清明、見てしまった
清明は、道満がこはくのことで何かを隠していることに気づいていた。
それは明確な秘密というより、話題がある場所へ差しかかった瞬間だけ、道満の視線がわずかに鋭くなるとか、こはくの力が乱れた時だけ、異様な速さで清明を遠ざけようとするとか、そういう小さな違和感の積み重ねだった。
だから先日、偶然にも見てしまった時、清明は驚きより先に納得した。
道満が隠していたのは、これか、と。
「一つ聞きたい」
後日、清明はそう言って道満の正面へと腰を下ろした。それは、なるべく平静を保つために選んだ声だった。問い詰めるつもりはない。ただ、知らないままでいる方が危ういと判断しただけだった。
道満はあからさまに苦虫を噛み潰したような顔をした。
「聞かん」
「まだ何も言っていない」
「言う前から分かる」
道満は考えるよりも早く即答した。
「先日の件だろう」
清明は否定しなかった。
あの日の光景は、今も頭の奥に残っている。こはくの乱れた呼吸。熱を持った肌。小刻みに震える指先。そして、それを当然のように抱きかかえ、喉元へ触れ、背を支え、力をなだめていた道満の手つき。
あまりにも慣れていた。
見てはいけないものを見たのだと、その場で分かった。だが同時に、必要なものを見たのだとも思った。
「一つだけだ」
清明が淡々と告げる。
「一つで済むか」
「まずは一つ」
道満の顔がさらに険しくなる。清明は一瞬だけ考え、それから静かに口を開いた。
「先日、あなたは主の喉元に触れていた」
道満は即座に顔をしかめた。
「そこが一番呼吸を戻しやすいのか」
それは、最初に確認すべきことだった。あの時、こはくの反応が最も大きかったのはそこだったからだ。清明の中では、問いは自然な順番で並んでいた。
「背を支えていた位置も気になった。抱え起こすなら、あの角度が一番負担が少ないのか」
「それとも、主はああいう時、胸郭が詰まりやすいのか」
「呼吸が乱れていたが、あれは熱を逃がしていたのか、それとも力が飽和していたのか」
「喉元に触れた時だけ反応が大きかったのは、あそこが弱いからか」
道満は無言のまま、机へ額を打ちつけた。ゴン、と鈍い音が響く。
清明は一瞬だけ口を慎んだ。
「……具合でも悪いのか」
「貴様のせいだ!」
道満が跳ね起きるように顔を上げる。清明は本気で分からなかった。
「何故だ」
「何故ではない!」
道満は忌々しげに吐き捨てた。
「だから見せたくなかったと言っている……!」
その言葉に、清明は少しだけ沈黙した。
やはり、見せたくなかったのだ。道満はこはくを隠していた。正確には、こはくが崩れる瞬間を、そしてそこへ触れる自分自身を、見せたくなかったのだろう。
「……やはり、見ない方が良かったのか」
「当たり前だ!」
「知らなくていい!」
「覚えなくていい!」
「学ばなくていい!」
道満の声は激しかった。けれど清明には、その怒りがただの苛立ちではないことも分かっていた。道満は守っている。こはくを。そして多分、自分だけが知っていた距離も。
清明は一度、言葉を飲み込む。
だが、納得はできなかった。
「だが、知っていた方が良い場面もある」
道満の眉間が激しく引きつる。
「ない」
「ある」
清明は至極冷静に返す。
「先日のように、あなたが間に合わない場合」
「私しかいない場合」
「知らないまま触る方が危険だ」
自分の言葉が道満をさらに不快にさせていることは分かる。それでも、これは言わなければならなかった。見たくて見たわけではない。けれど見た以上、あの場面をただの記憶として放置することはできなかった。
「見たくて見たわけではない」
「だが見た以上、知らないままでいる方が危うい」
「だから聞いている」
そこに下心がない、と言い切ることはできなかった。こはくに触れたいという気持ちはある。近づきたいという願いもある。だが、それだけではない。こはくが乱れた時、何も知らずに傷つける方が怖かった。
道満は長い沈黙に沈んだ。
清明は待った。道満が怒っても、黙っても、ここで引くつもりはなかった。
「……清明」
低い声だった。
「何だ」
「お前は今、知識欲と下心の境目に立っている」
清明の動きが、一瞬だけ止まった。
否定しようとした。だが、できなかった。胸の奥にあるものは、あまりにも正確に見抜かれていた。
「……否定はしない」
道満は、絶望と疲弊のあまり机にもう一度激しく額を打ちつけた。




