11 祝福解除
「そこまで話させて黙っているのも卑怯だから、俺もきみに名乗ろう。俺の名はジルフォード・リジェリア」
「え……」
名前に国名が付いている。
(ということは、この人は――)
呆然としていると、彼は続けた
「獣人族の国、リジェリアの王だ。皆は俺のことを竜王と呼ぶ」
「……!」
貴人だろうとは予想していたけど、まさか竜王だとは思っていなかった。
(だから見た目が人間に近いんだわ)
普通の獣人は頭に獣の耳があったり、お尻に尻尾があったりするらしい。
でも竜人族は魔力が強くて、かなりうまく人間に化けられると聞いたことがある。
私は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません……! まさか国王陛下だとは気づかず、無礼に話しかけてしまって……」
わたわたして口が上手く回らない。
でも彼は穏やかに笑い、「気にするな」と言った。
「レニアにいなかったのなら、俺が国王だと知る訳がない。俺たちは五年前からレニアでランドルト軍と対峙していたが、将であるマルヴィン王子の怪我が軽すぎておかしいと思っていた。いくら矢を放っても、彼は軽傷だったからな……。きみが怪我を引き受けていたからか。よく五年も耐えたな」
「耐えるべきじゃなかったんです。そしたら戦争はもっと早く終わっていたかもしれません」
最初の頃にもう嫌だと泣きながら拒んでいたら、私はきっと神殿に帰されていただろう。
それを阻止するためにマルヴィン殿下は婚約を持ちかけ、私はまんまと彼の策略に引っかかってしまった。
我ながら馬鹿だったと思う。
私は過去を思い出し、口元に苦い笑みを浮かべた。
「マルヴィン殿下はどうして五年もレニアに拘ったんでしょうか。奪われた土地を戻したいと言っていましたが……」
「――奪われた?」
陛下が怪訝そうに眉根を寄せ、私は何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げた。
「奪われたと、マルヴィン王子が言ったのか?」
「は、はい。そう聞きましたけど」
私が答えると、陛下は忌々し気に視線を強めた。
「それは嘘だ。レニアは元からリジェリアの領土だ」
「……え?」
「恐らく、きみを納得させるために偽の情報を教えたんだろう。レニアには魔石が豊富に採れる魔鉱山がある。奴はそれを狙って戦争を起こしたんだ」
私は怒りのあまり、陛下の言葉は半分ほどしか聞こえなかった。
心臓がどくどくと激しく鼓動して、怒りの熱が全身を駆け巡っている。
(どこまでも私を馬鹿にして……。絶対に許さない)
ぐっと顔を上げ、「陛下」と呼んだ。
「今は陛下と呼ばれるのは困るな。ジルと呼んでくれ」
「では、ジル様。祝福の解除方法をご存じありませんか?」
私としてはジル様が知っていたら助かるな、くらいの軽い気持ちで口にした問いだった。
もし彼が知らなくても、何とかしてリジェリアに入国して、かの国で調べればいい。
しかし私に問いかけられた彼はあっさりと答えた。
「ああ、それは簡単だ。両手を組んで「祝福解除」と唱えればいい」
あまりのあっけなさに、私はしばらく放心した。
(そんな簡単なことだったんだ……)
神殿には何か月かいたのに、誰も教えてくれなかった。
他の聖女も神官も、私のことを『マルヴィン王子のための駒』くらいにしか考えていなかったのだろう。
あるいは私が婚約者になったから、結婚するまで解除は必要ないと考えていたのか。
「どうかしたのか?」
急に放心状態になった私を、ジル様が心配そうに見ている。
私は苦笑して「何でもありません」と答えた。
「あんまり簡単で、驚いただけです。祝福解除」
ジル様に教えられた通りにすると、ぶつんと何かが途切れる感覚があった。
(マルヴィン殿下との繋がりが切れたんだわ)
これでやっと、彼に搾取され続ける人生から解放される。
嬉しくて泣いてしまいそうだ。
お礼を言うためにジル様に視線を向けると、彼の背中の辺りに不思議な赤いモヤが見える。
(あれは何?)
よくよく目を凝らせば、背中ではなく腰のようだ。そこに赤いモヤが集中している。
「もしかして、腰の辺りに怪我をしていませんか?」
ただの勘で口にした言葉だったけど、ジル様は目に見えて狼狽えた。
「どうして分かった? 服で隠れているから、気づかないはずなのに」
「祝福を解除したら、赤いモヤが見えるようになったんです。それでもしかしたらって……」
あの赤いモヤは多分、そこに炎症が起きているというサインだろう。
「祝福は普通、一つだけのはずなんだがな……。時々死にかけたことで祝福に目覚める者もいるらしいが」
ジル様が言い、私はある可能性に気づいた。
(一つの人格に一つの祝福だとしたら辻褄が合うわ。私は死にかけて前世を思い出したから、祝福が二つになったのかもしれない)
でもそれを誰かに説明しようとは思わなかった。
前世の記憶があるなんて言っても、大概の人は信じられないだろうから。
私としても変人扱いされるのはごめんだ。
ベッドから降りて、床に置かれていた靴を履く。
「私に回復薬を作らせてください」
「いや、しかし……病み上がりだろう」
「さっきの回復薬で完治しました。レニアで手に入れたと仰いましたけど、あれは私が作った物です」
「……そうか、どうりでよく効く訳だ。きみは聖女だったな」
「助けてくださったお礼をしたいんです。お願いします」
頭を下げると、ジル様は仕方なさそうに「分かった」と了承した。
すかさずお礼を言って、玄関から外に出る。
「材料はベニレンゲ、ワタゲソウ、そしてアオユリの花粉。どれも今の時期なら生えているはず……」
まず日当たりのいい場所に生えるワタゲソウを取り、次は半日蔭で群生するベニレンゲの花を取る。
最後に川辺に行くと、予想通りそこにはアオユリの見事な大輪が並んでいた。
今回は一人分でいいから、大量に採取する必要はない。
私は手早く草花を摘んで山小屋に戻った。




