4-47.褐色肌の赤ちゃん
それから次に気になるのは。
「オーゲル家はどうなりますか? 爵位を与える予定だと聞いていますけれど」
「与えられない。元々ドラントの素行の問題から、この婚約に反対する声は大きかった」
それが今回の件で決定的になってしまった。婚約者であるナーサが亡くなった今、婚約は解消されるし爵位を与える理由もなくなった。
オルソンは失望するだろう。
「ドラントは、妹と代わりに婚約することで爵位を与えたかったらしい」
それがドラントの目的。最初からリーサがほしかっただけ。
リーサの方は絶対に頷かないから、無駄な計画だった。ナーサの死も無駄だ。
「それから、ナーサのお腹の子について、そちらのお嬢さんに意見を聞きたいのですが」
警備隊長が切り出した。
キアに向けて。
「……アタシ?」
政治の話はわからないし、自分が口出しすることでもないと黙っていたキアは、きょとんとした顔を見せた。
しかし隊長は本気の様子。
「遺体から胎児を取り出して様子を見た。今の城主様の孫になるはずの子だったから、弔わなければならないからな」
そんなことするのか。まあ、あんなのの子供とはいえ、城主の血筋だ。死産になっても対面したい気持ちはあるのかも。
「まだ生まれるには早いとはいえ、ちゃんと赤子の形をしていた。……私は以前にも妊婦の遺体を見たことがあってな。同じくらいの腹の大きさだった。その胎児と今回のとは、明らかに違っていた。肌が茶色かった」
「茶色い?」
「城主様にお見せするために、丁寧に洗った。その上で判断しても、はやり肌の色が変わっていた」
「アタシみたいに?」
自分の褐色の腕を見ながら、キアが首を傾げた。
「そうだ。あなたは旅人だから、よくわからないかもしれない。けど、何かわかれば教えてほしい」
「いや無理だろ。わかるわけねぇだろ。肌の色が同じだけだよ。アタシは無関係だ」
うん。何か繋がりを見出すのは無理があるな。先方も期待して訊いたわけでもなさそうだ。
ゾーラは少しため息をついてから口を開いた。
「彼女とナーサの子供は無関係よ。けど、彼女のことは少し説明できます。出身は、王都の近郊にある村です。両親は、同じ肌の色をしていたようです。南方の、気温が高く日差しが強い地方の出身で、そこの住民はそういう肌の色をしていると聞いています」
キアが実際に見たわけではないけれど、村人の話ではそうなのだろう。
「両親は、故郷を離れて旅をして、その途中で彼女を産みました。ここからは推論ですが、同じような肌の男性が、やはり同じように旅をして、この街に立ち寄ったということは考えられませんか?」
ゾーラの話は隊長の意向にも沿うものだったらしい。頷きながら聞いていた。
というか、ありえるとしたらその可能性しかなかったのだろう。
ナーサもドラントも皮膚の色はキアよりずっと白い。褐色肌の赤ちゃんが産まれるのは普通じゃない。
南方から来たという旅人は、ナーサと一夜の過ちを犯した。その後ナーサはドラントとも関係を持った。お腹の子はドラントと出来たものだと言い張ったし、ドラントも否定できなかった。
しかし父親は別にいた。その旅人はずっと前に街を出て、遠くにいることだろう。どんな人間だったのか知っているのはナーサだけで、彼女と話すことはもう出来ない。
結局、ドラントの子供はどこにもいなかったし、この婚約の正当性なんかなかった。オーゲル家が爵位を手に入れる理由もない。
子供が産まれたらわかることで、その時期が少しだけ早まっただけ。
ナーサは自分の子の本当の父親が誰か、わかってたのかもね。
けれどドラントを愛してはいた。ドラントが自分ではなく妹を愛していたことを悲しんではいたから。
本気で城主の夫人になれると信じていた。たとえ愛されなかったとしても、良い暮らしができる。そんな幸せと、悲しい結婚の間で気持ちが揺れていただけ。
そんなことはありえないと知る前に死ねたのは、せめてもの幸運だったのだろうか。
街の貴族連中は大喜びだろうな。次の城主の嫁を自分の家から出そうと、ドラントに働きかけるだろう。当のドラントは父や祖父に締めつけれらて、それどころではなくなる。
そしてオルソン・オーゲルは、その騒ぎから取り残される、ただの市民としてこれからも生き続ける。
しばらく、誰も話すことができずに沈黙が漂った。
それを破ったのはノックの音だった。
「ご隠居様、失礼します」
入ってきたのは執事らしい服装の男。客人であるこちらに礼をしてから、先代城主に向き直った。
「なんだ」
「ドラント様が錯乱しております」
「なに?」
「帰ってきて、城主様の怒りに満ちた顔を見るなり、自身の行いに不安を感じたのでしょう。逃げ出しました」
「うわダセえ」
「怒られるのが嫌で逃げるとか、子供みたいね」
「自分が正しいことしたって、本気で思ってたのかしら」
「あんな大人にはなりたくないですねー」
みんなの容赦ない評価が聞こえてくる。言いたいことは言ってくれたから、僕は黙っておいた。
「でもそんなの、力ずくで取り押さえちゃえばいいんじゃないですか? 得意ですよね?」
ティナの質問が皮肉混じりなのは、僕が取り押さえられたことをまだ恨んでいるからだろうな。
ドラントは貴人だから、そう簡単にはいかない……という事情ではなさそうで。
「その。実はドラント様は逃げ出した後に、城の倉庫に逃げ込みまして」
「それで?」
「保管されていた巻物を手にしました。封印の書だと本人は言っています」
「なんだと!?」
大声と共に立ち上がった隊長は、すごい剣幕だった。説明していた執事は怯んだが、さらに説明を続けた。
「俺に何かあれば中の魔物が解き放たれるぞと、城のものを脅しています。まずは城から出させることと、自分のやったことを咎めないこと、それからオーゲル家の妹と結婚を認めることを要求しています。今は城に詰めている兵士を動員して取り囲み、動けなくしている状態です」
なんて愚かなんだろう。そんな要求が通るはずがないじゃないか。




