女の魔力が溶けているから、即効性があるのか」
「もうすぐ出来上がります」
煮あがった鍋を火から下ろして、籠でこしながら木製の器に入れる。
「熱いので、気を付けてお飲みください」
台所の横に置かれていたテーブルに器を置くと、ジル様は椅子に座ってそれを飲み始めた。
「作ったばかりだと、少し苦いんだな」
「いつもは材料を干してから作るんですが、今回は生のまま使ったので……。味はちょっと違うけど、効能は同じはずです」
「ああ、確かにな。もう効いてきた」
飲み終わった彼は立ち上がり、腰の辺りのシャツのボタンを外して何かごそごそしている。
しばらくして振り向いたジル様の手には、長い包帯が握られていた。
「毒のせいで治りが悪くて困っていたんだ。ありがとう、エレナ」
「お役に立てて光栄です」
私は軽く頭を下げながら、毒とは何のことだろうと考えた。
(誰かに毒を盛られたからここに逃げてきたのかしら?)
後で訊いてみようと思いつつ後片付けをしていると、窓からコツコツと音がする。
何かと思えば水色の羽の小鳥がいて、必死に窓を突いているのだった。
「何でしょう。お腹が空いているのかしら」
「いや、俺に用があるらしい」
ジル様が窓を開けると、小鳥は彼の指にちょこんととまった。
野生の鳥なのに、まるでジル様が飼っているかのように懐いている。
(なんか、可愛いわ……)
小鳥がぴいぴい鳴くのを彼は大まじめに聞いているから、私はほっこりしてしまった。
「そうか、分かった。教えてくれてありがとう」
(……教えてくれてありがとう?)
私の耳には、小鳥はぴいぴい鳴いているだけに聞こえたんだけど。
ジル様はお礼のつもりなのか、小鳥にパンくずをあげている。
開いた窓から小鳥が飛び立つと、彼は私に視線を向けた。
「第二王子ハジィズが近くまで来ているようだ。奴の狙いは俺だろう。エレナは奥の部屋に隠れていた方がいい」
「は、はい。分かりました」
私は大急ぎで使った鍋を片付けながら、ジル様の能力に驚いていた。
(ジル様は動物の言葉が分かるのね。だからたった一人でも危険がないんだわ)
竜王がランドルト国内にいるとマルヴィン殿下が知ったら、絶対に追っ手を差し向けているはずだ。
護衛もいない上に毒を盛られたジル様が無事で生きているのは、動物たちの協力があってこそだろう。
私はジル様に言われた通り、壁に埋め込まれた収納スペースに身を隠した。
日本でいうところのクローゼットだ。引き戸の隙間から辛うじて室内が見える。
じっと息を潜めていると、しばらくして玄関ドアが叩かれる音がした。
「来たな」
ジル様がぼそりと呟き、左手に剣を持って玄関へ向かう。
私は今さらながら、ジル様が私の前では剣を出さなかったことに感謝していた。
(川に落ちた怪しい女なのに、私が怯えないように剣を隠してくれてたんだわ)
もし彼が武装していたら、私は自分の身の上話なんてできなかっただろう。
隠れながら勝手にジル様に感謝していると、玄関の方から会話が聞こえてくる。
「何の用だ、ハジィズ。俺を殺しに来たか?」
ジル様の声は驚くほど低く、殺気に満ちていた。
彼はこんな声も出せたのね、と身震いしていると、他の誰かが話し出す。
「まさか、竜王陛下に私が敵う訳ないでしょう。私は取り引きに来たのです」
この声が第二王子だろう。
(マルヴィン殿下に弟がいたなんて知らなかったわ)
婚約者なのに、私には何の情報も流す気がなかったのだ。
マルヴィン殿下がいかに私を軽んじていたかよく分かる。
「取り引き? お前の兄マルヴィンのせいで重傷を負った俺が、応じると思うか?」
「陛下がそう思うのもごもっともですから、先に条件を出しましょう。もし応じてくださるのなら、私はあなたが無事に祖国へ戻れるように手助けいたします。リジェリアの宰相閣下には、すでに話をつけてありますよ」
かさかさと紙がこすれるような音が聞こえる。
あれは多分、宰相閣下から届いた手紙か何かをジル様に見せているのだ。
「……確かにクラウスの筆跡だ。いいだろう、中へ入れ」
「ありがとうございます」
ハジィズ殿下が言うと扉が閉まり、何人かの足音が室内に響いた。
(二人……いえ、合計で三人いるみたい)
ハジィズ殿下の後ろには、頭からすっぽりとフードを被った人物が立っていた。
従者と一緒に来たらしい。
「それで、取り引きとは何だ。俺に何をさせたい?」
「話が早くて助かります」
そう言ったハジィズ殿下は、左目に黒い眼帯をつけていた。髪の毛は雪のように真っ白で、肌は浅黒い。
(マルヴィン殿下とは全然似ていないわ……)
もしかしたら、異母弟なのかもしれない。
ジル様とハジィズ殿下は、室内で立ったまま話し合いを始めた。
「レニアで採掘される魔石を、我が国で買い取らせていただきたいのです」
「その資金はどこから出すつもりだ? 買い取るのが嫌だから、マルヴィン王子は武力で奪おうとしてるんだろう」
「ご安心を、資金は国庫から出します。すでに元老院の承認も得ております。彼らは五年たってもレニアを陥落できない兄に愛想を尽かしていて、私が話を持ちかけたらあっさりと頷きました。……まぁ、竜王から契約書をもぎ取ってくるのが条件でしたが」
ハジィズ殿下が言うと、フードの従者がまた書類のような物を出した。
ジル様はその二枚の書類――元老院が送った書簡と契約書を見て頷いている。
「やけに手際がいいな。まるでこうなるのを待っていたように見える……。お前はマルヴィンを出し抜こうとしている訳だが、奴は知っているのか?」
「もちろん知りませんよ。知っていたら妨害してくるでしょうから、秘密裏に進めました」
「俺が契約書にサインしたら、奴はお前を殺そうとするんじゃないか?」
その覚悟があっての取り引きか――ジル様は口にしなかったものの、彼が言外に含めた脅しはびりびりと伝わってきた。




