4-56.祝福のつもり
街に戻ると、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。本来の祭りは殺人事件が起こったことで中止になったけれど、市民は騒ぎたい。それに恋人たちに愛を伝えたい。
巨人が討伐されたことは、兵士たちから市民に知らされたのだろう。もう避難することはないと。そうなれば、祭りの再開とばかりに市民は盛り上がった。
あちこちで料理や酒が振る舞われ、男たちは仮面を被って女たちを祝福して抱きついていた。
「ヨナ! わたしも抱きついてほしいわ!」
「そうね。さっき出来なかったんだから、やってほしいわ」
「そ、そうですね……いえ。やめておきましょう!」
アンリとゾーラは期待している口ぶりだし、ティナも同じ。けど彼女は、僕の様子を見て優しく言った。
実のところ、僕も付き合ってあげるべきかと思って、腰に下げていた仮面に手を伸ばしていた。ティナはその手を握って繋いで、明るく言う。
「皆さん疲れているでしょう。それにリーサさんを迎えに行かないと。今頃宿屋でひとりで待っているでしょうから。ヨナ様行きましょう」
「うん」
僕への気遣いなんだろうな。
「えー! つまんない! ヨナ! 仮面被って!」
「そうよ! それだけを楽しみにしてたんだから!」
「まあまあ。いいじゃねぇか。それよりアタシは、さっさとこのドレス脱ぎたい。動きにくい」
みんなの反応を聞きながら、宿屋へ向かった。
リーサを連れてオーゲル邸へと戻る。家主であるオルソンも、いつの間にか戻っていた。家は扉を壊されて、中に踏み入った者がいるらしい。少し荒れていた。
アンリが言うには兵士が見張りで立っていたそうな。ドラントの差し金だろうな。
オルソンは、そんな現状に呆然としているようだった。リーサだって、姉が亡くなったことにショックを受けている。ホイが去ったことも伝えられたし、家が一気に寂しくなった。
外の祭りの喧騒が、オーゲル親子の傷心を深めるように聞こえた。
「よし! 今夜はご馳走を作りましょう! 皆さん手伝ってください。オルソンさんもリーサさんも、美味しいもの食べれば元気になれるかもです! お祭り騒ぎなので、食べ物も安く買えると思いますし!」
そういうものかな。そうなのかも。
みんなで買い出しに行けば、ティナの言うとおりだった。お祭り価格での販売がされていた。
それを持ち帰って調理する。具だくさんのシチューにステーキ。彩り豊かなサラダに、揚げた芋も。
「さあ! 召し上がってください!」
「ああ……ティナさん、皆さんも、ありがとうございます」
食卓についたオルソンが、僕たちに礼を言う。
「ドラントの所業は聞いています。うちを巻き込んで、こんなことをしたなんて。しかし、皆様のおかげでドラントの望みを絶つことができた」
「それは……」
僕たちがいなければ、恥をかかされたドラントがナーサを殺すことはなかったかもしれない。そもそも、ナーサのお腹の子はドラントの子ではないことが早々に明らかになって、婚約は無くなっていた可能性が高い。
幸せではないかもしれないけれど、まだ家族は揃っていたかもしれない。
ドラントがナーサを好きではない以上、いずれ殺していたかもしれないけれど。もしもの話は考えるべきじゃない。
僕たちに、お礼を言われる資格はないだろう。
それでもオルソンが前向きになろうとしていて、そのために必要ならば。僕たちも礼を返した。
夜になっても外の喧騒は収まらなかった。今頃街のあちこちで、恋人たちがふたりきりの時間を過ごしているのだろう。
リーサは夕食の後、二階にある部屋に戻っていった。
そして僕たちはといえば、やるべき仕事があった。
家のあちこちに貼られた名札を剥がすことだ。ホイがいなくなった今、不要なものだから。
「ホイさんは外の森に出ていったんですよね? もう、街には戻らないのでしょうか」
庭の中にある倉庫に、ティナとふたりで入る。中の物から名札を剥がしていると、そう声をかけられた。
「うん。そうだと思う。兵士はすぐに穴を塞ぐし、その間は外から何も入れない。魔物も狼も、ホイもね」
だから彼は、もう城壁の中には入れない。
「それが、ホイさんには幸せだったのでしょうか」
「わからない。この街で人間らしさを身に着けて、人間として過ごした方が楽だったとは思う。時間をかければ、それもできた」
それが幸せなのかは、僕たちが判断することじゃない。ホイの心はホイのものだ。
森に住んでいた狼たちは、遠吠えを聞いてホイを仲間だと認識した。そして共に街の外の広い世界に飛び出した。
外には魔物もいるかもしれない。狼の他の群れもいるだろう。だから生きるのは大変かもしれない。
それでも、ホイには仲間がいる。僕たち人間は仲間として相応しくなかった。彼はそう考えた。
正しい決断ではないかもしれない。けれど尊重すべきだし、こちらから出来ることは何もない。
「そうですね。無事を祈る事しかできません」
「祈る事は、とても大切だと思うけどね」
「そうでしょうか」
「だって今日、僕に祝福された人たちは、とても幸せそうだったから。僕が神の眷属だったからかもしれないけれど。ねえティナ」
箒に貼られた名札を剥がすために、一瞬僕から目を離していたティナが、再び目を向ける。
僕は木の仮面を被っていた。
「さっきは出来なかったけど、祝福のつもり」
ティナに寄って、正面からぎゅっと抱きしめた。ティナの方も抱き返してくれた。僕よりも少し背の高いティナが、頭を撫でる。
「ありがとうございます、眷属様。何をお祈りしてくれるんですか?」
「それは……ティナの幸せとか?」
「ふふっ。ホイさんの話をしてたのではないですか?」
「じゃあ、それも祈る。けどこれはティナへの祝福だから」
本当はずっと、ティナにこうするタイミングを探っていたとかは、口が裂けても言えないな。
ドラントが凶行に及ばなかったら、祭りの場で僕は真っ先にティナに抱きつき祝福をしていた。そうしたかった。
誰よりも僕のことを考えてくれる、大切な人。
僕はティナが好きだから。
「どうかティナが、いつまでも幸せでいて、それで……僕と一緒にいてくれたら、嬉しいです」
ああ。好きだけど、好きって言うのは恥ずかしくて、関係性が変わるのも怖くて、言えなかった。だから変な言い方になってしまったけれど、ティナは笑いかけてくれて。
「はい。わたしはずっと、あなたのそばに仕えます。ヨナ様」
柔らかな口調で返事をしてくれたティナは、そのまましばらく僕を撫で続けてくれた。




