10 全てを打ち明けて
(でも私のことはランドルト人と知りながら、助けてくれた)
口調はぶっきらぼうだけど、とても優しくて誠実な人なのだろう。
そんな人に迷惑はかけられない。
私が下げていた頭を上げると、彼は苦し気に顔を歪めていた。
言いたくないことを口にしてしまった事実を気にしているようだ。
私のことは気にしないでください――と言おうとした瞬間、右肩に激しい痛みが走った。
「ああっ……!」
思わず肩に手を当ててうずくまる。
(ここまで逃げてきても、まだ祝福の効果が続いてるんだわ……!)
「どうした!? 傷が開いたのか!?」
心配した彼が駆け寄ると、押さえ込んだ手の下からだらりと血が流れだした。
「な……、どういうことだ? ここまでひどい傷ではなかったはずなのに」
「だ、大丈夫です……」
「大丈夫な怪我ではないだろう! 何が起こっているんだ」
きっとマルヴィン殿下がどこかで怪我をしたのだ。
でもここには私が作った回復薬はないから、治るまでこの痛みに耐えなければならない。
(痛い……、痛い!)
「少し待て」
私が痛みに震えていると、彼は大急ぎで部屋を出て行った。
そして手に小さな瓶を持って戻ってきたけど、それは見覚えのある物だった。
「そ、それは……」
「レニアで見つけた回復薬だ。何度か試したが、即効性があってよく効く。念のため最後の一つを取っておいたんだ」
よく効くのは当然だ、聖女の私が作ったのだから。
私は血に濡れた手でそれを受け取り、すぐに口に含んだ。
飲み込んだ瞬間から効き目が表れて傷を癒やしてくれる。
「あ、ありがとう、ございました……。もう大丈夫です」
彼は「そうか」とホッとした表情を見せたものの、すぐに怪訝そうに眉根を寄せた。
「きみの体はどうなっているんだ? 何もしていないのに傷ができるなんて、聞いたこともない」
そうでしょうね、と言いかけて口をつぐむ。
(本当のことを話したら、この人はきっと私を恨むわ……)
私は騙されてはいたものの、五年間もマルヴィン殿下の婚約者という立場だった。
彼に祝福を授けて怪我の肩代わりをしたせいで、レニアに住む獣人たちは長く戦争で苦しむことになったのだ。
もし私の祝福がなかったら、マルヴィン殿下は怪我で疲弊し、もっと早く戦争を終結していたかもしれない。
黙り込んでいると、彼はさらに言った。
「話したくないならいい。ただ力になれるかもしれないと思っただけだ」
そう言って部屋から出て行こうとする。
私はハッとして、「あの」と声を掛けた。
「何があったのか、話したいとは思っているんです。でも私は……」
「訳ありなんだろう」
彼は静かに私に歩み寄り、もう一度椅子に座った。
「正直に言うと、俺も今は他人の面倒を見るような余裕はない。だが、目の前で突然怪我をされるとな……。その現象は、きみが身投げをしたことと関係があるのか?」
「……全てお話しします。でもどうか、聞き終えた時に私を殺したりしないと約束してください」
私の声は自分でも滑稽なほど震えていた。
ここで獣人の彼に全てを話したら、殺されるかもしれないのだ。それを想像すると怖くてたまらない。
(でもこの人は、ランドルト人の私を助けてくれた。自分も訳ありの様子なのに)
だからこれは賭けだ。
この賭けに負けるようであれば、私の人生はほぼ詰んでいる。
マルヴィン殿下に祝福を授けてしまった私は、誰かに解除方法を教えてもらわないといけないけど、その方法を知る人間がいる神殿には危険すぎて近寄れない。
私が消えたと知ったマルヴィン殿下は、血眼になって国中を捜査するだろうから。
つまりランドルト国内には私の味方は一人もいないのだ。
(私が自由に生きるためには、国外の誰かの協力が必要だわ)
路銀を持たない上に指名手配されている私が、何の障害もなくランドルトを出国できる可能性はほぼゼロだ。
だから国内で外国人に出会えた今の状況は、ほとんど奇跡だった。
青ざめて震えていると、彼は私を安心させるようにふっと笑った。
「安心しろ、きみを殺したりはしない。せっかく助けた労力が無駄になるだろ」
その言葉で少し緊張が解けて、私は肺にたまっていた空気をふうっと吐き出した。
彼を信じて、全部話してみよう。
「私の名はエレナといいます。孤児でしたが、十二歳の時に神殿に連れて行かれて、祝福を持つことが判明しました……」
そこからは長い話になった。
私の祝福は、『誰かの怪我を引き受ける』ものだったこと。
レニアに戦争へ行くマルヴィン殿下のために、その祝福を彼に授けたこと。
婚約者になったけど、それは嘘で、死ぬまでずっと塔の中で暮らせと言われたこと。
今までの出来事を話し終えると、黙って聞いていた彼は「だからか」と呟いた。
「幽閉されて、死ぬまで怪我を肩代わりしろと言われたから、身を投げたんだな」
「ええ、そうです」
「信じられない。どうしてそんな非人道的なことができるんだ……! しかしこれで謎は解けたな」
そう言うと彼は顔を上げて、真摯な瞳で私を見つめた。




