5-1 .ジェイザックの故郷
城塞都市セイホランからサラシオの町に移動する道のりは、ある意味では苦労はしなかった。野生の狼に襲われることもなかったし、人を襲って邪神の生贄にする村もなかったから。
道を外れて人が立ち入らない森の奥には、魔物が潜んでいるかもしれない。だから周囲の警戒は怠らず、気は抜けなかったけれど。
そこかしこに点在する村や集落の宿に止まりながら、山を越えればいいだけ。
そう。敵との戦闘という意味では苦労しなかったけれど、道のりは平坦ではなかった。森はより深くなっていて、きつい斜面を登らなければならなかった。それを数日もの間、続けている。
「ぞ、ゾーラさん。本当にこの道で合ってるんでしょうか!? 疲れたんですけど!?」
「正しい道なのも、登山になるから疲れるのも、さっき村で聞いたでしょ?」
「それはそうですけど! 疲れました! 歩けません!」
「歩いてるじゃない」
「そろそろ限界です! アンリさん、もふもふに乗せてください!」
「嫌よ自分で歩きなさい。楽してたら人間が駄目になるわ!」
「そんなー。ヨナ様も疲れましたよね!?」
「疲れてるけど、まだ大丈夫。今日のうちに次の村まで行かないと」
「さすがですヨナ様!」
「それが出来る元気があるなら、大丈夫そうだなー」
「なんですか!? わたしには出来ないことが出来るヨナ様がすごいと言っただけです! わたしはもう限界なんです!」
「わかってるよ。でも大声出せる元気はあるだろって言いたいんだよ!」
「なんですかキアさん馬鹿にしてるんですか!? ていうかキアさんだけずるいですよ! 歩いてないじゃないですか!」
「おう! こっちの方が慣れてるからな! 羨ましいならティナも真似しろよ」
「無理ですー! みぁー! もう歩きたくないー!」
木から木へ飛び移っているから、山道でも普段森で移動しているのと変わらない。
あっちの方が体力が必要そうだし、周囲の警戒も兼ねてるから、ただ歩いているだけの僕たちよりもずっと大変だ。
「わかってるんですけどね! 山道が疲れるのは知ってるんですけど! でも疲れるじゃないですかー」
「いつまで中身の無い話をしてるのよ。ほら見て。峠を越えたわ」
「わあ……」
景色が開けた。ここが峠であとは下り道だと示す看板が立っている。眼下には相変わらず鬱蒼と茂った森が見えるけれど、その向こうに町があった。
険しい山々に囲まれた中の平地。いわゆる盆地の中に作られた町だ。
城塞都市ではなく、柵で囲まれた種類の町だけれど、土地自体は広大で人口も多そうだ。
森の中に点在する集落も見える。その村々と連携して、山に囲まれて外界との行き来が不便な立地の中で、人々は暮らしている。
「今でこそ、森を切り開けるようになったり、人が増えて山の向こうとの往来が少しずつ増えていって、山道も歩きやすくなっている。馬の品種改良もされて、悪路を歩き続けられるのも出てきたわ。山の中の村も数が増えていってるはずだし」
だからこそ、僕たちはここまでたどり着けた。
「けど今からずっと昔。人々が伝説として語り継ぐくらいしか記録を残せないほどの昔は、この盆地から人が出るのは大変だったはずなの」
「ジェイザックはそれをやった。山の向こうの景色を見たいから。広い世界に出たかったから」
「ええ。それだけで、ジェイザックの凄さがわかるわね」
あの町こそがサラシオ。ジェイザックの生まれ故郷だ。山に囲まれた辺鄙な場所にあるにも関わらず、国内では名の知られた場所。
不便な立地なのに栄えているのは、英雄のファンが移住することがあったり、伝説の始まりの地まで苦労して観光する者がそれなりに多いから。
そのうち城塞都市になるかもしれないな。今よりもさらに街が発展して人が増え、新しい技術も開発されれば森を切り開きやすくなるだろう。道が整備されて山越えが楽になれば、そんな時も来るはずだ。
それほどまでに、この土地は有名で大切な場所だ。
「ほら。行くわよ。下りの方が楽だから」
「ですね! 登るのは疲れますけど降りるのは疲れません! さあさあ皆さん行きますよ! 街はもうすぐです! あとは駆け下りるだけですひゃっはー!」
「あ。待って。楽だけど気をつけないと。普通に歩いても速度が出ちゃうし、前に踏み出す感覚が平地と違うから」
「へぶっ!?」
「注意して歩かないと転んじゃう……遅かったみたいね」
「ティナ、大丈夫?」
「うえぇ。もう嫌です! 山なんか嫌いです! なんでヨナ様の先祖はこんな所越えようとしたんでしょうか!?」
「謎だよね」
「そういうのを、あの町に行って調べるんじゃない。ジェイザックについて詳しい人も大勢いると思うわ!」
「だろうね。ほらティナ、立てる? ゆっくり歩こうね」
「はい……」
町は見えてるけど、焦っちゃいけない。登るのに時間がかかったのだから、下るのだってすぐではない。その夜は、途中にあった村に泊まった。
村にはそれなりに立派な宿屋があった。ジェイザックの聖地を訪れるために、人通りはあるのだろう。僕たちの他にも宿泊客は見受けられた。
本来なら、王都から西に行き、少し北上してから回り込むルートが一般的らしい。その方が、まだ山越えは楽。サラシオの町に出入りする商人も、普通はこのルートを取る。
僕たちみたいに南から北上して険しい山を越えるのは少数派らしい。まあ仕方ない。王都の方に行くわけにいかない事情があるのだから。
「ねえゾーラ。町にいる知り合いってどんな人なの? やっぱり魔法使い?」
宿の食堂で、ふとアンリが尋ねた。そういえば、知り合いがいるとは聞いているけど、どんな人かは知らないな。




