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番外編 獣化の術 道満の場合

地獄の執務室。

閻魔がいた。

つまり、ろくなことにならない。


「へぇ〜」


閻魔は面白そうに頬杖をついていた。


「道満ってさぁ」

「完全にこはくの飼い犬だと思ってたけど」


道満の筆が止まる。

清明が顔を上げる。

こはくは静か。

最悪の空気だった。


「……は?」


低い声。

閻魔は全く気にしない。


「いやだって、呼ばれたら来るし、命令聞くし」

「ずっと傍いるし」

「首輪つきだし?」


道満の額に青筋が浮く。


「誰が犬だ」


閻魔は笑う。


「え〜違う?」

「影の牢とか、完全に“お座りして待ってる”じゃん」


「貴様……」


清明は少し考えた。


「……確かに」

 

「乗るな」


清明は真面目だった。


「主が呼べば来る、離れていても戻る場所が決まっている」

「忠誠も深い…かなり犬だ」


「貴様らまとめて燃やすぞ」


清明は静かにさらに分析する。


「いや、犬というより執着の強い獣だな」


閻魔が「あー」と笑った。


「そうそう」

「でもさぁ、道満って犬っていうより猫っぽくない?」


沈黙。

閻魔は楽しそうに続ける。


「普段は不機嫌だし、勝手にどっか行く」

「触られるの嫌がるのに気づくとこはくの近くにいる」

「あと縄張り意識強い」


清明も少し考える。

道満は嫌そうな顔。

だが、否定できない。 

閻魔はさらに笑う。


「しかも懐く相手選ぶタイプ」

「他人には爪立てるくせに、こはくには甘い」

「完全に猫」


転生後清明、ゆっくり頷く。


「……分かる」


「分かるな」

 

清明は真面目に考察し始めた。


「確かに、道満はこはくへ自分から寄る。だが、寄っている自覚が薄い」

「独占欲は強い」

「触れられると逃げない」

「かなり猫だ」


「分析会を始めるな」


閻魔は机へ頬杖をついたまま、楽しそうにこはくを見る。


「でもさぁ、こはくも猫好きそう」


こはくは静か。

否定しない。

道満、止まる。

清明、気づく。


「……受け入れられているのか」

 

「おい」


閻魔はにやにやしていた。


「だって道満、こはくの近くいる時だけ機嫌いいもん」

「あと距離近い。無意識に寄ってる」


清明、真顔で頷く。


「分かる」

「こはくが近づくと空気が柔らかくなる」

「喉鳴らしてそう」


「殺すぞ」


「犬ほど従順ではない」

「だが完全に離れるわけでもなく、主の近くへ戻ってくる」

「猫だな」


道満はとうとう顔を覆った。


「何故こんな話になっている……」


すると、こはくが静かに道満の近くへ来る。

道満は反射でそちらを見る。

空気が緩む。

閻魔、即座に指差す。


「ほら!!今の!!」

  

「懐いている」


「貴様ら本当にいい加減にしろ……!!」


地獄の執務室。

最悪の空気だった。


「完全に猫」

「懐いている」

「縄張り意識が強い」

「喉鳴らしてそう」


好き勝手言われ放題。

道満は額を押さえていた。


「……もういいだろう」


低い声。 

閻魔はまだ笑っている。

清明は納得している。

地獄だった。


その時。

こはくが静かに立ち上がった。

全員の視線が向く。


こはくは道満の近くへ来る。

白い指先が、道満へ触れる。


瞬間。


黒い影がぶわりと広がった。


「……は?」


道満の声が途中で途切れる。

 

影が溶ける。

輪郭が崩れる。

床へ黒が流れ落ちる。


そして、そこにいたのは。

巨大な黒猫だった。

いや。

猫、というより。

“影”。


輪郭だけが獣。

毛並みは黒煙みたいに揺れ、身体の端はぼやけている。

目だけが金。

立体的な影の塊。

静かに床へ着地する。


鳴き声はない。

ただ、長い尾がゆらりと揺れた。


沈黙。


数秒。


閻魔が吹き出した。


「ぶはっ」


清明は静かに瞬き。


黒猫道満は低く唸った。

……ような気配がした。

声は出ない。


だが空気で分かる。

完全に不機嫌。


閻魔が腹を抱える。


「やば、ほんとに猫じゃん!!」


その瞬間、黒猫道満の耳がぺしゃりと伏せる。

イカ耳。

そして、だんっと床を蹴った。

影みたいな巨体が低く跳ねる。


「おっと」


閻魔が避ける。

黒猫道満は威嚇するように背を丸めた。


影が逆立つ。

尾が太く膨らむ。

完全に“やんのかステップ”。


清明、真顔。


「本当に猫だ」


黒猫道満、即座にそちらを向く。

イカ耳。

尾が膨らむ。

影の足が左右に細かく跳ねる。

清明が静かに呟く。


「分かりやすいな」


黒猫道満、そちらにも威嚇。

だが、鳴き声がない。

無音。

なのに圧だけすごい。

 

