4-50.サイクロプスの誘導
ドレスってのは本当に動きにくい。長いスカートって走るのに全然向かないな。普段よりも力を入れて足を動かさないといけないことに苛立ちながら、キアは屋根と屋根の間を飛び越える。
セイホラン像の足元で、準備会の若者たちが困惑していた。街にとっては大事な神様。それをこうやって外に晒し続けるわけにはいかず、どこかに移動させるつもりだった。そこに魔物だ。
自分たちだけで逃げるべきか。セイホラン像を連れて行くべきか。意見が割れているらしい。神様への信仰心が篤いのは立派だな。
「おい! あの魔物は像を狙ってる! 自分と同じ大きさの敵だと思ってるかもしれねぇ!」
屋根の上から呼びかけると、準備会のみんなが反応した。よし、混乱してるけど話は聞いてくれる。
「その像を追いかけるはずだから、森の方まで移動させてくれ! じゃなきゃそいつが壊されるし、魔物が街で暴れて大変なことになる!」
「わかった! 行こう!」
真っ先に反応したのはジェゾだった。危険な仕事なのは理解しているけれど、像を壊されるのは嫌なのだろう。
準備会には、自分たちが魔物に追いかけられることに不安を持っている者もいて、すぐには動かなかった。ジェゾは、彼らを見てからキアの方を見た。
「リーサはどこにいる?」
「ドラントに見つからないように、宿屋に隠している。この街のどこかにいる。後で会わせてやるよ」
「そうか。だったらなおさら、この街で暴れさせるわけにはいかないな。みんなもそうだろう。ここは俺たちの街だ。大切な人が住んでいる、街だ」
みんなの表情が変わった。
彼らの家族も、当然街にいる。ここにはいない恋人のことを思い浮かべる者もいるだろう。この祭りは、恋を叶えるためにやってるのもあるし。
やるぞ。みんな口々に言った。
「みんな、ありがとう。森に連れていけばいいんだな? その後は?」
「わからねぇ! ヨナがなんとかしてくれる!」
「そうか。仕方ない。とりあえず森の木々の間にセイホラン様を隠して、森から出そうになったら姿を現してまた隠す。こうやって足止めしておこう。その間に、ヨナ様がなんとかしてくれるだろうさ。みんな、ドラントを追い払ったあの子を信じよう!」
子供の立てた作戦で、まだ最後まで決まってもない。けれどジェゾたちは彼を仲間だと認めてくれた。
若者たちが息を合わせてセイホラン像を動かし始める。そもそも、街の中をゆっくりと練り歩くものだ。あまり速度は出ない。このままだとすぐにサイクロプスに追いつかれるだろう。
さあ、どうするヨナ。
――――
オーゲル邸までアンリは走った。オルソンさんもまだ帰ってないなら、家は無人だろう。ちょっと庭先にお邪魔して、もふもふもを繋いでいる縄を解いて出るだけだ。
なのに邪魔がいるなんて。庭先に槍を持った兵士がふたり。やる気が無さそうに周りを見回している。
あれかな。ドラントの命令で嫌々やってるのかな。リーサが帰ってきたら捕まえるために。
魔物がお城を壊したことだって知らないに違いない。
そこに、部外者の子供が勝手に入ったら怒られるよね。リーサの居場所を知らないか、何度も尋ねられるよね。そんなのに時間を取られたくない。
少しだけ様子を見ると、家の正面玄関からホイが顔を出しているのが見えた。ひとりでお留守番させられてたら、誰も帰ってこないし兵士が来るし、なぜか扉が開けっ放しになってるして困ってるのだろう。
人間らしく振る舞いなさいと言ってくる人が周りにいないからか、ホイは四つん這いだった。そして不安そうな顔をしていた。
かわいそうだと思う。せっかく家に迎え入れてもらえたのに、こういうことになって。今は家族みんなに余裕がないから構ってあげられない。街に来てもひとりぼっちなのね。
アンリとしても、今はそれどころではなかった。
今はとりあえず、兵士をなんとかしないと。
「ねえ! 街で魔物が暴れてるだけど!」
声をかけながら近づいていく。
「ほらあそこ! 見て! 巨人が歩いてる!」
大通りからここまで、少し距離がある。音は聞こえないかも。けど建物の隙間から、サイクロプスの顔が少し見えた。
兵士たちはようやく事態に気づいたらしい。
「大変なの! あの怪物、お城から出てきたの! ドラントって人が大変なんじゃないかしら!」
そう言えば兵士たちもこの場にいるわけにはいかない。ここの見張りは、ドラントの正式な命令でやってることではないのだろう。二人揃って城の方まで走っていった。
アンリはすかさず、もふもふに駆け寄る。
「もふもふ、街が大変なことになりそうなの。わたしたちの力が必要だから手伝って! 詳しくはわからないけど、ヨナが作戦を立ててくれるから!」
さっきヨナはなんて言ってたっけ。巨人があんまり歩けないように、足元で撹乱させるんだっけ。
「踏み潰されそうになる、ちょっと危ない役目だけど! 一緒にやりましょう!」
もふもふはアンリの言葉を理解して、ヒンと短く鳴いた。
縄を解いて上に跨り走らせようとして、こちらへ向く視線に気づいた。
ホイだった。
「こんにちは、ホイ」
「あ、アンリ。こんにちは。いい、天気」
「ええ。アンリよ。今日はお祭り日和ね! だいぶ言葉を覚えて、話せるようになったのね。でもごめん、今はそれどころじゃないの。後でお話ししましょう!」
それからふと、アンリは彼が自分に好意を向けていたことを思いだした。その後にリーサを好きになって、それも叶わないと知って打ちひしがれたことも。
「ホイ。あなたの気持ちはわかるわ。人を好きになるって辛いのよね。向こうはわたしのこと、好きとは限らないし。ライバルも多いし。恋の駆け引きって難しいし。でもねホイ。いつかあなたにも、本当に好きになれる人が出てくるはずよ。その時のために、今は勉強しなさい」
ふふっ。今の話は大人すぎて、ホイにはまだ難しかったかしら。けど、いつか意味がわかるわ。その時に本当の恋ができるのよ。わたしみたいにね。