閻魔は笑いすぎて机に突っ伏していた。


「っははは!!」

「道満、めちゃくちゃ怒ってる!!」


黒猫道満、さらに毛を逆立てる。

影がぶわりと膨らむ。

完全に臨戦態勢。


清明は冷静に観察していた。


「こはく以外への警戒心が強い」

「典型的な猫だな」


黒猫道満、即座に飛びかかる勢いで踏み込む。

清明が静かに頷く。


「かなり図星なのだな」

 

その時、こはくが静かに黒猫道満へ近づいた。

空気が変わる。


ぴたり、と。

黒猫道満の動きが止まる。


イカ耳だった耳がゆっくり戻る。

逆立っていた影も落ち着く。


こはくがその頭へ触れた。

瞬間。


ごろごろごろ……


低い振動音。

空気そのものが鳴るみたいな重い音。


清明、止まる。

閻魔も止まる。


「喉を鳴らしたな」


黒猫道満、完全停止。

こはくの手へ、自分から頭を押しつける。

巨大な影の身体が床へ伏せる。

尾がゆっくり揺れる。

完全に懐いていた。


閻魔、また笑い始める。


「やばい!!」

「ほんとに飼い猫!!」


黒猫道満、即座にそちらを見る。

イカ耳。

ごろごろ止まる。


転生後清明が真面目に頷いた。


「主には甘い」

「他者には威嚇」

「完璧な猫だ」


黒猫道満はその場で影を膨らませた。

だが、こはくの手が頭を撫でると、またすぐにごろごろ鳴り始める。


全部バレていた。

 

黒猫道満は、戻らなかった。

巨大な影猫のまま執務室の床へ伏せ、尾だけをゆらゆら揺らしている。


こはくは静か。

つまり、解除する気がない。

転生後清明が最初に口を開いた。


「……興味深いな」


急に真面目な声。

先ほどまで「猫だ」と騒いでいた男とは思えない。


「変身術の一種か」

「だが通常の術式と違う」

「輪郭そのものを書き換えているな」


黒猫道満の耳がぴくりと動く。

嫌な予感。


清明はしゃがみ込んだ。

距離が近い。


黒猫道満、即イカ耳。

影がぶわっと逆立つ。


「警戒されている」


清明は真剣だった。


「通常の変化術なら“姿を似せる”」

「だがこれは違う、存在定義そのものが猫側へ寄っている」

「だから反応も変化しているのか」

「鳴き声が無いのも面白い」

「本来の道満の性質が残っている」


黒猫道満、尾をばしんと床へ叩きつける。

完全に「うるさい」の動き。


一方、閻魔。


「道満〜」


最悪だった。

閻魔がにやにやしながら近づいてくる。


黒猫道満、即座に低姿勢。

耳が伏せる。

尾が膨らむ。

影が逆立つ。

完全臨戦態勢。


「うわ、怒ってる怒ってる」


閻魔が指をひらひらさせる。

 

次の瞬間。

黒い影が跳ねた。

鋭い爪。

閻魔は笑いながらひらりと避ける。


「おっと」


空振り。

黒猫道満は即座に着地し、また威嚇姿勢。

 

「短気〜」


閻魔は楽しそうだった。

わざと近づく、避ける。

また近づく。


黒猫道満、飛びかかる。

完全に遊ばれている。

清明がぽつり。


「……猫じゃれているな」


黒猫道満、そちらを睨む。

閻魔はしゃがみ込んで笑う。


「ほらほら〜」


指を出す。

黒猫道満、即座に叩こうとする。

避けられる。


「遅〜い」


影がぶわっと膨らむ。

完全激怒。

清明は冷静に観察していた。


「感情表現が分かりやすくなったな」

「耳が優秀だ」


黒猫道満、尾を床へ叩きつける。


その時、こはくが近づく。

空気が変わる。


黒猫道満、ぴたりと停止。

耳が戻る。

逆立っていた影も静かに沈む。

そして、自分からこはくへ寄った。

大きな頭を白い手へ擦り寄せる。


ごろごろごろ……

重低音みたいな振動。


閻魔、大笑い。


「態度違いすぎ!!」


黒猫道満、ちらりと閻魔を見る。

イカ耳。

でもこはくが撫でるので動けない。


清明は本気で術式に興味を持っていた。


「主との精神接続が深いほど影響が強いのか?」

「いや、式神契約そのものを媒介にしている……?」


考え込む。


「通常術式ではここまで性質変化しない」

「こはくの権能寄りかもしれないな」


黒猫道満、完全に嫌そうな顔。

だが猫。

顔が分かりやすい。

 

閻魔はまた近づく。


「道満〜、お手」


黒猫道満、即座に爪。

閻魔、回避。


「っははは!!」

「やっぱ猫じゃん!!」


清明が真面目に言う。


「知能は高いが反応はかなり猫だ」

「主限定で懐くタイプだな」


黒猫道満、完全に諦めたようにこはくの足元へ伏せた。

そして、ごろごろ鳴る。

もう否定できなかった。


黒猫道満は、しばらくこはくの足元でごろごろ鳴っていた。

完全に諦めた顔。

猫なので顔は分かりづらいが、空気で分かる。

清明はそんな道満を見ながら、ふと口を開いた。


「……他にも変えられるのか?」


黒猫道満の尾が止まる。

嫌な予感。


こはくは静かに清明を見る。

それから小さく瞬きをした。

否定しない。


転生前清明が少し驚く。


「あるのか」


こはくは静かに頷いた。

その瞬間。


黒猫道満、即座に立ち上がる。

影が逆立つ。

完全警戒。


「待て」


人型に戻っていないのに、空気だけで意思が伝わる。


「また私が実験台か……」


閻魔、大笑い。


「やっぱ分かるんだ!」


清明は急に真面目になった。


「興味深い、動物選定に法則性はあるのか?」

「精神性か契約相性か、あるいは主観的印象の投影か」


黒猫道満、ゆっくり後退。

逃げようとしている。


だが、こはくが指先を軽く動かした。


影が揺れる。


「おい」


一瞬で黒が崩れた。


巨大な翼。

黒い羽。

だが羽毛ではない。

煙みたいな影が羽の形をしている。


そこにいたのは、巨大な影烏だった。

金色の目だけが鋭く光る。

鳴き声はない。

翼を広げるたび、黒煙みたいな羽が零れる。


転生後清明、止まる。


「……似合うな」


影烏道満は不機嫌そうに翼を揺らした。

閻魔が楽しそうに近づく。


「わ、かっこい〜」


影烏道満、即座に嘴を向ける。

威嚇。

翼が膨らむ。


完全に近寄るな。


閻魔は笑う。


「猫より気性悪くない?」


清明が真面目に分析する。


「警戒心が強い」

「高所から観察するタイプだな」

「あと執念深そうだ」


影烏道満、翼をばさりと鳴らす。


図星。



閻魔は顎に手を当てた。


「なるほどねぇ」

「こはくから見た道満の印象が出てるんだ」


清明が視線を向ける。


閻魔は楽しそうだった。


「猫は“懐いてる存在”」


「烏は“執着と知性”って感じ」


転生前清明が静かに頷く。


「確かに」

「どちらも道満らしい」


影烏道満、嫌そうに翼を揺らす。


すると、またこはくが指を動かした。

影が崩れる。


「待て」


間に合わない。


次の瞬間。

細長い黒が床へ落ちた。


蛇。


だが普通の蛇ではない。

影が立体化したみたいな漆黒。

目だけが金。

音もなく床を滑る。


転生後清明、静かに息を飲む。


「……これは随分印象が違うな」


影蛇道満は、静かにこはくの近くへ行く。


長い身体が白い腕へ巻き付いた。

するり。


滑らか。

迷いがない。

完全に定位置みたいな動き。


「あー」

「……ああ」


閻魔も清明も理解する。

閻魔が笑いながら言った。


「これ、“囲い込む執着”だ」

「静かに絡みつくタイプ」


清明、真顔で頷く。


「離さないな、かなり深い」


影蛇道満、ぴたりと止まる。


図星。

 

しかもこはくがその頭を撫でると、影蛇道満は抵抗しない。

むしろ自分から身体を寄せる。


閻魔、にやにや。


「こはく、結構解像度高くない?」


転生後清明が真面目に言う。


「主観がかなり反映されている」


「つまり、こはくから見た道満は」

「懐いている猫で」

「執着深い烏で」

「静かに巻き付く蛇」


影蛇道満、完全停

 

清明がぽつり。


「……全部合っているな」


影蛇道満、尾で床を叩く。

だが否定できない。

閻魔は笑いながら結論を出した。


「なるほどねぇ」

「道満って、こはくのペットなんだ」


影蛇道満、即座に閻魔の腕へ噛みつこうとした。

その直後、こはくが静かに指を動かした。


影がほどける。

黒が崩れる。


そして、道満が人型へ戻った。


「……はぁ」


戻った瞬間、深いため息。

げっそりしている。

精神的疲労がすごい。


閻魔はまだ笑っていた。


「楽しかった〜」

「貴様は後で覚えていろ」


低い声。

だが疲れの方が勝っている。


清明はまだ真面目に考え込んでいた。


「興味深い術だった」

「動物化によって精神傾向が表面化していたな」


「分析をやめろ」


「主観的印象を術式へ落とし込んでいるのだろう」

「だからこはくから見た印象が出る」


道満が顔をしかめる。


「最悪だな」


閻魔が即答。


「かなり面白かったけど?」


「お前だけだ」

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